仏教の慈悲にヒントを得た、欧米で話題の「セルフ・コンパッション」。
自分を思いやり、自分に優しくする種まきとして、3つのキーワードが紹介されています。
- 自分に優しくする
- つながりを大切にする
- 「気づき」を大切にする(マインドフルネス)
最後は、3番の「気づき」を大切にする(マインドフルネス)についてです。
※前回までの記事はこちらをごらんください。
“自分のせい”と思うのは自己肯定感が低くなっている証拠
自己肯定感が低いときの特徴として、「自己批判しやすい」「孤立しやすい」ことを説明しました。
もう一つ、「何でも“自分のせい”と思いがち」という傾向があります。
これを、過剰な同一化といいます。
「どうせ自分が悪いんだ」「自分は周りに迷惑ばかりかけている」と、自分の責任ではないことまで自分のせいではないかと考えてしまうことです。
それだと誰でも疲れてしまいますし、つらくなってしまいます。
「全部だめだ」「何もかもうまくいかない」と白か黒かで考えると、できているところもあるのに、それも分からなくなってしまいます。
このようなときは、思い込みやネガティブ思考で自分を過度に責めていないか、本当は「優しくしてほしい、安心したい」と思っている今の自分の気持ちに気づけるよう、一呼吸おいて、自己をふり返ってみましょう。
そう勧めるのが、「マインドフルネス」です。
自分自身に慈悲の心を向けるためには、まず自分が苦しんでいることに気づかなければならない。
(『セルフ・コンパッション』より)
なぜ“自分のせい”だと思ってしまうのか
まずは、なぜ「何でも自分のせいにしがち」なのか、考えてみたいと思います。
自分のせいにしがちなのは、何か問題が起きると、「誰かのせいにする」ことが少なくない、現代社会を反映しているのかもしれません。
何かと「責任」を問われる昨今、私たちは常に他人の「評価」にさらされています。
そして、仕事が「できる人・できない人」とランク付けされ、あるいは「使える・使えない」とモノのように扱われることもあります。
それは本来、仕事の成果や能力の一部をいわれているにすぎませんが、私たちはそれを「自分そのもの」を評価されているように感じます。
周りの評価によって自分の価値が決まると思うと、常に周りの目が気になります。そうして気を張り続けなければいけない中で生きていくのは、かなりシンドイものがあります。
評価というのは、あくまで相手側の「その人からどう見えたか」です。
当たっているいい評価ならうれしいですが、思わぬトゲトゲしい評価をもらうとキズを負うこともあります。
「一方的な評価は暴力だ」とすらいわれます。
ある程度の自己肯定感があり、心のバリアが張られていれば、
「勝手な解釈をされた」
「意見を押しつけられた」
「あんなこと言うなんて、何様のつもりだろう」
と跳ね返すこともできるでしょう。
しかし、自己肯定感が低く、バリアが弱っていると、相手の言うことをそのまま受け止めてしまい、深い傷を残すこともあるのです。
そのため、他人の評価に傷つけられる前に、「私はそういう自分だということを分かっているので、これ以上傷つけないで」と予防線を張ろうとします。
しかし、その予防線が「自分を厳しく評価する」ことになり、自己批判となりやすいのです。
自己批判は、周りに評価される前に、自分で自分に厳しい自己評価を下し、傷つくのを防ごうとして、結果的に自分で自分を傷つけてしまうことになってしまうのです。
自分を大切にするためのルールの作り方
ではどうすればいいのでしょうか。
周りの評価から自分を守るためには、まずは、「自分のことは自分で守ろう」「せめて自分は自分に優しくしよう」と決めることです。
当たり前のことのようですが、この「決める」ことが意外と難しく、抵抗を感じる人は少なくありません。
これは、自分の「ルール」を作るということです。
困ったときに立ち戻る、ちょっとやそっとでは変えない「黄金ルール」です。
自己肯定感が低いときは、自分でも気づかないうちに自分で自分を責めたり、周りの厳しい評価を無防備に受け入れがちです。
だからこそ、この「ルール」を思い出すことが大切になります。
心が弱っているときは、決めたはずの「自分に優しくする」ルールにも抵抗を感じるかもしれません。それも自己肯定感が低いときの特徴だからです。
だからこそ「自分のことは自分で守ると決めたんだった」と思い出せるように、「決めておく」ことが大切なのです。
