古典の授業は「下二段活用」だのと煩わしく嫌いだったが、高校2年生の時「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず……」のリズム感のある文章に惹かれて「方丈記」の文庫を買った。読み進むうちに、意味が分からず途中でやめてしまった。
あれから50年近くたっていた。梅田の大手書店で本書に出会った。
まず原文が記され、次に書かれたその解説文がわかりやすく、さらに挿絵が美しい。
「方丈記」が初めての災害文学ということを、恥ずかしながら本書から知った。長明が経験した災害が五つ記されている。
中でも「元暦の地震」での一節「恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なりけり」はなるほどと共感できた。「阪神・淡路大震災」「東日本大震災」、また最近の「大阪府北部地震」では実際に恐ろしい体験をした。
さらに、長明は「月日重なり、年経にし後は、言葉にかけていひ出づる人だになし」でこの段を締めくくっているが、800年前の人々と現在の我々との心情がまったく同じということを示しているのに驚かされる。
昨今、1月17日や3月11日の前後には災害の話題についてかろうじて語られるが、次第に忘れ去られる傾向にあるのはこの頃の人々とまったく同じであるということを知った。
夏目漱石の小説「草枕」が、「方丈記」の内容をアレンジしたというのも本書で初めて知った。また「方丈記」を英訳した最初の人物が漱石だったということも同時に知った。漱石程の文豪がのめり込む「方丈記」の魅力は「人間とその心」を書きあらわしているからだろう。
長明自身、18歳の時に父が急死し、既に母も亡くなっており、相続争いに敗れるなど不幸が続き、妻子とは30歳頃に離別し以後一人暮らし。生きがいとしていたのは琵琶と和歌であったらしい。後鳥羽院に和歌の才能を認められ、院の厚意で長明は父の跡を継ぎかけたところを親族に邪魔されてしまう不遇の半生。
失意の中、50歳で出家し、一丈四方(五畳半)の移動式の家「方丈庵」を造り、質素な方丈庵で暮らし、「方丈記」を執筆していった。
名誉地位財産などは、本当の幸せではないということを「方丈記」は教えてくれる。
当時と同じように、現在でも災害や身に降りかかる災難不運に対しての「生き方」も記されている。
さらに、本書は心癒やされる穏やかな挿絵と、木村耕一氏の解説文が素晴らしく、原文を読まなくても解説文だけでも人生の道しるべとなっている。
50年前に、この本に出会っていたら、なんて良かっただろうにと思ったりもする。