視覚(見る)・聴覚(聴く)・嗅覚(かぐ)・味覚(味わう)・触覚(さわる)を健康に保つことは大切です。五感を鍛えると、脳が鍛えられます。
認知症予防にもなる「五感トレーニング法」について、耳鼻咽喉科医の真鍋恭弘先生に続けてご紹介いただいています。
前回は、鼻と脳を鍛える「嗅覚トレーニング」を教えていただきました。
今回は、私たちに幸福感をもたらす「味覚」を鍛えるトレーニング法についてです。
味覚は、私たちの毎日の生活に楽しみを与えてくれる、とても大切な感覚です。
食べる目的が栄養を取るためだけなら、味は無用で、車にガソリンを入れるように、胃の中に食べ物を入れるだけで事足ります。
しかし、味覚をとおして「おいしい」と感じることが、私たちの生活での大きな活力になっています。
頑張った自分へのご褒美は、やっぱりスイーツ!という方、多いですね。
甘いお菓子がなぜご褒美になるのでしょう。
「おいしい」と感じる甘みの刺激は、幸せホルモンといわれるβエンドルフィンを分泌します。そのことによって、特別な幸福感を味わうことができます。
そして、「こんな幸せになれるんだったら、もっと頑張ろう」と思うので、まさに努力した自分へのご褒美となるのです。
そんな幸福感を味わえるのは、味覚が正常に働くからこそです。
ぜひ、生涯ずっと健康な味覚を保ち、味わい深い人生を送りたいですね。
そこで、今回は味覚を健康に保ちつつ、さらに認知症予防を目指し、脳も一緒に鍛える方法についてご紹介します。
味覚を衰えさせない3つのポイント
まず、味覚を衰えさせないために大切な、3つのポイントについてお話しします。
①バランスのよい食材を毎日取る
体は食べ物でできています。
味を感じる神経や、舌にある味蕾(みらい)という味センサーの活動エネルギーも食事から補給されていますので、体によい食事を、よく噛み、味わって、1日3回きちんと食べることが、まず大切な心がけです。
後で述べますが、味わうことそのものが味覚トレーニングにもなります。
②亜鉛欠乏に陥らないようにする
味蕾の活動に特に見逃せない栄養素が亜鉛です。
亜鉛を補充するため、亜鉛が豊富な食材(牡蠣、蟹、牛肉の赤身、レバーなど)の重要性をご存じの方はいらっしゃると思います。
しかし亜鉛の補充よりももっと大切なことは、亜鉛を失わないようにすることです。
亜鉛を失う原因は、おおよそ次の3つです。
亜鉛を失う原因(1) 多種類の生活習慣病治療薬の服用
まずは、降圧剤など、多くの種類の生活習慣病治療薬を服用することによる副作用です。
しかし、すべての薬が亜鉛を低下させるのではありませんので、自己判断で勝手に服用を止めるのではなく、医師とよく相談してください。
同じ働きを持つ違う薬に変更することで、亜鉛欠乏の副作用をなくすこともできます。
亜鉛を失う原因(2) ストレス・睡眠不足による疲労
亜鉛を失いやすくする次の原因が、ストレスや睡眠不足で疲れが抜けない生活を送ることです。
慢性の疲労は、亜鉛を過度に消耗し、味覚を鈍くしてしまいます。
亜鉛は、失うと、食材からの補給だけでは正常に戻すのが難しくなりますので、ぜひ疲れをためない生活を心がけてください。
亜鉛を失う原因(3) 食品添加物の摂取
最後は、食品添加物による亜鉛の低下です。
亜鉛欠乏を招きやすい食品添加物の代表は、かまぼこなどの練り製品に多いポリリン酸ナトリウム、パンの変色防止に使われるフィチン酸です。
食材の成分表示をよく確認し、これらも含め、添加物そのものをできるだけ体に入れない心がけが大切です。
添加物ではありませんが、お酒の飲み過ぎも亜鉛を消耗しますので注意しましょう。
③生活習慣病を予防する
糖尿病、高血圧、脳卒中に代表的される生活習慣病は、味覚の低下を招きます。
生活習慣病の代表である糖尿病は、口を乾燥させますので、舌の味覚センサーの働きが悪くなります。
味覚を鍛えて認知症を予防する3つの方法
次に味覚を鍛えながら、認知症を予防する方法です。
①しっかり味わう
まず、三度三度の食事をしっかり味わうことです。
よく味わって食べると、どのような効果があるのでしょう。
スイーツを食べた時に出る幸せホルモンβエンドルフィンは、幸福感を与えるだけでなく、体を副交感神経優位のリラックス状態にしたり、免疫力の強化やストレスを解消したりする効果もあります。
ですから、食事をおいしく味わいながら取るということは、栄養の吸収という効果に加えて、心の栄養を補給しているともいえるのです。
食事を取る時は、ぜひ一口30回、噛みましょう。
ご飯をよく噛むと甘みが出てくるのをご存じでしょうが、同じくらいの回数、他の食材も噛んでください。
「あ、こんな味もあったのか」と驚くような味が溶け出してきて、始めの味との変化も楽しめます。
②五感を総動員させて味わう
味覚をしっかり働かせ、食事をよりおいしく味わうには、味覚以外の感覚も総動員し、脳を幅広く働かせることが大切です。
食事を口に運ぶ前に、まずじっくり眺めてください。
食材には自然の長い歴史で作られた素晴らしい色が備わっていますから、そんな食材の色を楽しみながら頂きましょう。
次は香り。食事を口に運ぶ前に、香りを楽しみましょう。
海の幸、山の幸、それぞれに自然の香りが潜んでいるはずです。
特に嗅覚は、脳の記憶の部分と密接に関係していますので、ふっと子どもの頃に嗅いだ同じ香り、時には家族との団欒の風景も思い出すかもしれません。
また、味以外に起こる感覚がありますね。
触覚です。
口の中に入れた時の温度、舌触り、噛みごたえという触覚も、味わいを深めてくれます。
同時に、噛んだ時に聞こえてくる音も大切です。
レタスを噛んだときのシャリッという感触と音は、新鮮なレタスのおいしさを引き立ててくれます。
③味を言葉で説明する
最後に。味わったいろいろな味がどんな味か、言葉で説明できますか?
ワインのソムリエは、さまざまな言葉で表現し、ワインの味を伝えます。
すごいなと思いますが、それは、味覚がとりわけ優れているのではなく、味の要素を選別して言葉で表す訓練の賜物なのです。
甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの基本の味が、どのように含まれているかを考えながら味わうのが、言葉でうまく表すためのヒントになります。
「この肉ジャガは、いろんな甘みが入っているね。甘みの元は玉ねぎに、みりん、砂糖もあるかな? 塩味は醤油。酸味はないけど、出汁のうま味はしっかり入ってて、とってもおいしいよ」
1日3回の食事で、こんなコメントを心掛けると脳がリフレッシュされ、脳トレになります。