『嫌われる勇気』をきっかけに、多くの人に知られるようになったのがアドラー心理学ですね。
アドラー心理学では「勇気」が重視され、前向きに健全に生きていくために欠かせないもの、と教えられています。
その勇気は、「自分には生きる価値がある」という自己肯定感から得られるものです。
相手の自己肯定感を高め、勇気づける方法とは、横の関係(対等な関係、同じ目線)からの言葉がけであり、「ありがとう」という感謝や「うれしい」という喜びを伝えることである、と前回の記事でご紹介しました。
この基本をふまえ、今回はもう一歩進んで、言葉がけのときに気をつけたいこと、勇気づけの注意点をご紹介します。
失敗したこと、うまくいかなかったことも受け入れる
勇気づけの基本は「ありがとう」や「うれしい」という感謝や喜びを伝えることです。
ゆえに勇気づけたいなら、「ありがとう」「うれしい」と言える出来事に注目することが大切ですね。
- 自分にとって、してほしいことをしてくれた(自分の仕事を手伝ってくれた、一生懸命努力していた)とき、すかさずお礼・喜びを伝える
- 反対に、自分にとってしてほしくないことをした(お願いしたことを忘れた、仕事をちゃんとやらなかった)ときは、できるだけ感情的に物を言わないようにする
- 物を言うときは感情的になって相手を責めるのではなく、落ち着いた状態で、「私はこうしてもらえるとうれしい」「こうされるのは悲しい」と伝える
そうすると、相手との関係を損なわずに相手は自立へと進んでくれます。
ただここで注意したいのが、注目するのが特別な出来事だけであった場合、勇気づけにはならない、ということです。
例えば、子どもが学校の試験で特別によい点を取ったときは「うれしい」と言うけれど、普通の点、悪い点を取ったときには何も言わなければ、子どもはどう思うでしょうか?
「よい点を取らなければ、自分は認められない」と感じ、悪い点を取ったときには、立ち直れないほどひどく落ち込んでしまうでしょう。
特別な出来事だけでなく、失敗したこと、うまくいくかなったことをも受け入れる、その中でも相手の頑張り、努力を認める態度が、勇気づけになるのですね。
普通のこと、当たり前のことにも注目しよう
アドラー心理学の第一人者といわれる野田俊作さんは、勇気づける心がけとして「普通のこと、当たり前のこと、毎日起こっていることに注目してください」といわれています。
具体的には、子どもでいえば、元気に学校から帰ってきた、ご飯を残さず食べてくれた、食事の後片付けをしてくれた。
ご夫婦でいえば、今日も大変な仕事を終えて帰ってきてくれた、子どもと遊んでくれた、体のことを考えた料理を作ってくれた。
いかにも普通、当たり前のことに思えますが、それらを喜び、『ありがとう』と伝えていくと、相手の存在そのものを勇気づけ、本当の自己肯定感を高めることができるのです。
「子育てハッピーアドバイス」シリーズの著者で、心療内科医の明橋大二氏も、「やる気の土台となる自己肯定感を育む8つの方法」の中で、「子どもをまるごとほめる」ことを勧められています。
「あんたといると楽しいわ」
「どんなことがあっても、お母さんは味方だよ」
「やっぱりうちの子がいちばん!」
「おまえはいいやつだ」
「とにかく、あなたのことを信じてるから」
「生まれてきてくれてありがとう」
このような、子どもをまるごとほめる言葉は「能力への自信」よりも、「存在への自信」を育む言葉です。
こういう言葉をかけ続けられた子どもは、自分の存在を全肯定されたと感じます。
「こうだから好き」「○○だからえらい」という条件つきだけではなく、時には、何の根拠もなく、ほめる、肯定していく、そういうことも、私はあっていいことだと思っています。
(『子育てハッピーアドバイス 大好き!が伝わる ほめ方・叱り方』より引用)
私たちは「あれができていない、これもできていない」と、相手の欠点ばかりにどうしても目がいってしまいますが、そういうことはいったん棚上げにして、相手の存在に感謝の言葉をかけていく。
そうしてこそ、相手に本当の自信、勇気が育まれていくのですね。
職場の人間関係でも使える「勇気づけ」
存在のレベルで他者を見ることは、職場の人間関係においても大切です。
世論調査や人材コンサルティングを行っているアメリカのギャラップ社の調査で、世界各国の1000万人の社員にそれぞれ、
「私の上司、あるいは同僚が、自分を一人の人間として気にかけてくれていると思うか?」
と尋ねたところ、「イエス」と答えた社員は、そうでない社員と比べ、
- より生産的で
- 会社の利益により大きく貢献し
- その会社にとどまる率もはるかに高かった
ことが分かったそうです。
自分の存在を大切にしてくれている、と感じることで、この会社に貢献しようという気持ちが大きくなり、実際に生産性も高まったのですね。
自分が勇気づけをされる立場だったとすると、特別な貢献をしたときにも、もちろん注目をしてほしいですが、たとえ失敗したときでも、それも受け入れてくれたり、それまでのプロセスを認めてくれたりすることのほうが嬉しく、「励ましてくれた人のためにも頑張ろう」という気持ちになるでしょう。
相手が子どもであっても、ビジネスパーソンであっても、相手の存在を受け入れ、勇気づけることが、相手の自立にとって大事なことといえるのです。
ちょっとした行動が相手を勇気づける
「存在への勇気づけ」と聞くと、そんな大それたことは自分にはちょっと…、と感じられるかもしれません。
しかし短時間であっても、相手を喜ばせたいという気持ちと、ちょっとした行動が、存在への勇気づけにつながります。
組織行動学者のジェーン・ダットン氏は、「どんな触れ合いも、上質のつながりになる可能性がある」と語り、会社でいえば、
- ひとときの会話
- 一通のメールのやり取り
- 会議中での気遣い
が、双方に気力の充実を感じさせ、行動の幅を広げる、と言っています。
相手からのたったひと言のお礼や気遣いで、それまでのネガティブな気持ちが解消し、前向きになれた、という経験をされた方は多いのではないでしょうか。
今度は周りの人がそんな素晴らしい経験をされるよう、あなたから言葉がけを始めていただければと思います。
まとめ
- 勇気づけの基本は「ありがとう」「嬉しい」という感謝や喜びを伝えることです。ゆえに勇気づけるには、感謝やお礼を言える出来事に注目することが大切です
- 勇気づけで注意すべきは、特別な出来事だけ注目していては、勇気づけにはならないことです。特別なことだけ注目すれば、相手は「特別でなければ、自分は認められない」と思ってしまいます
- 特別なときだけではなく、普通のこと、当たり前のことにも注目し、うまくいかなかったことも受け入れてこそ、相手は自分の存在そのものを肯定できるようになります
- 勇気づけは職場での人間関係でも大切です。自分の存在を気にかけてくれる人が一人でもいれば、その社員は会社が好きになり、会社に貢献する気持ちも高まり、実際に生産性も上がったことがわかっています。ひと言のお礼、ちょっとした気遣いも、存在への勇気づけとなるのです
【参考文献】
「勇気づけの方法 アドラー心理学を語る4」(野田俊作著 創元社)
「幸福優位 7つの法則」(ショーン・エイカー著 高橋由紀子訳 徳間書店)