北山での若紫との出会い
光源氏、18歳の春。4歳年上の正妻・葵の上との関係は冷えきっていました。
その一方で、継母の藤壺女御(ふじつぼのにょうご)を理想の女性と憧れ慕い、思いはつのるばかりです。
夕顔を亡くした昨年の秋から体調の優れない源氏は、春になってしばらく、北山という所で療養することになりました。
ここで、藤壺女御とよく似た少女を発見したのでした。
「雀の子を犬君(いぬき)が逃がしつる」(雀の子を召使の犬君が逃がしてしまったの!)
と泣いて目をこすりながら走ってくる、あどけない姫。
髪は扇を広げたようにゆらめき、涙をこすって顔を赤くした少女です。
光源氏の目は釘付けになりました。
(少女は藤壺の姪でした。後に源氏の正妻格として連れ添う紫の上です。子どもの頃は若紫と呼ばれていました)
この後、光源氏は北山の僧都から仏教の話を聞きます。
この世は無常であること、やがて必ず自分の死に直面すること、死んだらどうなるかを僧都は説くのでした。
源氏は今の悩みを思い、未来も苦しみ続けるのでは、と自らを凝視します。
僧都のような仏道ひとすじの生活は、理想的な生き方に思えるのでした。
しかし……
ふと、昼間に垣間見た少女の姿がまぶたに浮かんできたのです。
その後は、どうしたことでしょうか。出家したいという心は、いつの間にか消えてしまいました。
藤壺女御の懐妊
療養を終えて都に戻ったあと、藤壺女御が実家に帰っているとの知らせが入ります。
若紫との出会いで、藤壺への想いを一層掻き立てられた源氏は、これはチャンス!と、側で仕える女房を言いくるめて藤壺の部屋に潜入しました。そして強引に逢瀬を遂げたのです。
夢心地のひとときに源氏の詠んだ歌です。
見てもまた あうよまれなる 夢の中に やがてまぎるる わが身ともがな
(藤壺様、再びあなたと逢う夜がないならば、今宵の夢の中で、私〈光源氏〉も夢とともに消え果ててしまいたい…)
対して藤壺女御は、
世がたりに 人や伝えん たぐいなく うき身を醒めぬ 夢になしても
(世の語り草として人が伝えていくのではないでしょうか、このうえなくつらいわが身を醒めぬ夢としましても)
と返しました。
源氏は、理想の女人がわがものとなれば心が満たされる、と信じて突き進んでいったのでしょう。
しかし父・桐壺帝を裏切った罪悪感に責め立てられ、孤独も深まりました。
そして、何十年もしてからこの向こう見ずの行為を思い出して、愕然と頭を抱えることになります…。
藤壺は、もう二度と同じ過ちがあってはならぬと源氏を拒絶しますが、かといって憎みきれずに懊悩します。
夏になると、藤壺女御の懐妊が明るみになりました。
帝はたいそう喜び、彼女を一層いたわるにつけ、藤壺の心は沈んでいきます。
秋になり、北山で若紫を育てていた祖母の尼君が亡くなりました。
実父が迎えにくると知った光源氏は、すぐさま若紫を自邸に引き取ります。
彼女を理想の女人に育てようと心に決めるのでした。
人物紹介:若紫
後に光源氏の正妻格となる紫の上の幼少時代の名前。
藤壺の兄・兵部卿宮の娘で、藤壺の姪にあたる。
母が亡くなり、祖母の北山の尼君のもとで育てられていた。
北山の尼君が亡くなった後は、光源氏に引き取られる。
若紫(紫の上)について、詳しくはこちらの記事でも解説しています。
源氏物語全体のあらすじはこちら
源氏物語の全体像が知りたいという方は、こちらの記事をお読みください。
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