「人間が好き」な人は、周りからも好かれる
私が大学病院で研究に従事していたとき、実験助手をしてくれていた20歳くらいの女性がいました。
別の研究グループでしたので、直接、仕事を依頼することはなく、挨拶程度の会話しかしませんでしたが、妙に印象に残っています。
彼女はいつもニコニコして明るく、誰とでも楽しそうに話していました。
そして夕方、決まった時間に、「お先に失礼します」と、さっさと笑顔で帰っていくのでした。
マイペースという感じもありましたが、いつも屈託のない笑顔で、誰からも好かれていたようです。
その後、しばらくして、阪神大震災が起こり、私は大学病院から離れた場所で研究することになりました。それっきり、彼女の姿を見ていません。
ある人が話してくれました。
彼女には、「好きな人」か「大好きな人」か、二通りしかないのだと。
なるほど、好きな人と話せば楽しく、明るくなります。
嫌いな人がいないから、人間関係で苦しむことはあまりないのでしょう。
また、大学でお世話になった教授で、驚くべき体力とバイタリティーあふれる先生がいました。
朝早くから外来診療を始めて、夕方まで、ほとんど休みなく続けておられました。
常に話しっぱなしです。横についていた若い先生が、眠気を覚えて、「トイレに行ってきます」と席を外して、コーヒーを飲んで帰ってくると、まだ同じ患者に話しておられたそうです。
子どもの患者にでも、病気のことを詳しく話される。
あんな話をしても、分からないだろうということでも、一つ一つ丁寧に話される。
疲れた素振りはまったく見せられません。すごい体力と気力だと驚きます。
「あの先生は人間が好きなのよ」と聞いたことがあります。
人間が好きで、話すのが好き。だから休みなく話を続けることができる。
話すことが苦にならないのです。
相手を好きになる、嫌いになる心理作用
今紹介した人たちのように、周りの人と円滑なコミュニケーションをとり、人間関係をよくするには、どうすればいいでしょうか。
笑顔で挨拶を励行し、言葉遣いに注意する、思いやりの心を持つなど、いろいろと大切なことがありますが、相手を好きになる。これが一番ではないでしょうか。
好きになれば、近づいて話す機会が増え、笑顔になり、親切にもするでしょう。
「接する機会が増えれば、親しみを覚える」
これはザイアンスの法則といわれます。
また心理学で使われる言葉に、初頭効果(primary effect)があります。
初頭効果とは、第一印象、初めの印象によって、その後の評価が大きく左右されるということです。
恋愛感情がからめば、一目惚れとか、ビビビ婚につながるかもしれません。
困っているときに助けてもらった。
つらいときに、やさしい言葉をかけてもらった。
初めての出会いで、そんな経験をすれば、その後の関係は強固な絆となるに違いありません。
「この人は、いい人」と思いこめば、「惚れて眺めりゃ、アバタもエクボ」で、すべてのことを善意に解釈しようとします。
第一印象が強められていく「バイアス効果」とは
お気に入りの人が黙って仕事をしていれば、やっぱり真面目な人だなと思います。
冗談を言えば、楽しい人だと思うでしょう。
これを確証バイアス(その人に抱いている印象に沿った解釈をするようになること)といいます。
これに関連し、その人が失敗しても、誰でも失敗することはあるだろうと容認できます。かえって人間味があっていいと、親しみを覚えるかもしれません。
これを反証バイアスといいます。
その人に抱いている印象と逆の事象が起これば、その事象に否定的な解釈をすることになるのです。
これとは反対に、「この人は嫌な人」と思えば、「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」となります。
黙って仕事をしていれば、「また機嫌が悪そうだなあ、なるべく話しかけないようにしよう」と思うかもしれません。
仕事中に、冗談を言えば、不真面目な人だと思うかもしれません。
その人に抱いている印象を覆すような解釈は、なかなかできないのです。
初頭効果(primary effect)が、いつまでも続くことになるのです。
相手をどんどん好きになる方法
第一印象はいつまでも続くことになる。だから相手を好きになるには始めが肝心。
第一印象を覆すには、何度も反証事例を経験しなければなりません。
そして、何年もたってようやく、「ああ誤解していた、そんな人ではなかった」と知らされることになります。これは大変です。
始めに、できるだけ相手の長所を発見し、好きになれる点を探すようにしましょう。
いったん好きになれば、あとはバイアスが働き、どんどん好きになることができます。
ですから、初対面で自己紹介をするときには、注意が必要です。
「私はいつも失敗ばかりで、なかなか仕事に慣れないのです。おっちょこちょいで叱られてばかりです」
こんな話で始めると、「頼りにならない人」という印象になります。
鳥のヒナは卵からかえって、初めて見た動物を自分の親だと思うそうです。生まれて初めて見た、動いて声を発するものに、ずっとついて回ります。
一瞬の出来事が、まるで頭の中に印刷されるように記憶されますので、刷り込み現象(imprinting)といわれます。いったん刷り込み現象が完成すると、修正は難しいのです。
鳥のヒナの刷り込み現象は極端ですが、誰でも、初めて経験したことは、印象深く記憶に残るものです。
日本では、謙遜することが美徳と考えられる傾向にありますが、自分の言動が相手の心にどう映っているか、よくよく考えたほうがよいでしょう。
始めに謙遜して自分を低めるのは禁物でしょう。
まず、自分の得意なこと、長所をアピールしなければ、相手から評価をしてもらうことはできません。
失敗談は、親しくなった後で話すのが無難でしょう。
【参考文献】
『本当にわかる心理学』(植木理恵著 日本実業出版社)