「いや、でも…」と言い訳を始めても、「決めたことだから」と自分に言い訳させないようにしましょう。
トリガーを決めておくことも忘れずに
次に、そのルールを思い出すためのトリガー(きっかけ)を決めます。
頭の中だけで気持ちを落ち着かせようとしても、なかなか難しいため、ふと我に返るための「動作」を決めておくのです。
一息つく、一呼吸おく、と言われるように、深呼吸して深く長く息を吐くのも一つの方法です。
ほかにも、右こぶしで左胸をグリグリ押さえたり、目を閉じて「落ち着こう」とつぶやいたり、自分なりの方法を決めておきましょう。
大切なのは、その動作と、ルールを思い出すことを結びつけておくことです。
これは反復練習によってスムーズにできるようになります。
そして、毎晩寝る前に、今日一日、自分に優しくできたか、どんなときにそうできなかったか、簡単に振り返ってみてください。
1週間も続けると、自分に厳しいとき、周囲の評価を過度に気にするときの、大体のパターンが見えてくると思います。
パターンが分かれば、対策も立てやすくなります。
紙に書くと、より分かりやすいでしょう。
常識や正論に縛られると苦しくなる
また、自分の心のクセ、思い込みがないか、見直しておくことも大切です。
よくあるのは、いわゆる「常識」「正論」に縛られて、自分に厳しすぎることです。
例えば「人に迷惑をかけてはいけない」ということ。
親や学校の先生に繰り返し言われたことが心に刻み込まれ、誰かに相談したときに「迷惑かけるな」と言われたとします。
すると、
「迷惑をかけてはいけない」=「人に頼ってはいけない」「弱音を吐いてはいけない」
と意味が広がり、呪縛のようなルールとして心に刻み込まれてしまうことがあります。
「迷惑かけてはいけない」というのは、ある意味そのとおりですが、誰にも迷惑をかけずに生きている人はいません。そこはお互い様のはずです。
むしろ信頼関係を築いて人間関係をうまくやっていくためには、人に頼ることは不可欠です。
それなのに、「迷惑をかけてはいけない」という正論だけが強調されると、「迷惑をかける=悪」のように思えてきます。
言い訳を許さない「正論」もまた、一方的な暴力に近いものがあります。
そして、無意識のうちに人に頼れなくなり、いろいろ抱え込んでしまい、全部自分が悪いんだと、なんでも自分のせいにしがち、という悪循環に陥ってしまいます。
自分に優しくすることに抵抗が強い場合は、何か相容れない無意識のルールがあることが多いのです。
そんな呪縛がないか、気づくためにも、「自分に優しくする」というルールを決めてしまいましょう。
最後に
私たちは、ふと気づくと、目の前のことや周りの目、不安や後悔に心を奪われがちです。
だからこそ、気づいたときに、何度でも、原点や初心に返ることが大切だと昔から言われるのだと思います。
私たちは、苦しむために生まれてきたのではありません。つらいことに耐え続けるために生きているのでもありません。
生きてきてよかった、と心から喜べるような生き方をするために、誰もが生きています。
このような大きな視点(大局観)も、今の自分に気づきをもたらしてくれます。
日々の忙しさや荒波に飲み込まれ、自分を見失っていると感じるときは、「私は、何のために生きているんだろう」という大きな問いかけが、大切なことを思い出させてくれるかもしれません。
今、自分に優しくできているか、後悔しない生き方をしているか、しようとしているか、自分に優しくすることを教えたセルフ・コンパッションは、それを思い出すことの大切さを教えてくれているのだと思います。
【参考文献】
・クリスティーン・ネフ著、石村 郁夫・樫村 正美訳(2014年)『セルフ・コンパッション あるがままの自分を受け入れる』金剛出版
・SELF-COMPASSION Dr. Kristin Neff https://self-compassion.org/
・Kristin Neff, Cristopher Germer(2018)「The Mindful Self-Compassion Workbook: A Proven Way to Accept Yourself, Build Inner Strength, and Thrive」GUILFORD PRESS
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