「40歳を過ぎたらがん検診を」と言われても、なかなか行動に移せない人も多いのではないでしょうか。
一言でがん検診といっても、いろいろな種類があります。
具体的に、どの検診が有用か、「がん検診は無駄」といった意見は信頼できるのか。
免疫学が得意分野の内科医・刀塚俊起先生にお聞きしました。
「がん検診なんて無駄」
「がん検診、やればやるほど死者を増やす」
という医療否定を堂々と書いた本が、100万部も売れたといいます。
心ある多くの医師が、天を仰ぐばかりでは、人々の疑問に答えることはできません。
がん検診のような、もともと面倒なことに時間を使うのは嫌なのに、無駄と言われると、その意見に流されてしまうのが世の常です。
早期発見、早期治療で、90%以上助かるがんが急増
「がん検診はすべて無駄」
「がんは放置せよ」
と言うのは、全く大ざっぱな、最新の医学的知見を無視した意見です。
「がん」と呼ばれる病気でも、できた部位によって、進行の過程も、生存率も大きく異なります。同じ「がん」と呼べないほど違うのです。
糖尿病や高血圧症などの慢性疾患のように、上手く付き合っていけば天寿を全うできる「がん」もあります。
反対に急速に進行して、3カ月後には死に至る「がん」もあります。
100%死に至る「がん」であったのが、現代医学のおかげで、90%以上助かるようになった「がん」もあります。
「がん」=死の病というのは、過去のことであり、多くの「がん」の死亡率は下がっています。明らかに長く生きることができるようになったのです。
最近、Lancet誌に世界71カ国のがんの生存率のデータ(CONCORD-3 study)が発表されました。
膨大な数を集積して、2000年から5年ごとの生存率が集計されています。
日本はおおむね上位ではあります。特に消化器癌においては世界トップクラスです。
人種地域差がありますから、生存率が高いところが、医療水準が高いとは言い切れません。
特に注目すべきは、5年毎の集計で各国のがん生存率が向上していることです。
日本でも乳癌(85.8%→88.9%→89.4%)、
結腸癌(63.4%→66.8%→67.8%)、
小児リンパ性白血病(79.7%→83.7%→87.6%)
と、生存率の明らかな向上がありました。
かつて20年前に「がんと闘うな」「放置療法」を唱えた医師があり、早期がん発見もいらない、進行がんの手術も化学療法も一切無意味と主張しました。
彼の根拠としていたのは、早期がんは元々がんではないし、進行がんは何をしても治らないというものでした。
当時のがん治療では、そのように考えても仕方のないようながんも確かにありました。
しかし医学はあきらめずに、この20年もひたすら、がん患者の生存率向上に向けて「闘って」きたのです。
統計学では、生存率の向上は、なかなか示しにくいものです。
そこにつけこまれて、誤った主張がまかり通ったのです。
明らかにこの10年で癌治療の向上が見られてきましたので、旗色が悪くなり、最近はトーンダウンしているようです。
代わりに「高血圧も糖尿病治療もすべて意味がない」という主張に切り替えておられるようですが。
受けるべきがん検診は?有用なのは「胃、肺、大腸がん検診」
検診には、自覚症状のない時期にがんを発見するというメリットがあります。
自覚症状が出たがんは、すでに進行がんであることが多いからです。
反面、健康な多くの人に、無駄な検査を行うということになります。
特に公的な資金で行う場合は、経済面も考慮して、それらのバランスから検診は有効かどうかを考える必要があります。
発見する必要性の低いがん(前立腺、甲状腺)は、検診の必要はありません。また、非常に稀な癌も検診の対象になりません。
国立がん研究センター がん予防・検診研究センターでは、科学的根拠に基づくがん検診を推奨しています。
まずは40才以上の男女の、年に1回の「胃、肺、大腸がん」検診です。
加えて女性は子宮頸部、乳房を勧めています。これらはすべて自治体で行われています。
胃がんは早期発見できれば、治癒率95%
特に胃がん検診に、日本のデータ集積の不備をつけこまれる要因があったことは否定できません。
胃がんは、欧米と比較して、東アジア地域に圧倒的に多く発生します。
これには“ヘリコパクターピロリ菌”の感染が、大いに関係していることが分かってきました。
50代以上の日本人の50%~70%は、ピロリ菌に感染しています。
それに対して、欧米人は20%です。
さまざまな要因により、胃がんは徐々に減少しています。
しかし、現在でもなお、調整死亡率でのがん死亡の中で、男性第2位、女性第3位は胃がんです。
発見される胃がんの70%は早期であり、早期であれば95%治癒します。
残りの30%が進行がんで発見され、生存率は50%です。
神奈川県立ガンセンターの調査によると、検診で発見された場合の5年生存率が92%に対して、一般診療で発見された(自覚症状がある状態)場合の5年生存率は、52%です。
つまり、胃がんは検診を受ければ、胃がんで死ぬことは防げることを示しています。それにもかかわらず、日本人の胃がん検診受診率は、たったの30%です。
これでは、折角のチャンスを見逃しているともいえます。
胃がん検診は、バリウム検査と胃内視鏡検査、どちらでも検診では同等です。
「バリウムを飲むのは嫌だ」
「胃内視鏡を受けるのはつらそうだ」
「怖い」
などの理由で検診を受けておられない方が、70%なのです。
仮にすべての人が胃がん検診を毎年受けたとすると、胃がんの生存率は90%以上となるでしょう。
死亡率を60~80%減らせる、現在の大腸がん検診
大腸がんは、死亡数で男性第3位、女性第1位、合計第2位と近年増加しているがんです。
しかし、がん検診が簡易で大きな効果があります。
便潜血検査といい、便の中の血液の成分の有無を調べる検査です。
大腸がんは、早期で発見されれば90%以上、進行がんで発見されても70%の治癒が見込める、最近の治療により改善が著しいがんのひとつです。
便潜血検査で陽性が出た場合、大腸内視鏡検査を受けます。両者を受けることで大腸がん死亡率を、60~80%下げることができます。
「研究で、総死亡率が減少するという結果が出なかったので意味がない」という意見があります。
75歳までに大腸がんになる人が、男性4.5%、女性2.9%、
そのうち死亡するのは、男性1.3%、女性0.8%です。
統計学的に総死亡率で有意差が出なかったのであって、がん検診そのものまでも意味がないと言うのは、正しい理解ではありません。
まとめ
最近、次々と出てきている新しい手法の遺伝子検査は、まだ研究段階です。
これから陸続と、臨床研究の結果が出てくるでしょう。
また、がん治療法も、抗体療法から遺伝子治療へ向けて、射程距離に入ったといってよいでしょう。放置などとんでもない。
がん検診について正しい理解をし、40歳を過ぎたらがん検診を受けましょう。
参考図書:
Uptodate; tests for screening for colorectal cancer
Global surveillance of trends in cancer survival: analysis of individual records for 37,513,025 patients diagnosed with one of 18 cancers during 2000-2014 from 322 population-based registries in 71 countries (CONCORD-3); 319, p1023-1075, 2018
「科学的根拠にもとづく最新がん予防法」津金昌一郎著 祥伝社新書 2015年
「医療否定本の嘘」勝俣範之著 扶桑社 2015年
「健康診断は受けてはいけない」近藤誠著 文春新書 2017年