大切なモノひとつ~線維筋痛症を乗り越えて #4

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慢性疼痛と急性疼痛の違いは? 線維筋痛症を発症する原因はさまざま

慢性疼痛と急性疼痛の違いは?

慢性疼痛というと大げさに聞こえるかもしれませんが、いつも腰が痛いとか肩こりがあるとか、痛みに悩んでいる人は多いのではないでしょうか。

痛みが3カ月以上続いているなら、それは慢性疼痛と分類されます

だからといって、必要以上に痛みを恐れることはありません。
「怖い」という感情は、「痛い」という感覚につながります

痛みを正しく知ることが、まずは大切なのです。

さて、「痛い」といっても、本当にその場所が痛んでいるのでしょうか?

例えば、どこかにぶつけたり、切れてしまったり、捻挫をしたり、ケガなどのきっかけがある痛みは、確かにそこを痛めていて、体の危険信号を私たちは痛みとして認識します。

もし、痛いという感覚がなければ、私たちは刃物で切っても気づくことができず、命を危険にさらすことになりかねません。

痛みというのは、生きていくうえで大切な感覚なのです

しかしそれは、「急性疼痛」に限ってのことです

慢性疼痛というのは、もうそこには表面的なケガがないのに痛みが続きます。

先ほども言ったように、痛みは「感覚」なので、脳が感じています。

痛いのが体のどこであっても、痛みを感じるのは脳なのです。

そのため、慢性疼痛と脳の関係は、切っても切れない関係にあります。難しいですね。

線維筋痛症連載

小学生時代の捻挫がターニングポイントに

今回は、線維筋痛症となったきっかけについて、お話ししたいと思います。

線維筋痛症の病態そのものは、現在、だいぶ解明されつつあります。

ですが、発症原因はさまざまで、なぜ発症する人としない人とがいるのかは、まだ分かっていません。

いろいろな説がありますが、過去の外傷や歯科治療などの物理的な外からの変化だけではなく、離婚や大切な人との死別、対人関係などの強いストレスなどが引き金になり、発症するケースもあります

私自身のことをさかのぼると、体のあちこちが痛むようになってきたのは、小学校高学年の頃だったと思います。

当時はモダンバレエを習っていて、週1回はスポーツトレーナーのところに通わないと、全身が痛くて倦怠感が強く、日常生活に支障が出るような状態でした。

発症原因といわれるようなことを振り返ってみると、小学校1年生の時に右足を捻挫したことをきっかけに、ちょっとしたことで、すぐに足をひねるようになってしまい、痛みをかばって変な歩き方をするようになっていました。

痛みが出る前に、そのほかに大きなけがをしたことはありません。

精神的なストレスといえば、5歳の時に曾祖母と祖母が立て続けに亡くなったことには、非常に衝撃を受けました。

人の死というものに触れることで、「人は死んでどこに行くのだろう?」と考えるようになったものの、この死別が決定的なストレスになっていたということもありません。

現在の回復してきた過程から逆算すると、やはり右足の捻挫が大きなターニングポイントだったと考えられます。

きっかけがあれば、誰にでも起こりうる病気

足の捻挫をしたことがある人なんて、大勢いると思います。
その中で、なぜ私が発症してしまったのかはよく分かりません。

ただ言われていることは、何の前触れもなく発症するというのではなく、その前段階にケガやストレスなど、何らかのきっかけがあるということのようです。

でも、ケガをしたことのない人や、ストレスのない人(感じていない人はいると思いますが)は、いないと思います。

ということは、誰にでも起こる可能性があるのが、線維筋痛症という病気なのです。

レディ・ガガさんが線維筋痛症の公表をされた際に、過去のトラウマが原因だという発言がありました。

確かに、彼女の場合はそうだったのかもしれません。

ここで勘違いしてほしくないのは、線維筋痛症の方がみんな、同じようなトラウマを抱えているのではないということです

トラウマというのは、「心的外傷後ストレス障害」といわれます。いわばこれも外傷の一つであり、原因の一つにすぎません。

私自身はそのようなトラウマ的なことは思い当たらず、右足の捻挫のあとに2回、車の衝突事故に遭いました。

わりとひどい外傷性頚部腰部症候群(いわゆるむち打ち)になり、これも発症の原因の一つになっていると思います。

いろいろな要因が絡み合って、結果、線維筋痛症として現れてくるのです。

誰かのせいすると、痛みは怒りで倍加する

痛みを抱える人の話を聞いていて感じることは、今の自分の痛みを誰かのせいにするなど、何か自分以外のもののせいにすると、より自分が苦しくなるだけではないかということです。

その「誰か」はきっかけであっても、痛みの原因ではないでしょう

きっかけと原因とは別物です。

怒りは痛みによい影響を与えません。むしろ痛みそのものなのです。

こう書くと、やはり精神的なものではないかという人があるかと思いますが、そんなに単純なものではありません。

ただ、こういった感情をうまく受け入れることは、痛みと付き合ううえで、とても大事なアプローチになっていきます。

「怒りは痛み」と言いましたが、怒れずに自分の心にふたをしてきてしまった人は、一度ふたを開けなければなりません。

痛みは恐れる必要はありません。

だから少しだけ、下を見ずに空を見上げて顔晴って(がんばって)みませんか?

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