薬を使わず、手軽にできる認知症予防
2012年に厚生労働省は、認知症患者が462万人、認知症予備軍が更に400万人いるという衝撃的なデータを発表しました。
2025年には675万人に増加するといわれています。65歳以上の5人に1人が認知症という計算になります。
自分自身はもちろん、親や家族の認知症予防のため、また悪化を少しでも防いだり、怒りっぽさや抑うつ症状を和らげるために、さまざまな対策法が推奨されています。
この1万年堂ライフでも、食事、睡眠、運動、生活習慣病の予防や治療、人との交流など、さまざまな角度から認知症の予防法をご紹介しました。
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今回は、薬を使わず、手軽にできる認知症予防として、名文に触れる学習療法についてお伝えいたします。
学習療法は、何といっても続けやすい
高齢化先進国の日本は、認知症対策についても世界から注目を浴びています。
そんな中、東北大学の川島隆太教授の学習療法の研究論文が、2005年に米国老年学会誌(Journal of Gerontology)に掲載されました。
文章を声に出して読む・文字を手で書く・簡単な計算をすることが、脳の前頭前野を含む多くの部位を活性化することを脳科学で証明し、認知症のさまざまな症状の改善に有効であることも分かったのです。
それも、1日20分ほどで効果が現れるため、毎日続けやすいのです。
誰でも手軽にできる方法として、多くの施設でも実施されています。
「音読」の驚くべき効果
文章を読む際に、「黙読よりも音読のほうが内容をよく覚えている」という経験は多くの方が実感していると思います。
文字を見て、
音読して、
それを自分の耳で聞く。
さまざまな角度から五感を刺激するため、脳の活動もそれだけ活性化します。
その文章がテンポよくスラスラ読める名文であれば、心地よいリズムも感じられて、気持ちも落ち着きます。
安定したリズムは、気持ちの安定につながります。
また、誰かと一緒に音読することで、効果はより大きくなるといわれます。
相手の声を聴く、相手のテンポに合わせるなど、少し複雑な作業になるからです。
「手で書く」作業にはリラックス効果も
パソコンを打つことが増え、手書きをする機会は大きく減りました。
私も手書きだと漢字が思い出せないことが少なくありません。
そんな時代だからこそ、手書きのよさが見直されています。
音読と同じく、手書きも脳の血流を増やし、脳を活性化させることが分かっています。
日記のように、自分の思ったことを自由に書くことも効果的ですが、文章を写したり、なぞり書きすることも、脳を活性化させます。
「写す」ということは、文字を見て、頭で覚えて、手で書く、というさまざまな動作が組み合わさっています。
文字をなぞる場合は、お手本の線に合わせる注意力・集中力も必要になりますので、意外と難しいのです。
適度な集中力を必要とし、それによるリラックス効果も期待できます。
今やっている作業に意識を集中させるのは、いわば「書くマインドフルネス」といえます。
人は、何もせずにボーっとしているよりも、何かに一つに意識を向けているほうが、リラックスできることが脳科学で証明されています。
そのため、なぞり書きや書写をはじめとした学習療法によって、認知症の人が穏やかになったり、介護を受け入れやすくなったりするなどの効果も期待できるのでしょう。
より充実した人生を送るために
言葉に触れることは、脳を活性化すると同時に、言葉に込められた心に触れることでもあります。
さまざまな記憶が、言葉をきっかけに甦ってくることもあります。
認知症が進むと、なかなか言葉が出てこなくなり、会話が成り立たなくなることが多いですが、ある歌はよく覚えていたり、好きな文章の一節を朗々と読み上げたりする方は少なくありません。
それはきっと、その方にとって大切な思い出であり、大切な「その時(過去)」を思い出しているのでしょう。
最期まで人間らしい生き方をするためには、よりよい言葉に触れ続けることが不可欠です。
「認知症にならないために生きる」という人はいませんが、「よい言葉に出会うために生きる」ことは、より充実した人生を生きることになるのではないでしょうか。
認知症予防という副産物も期待して、名文を声に出して、手で書いてみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
・認知症疾患診療ガイドライン2017、日本神経学会
・Kawashima R et.al. Reading Aloud and Arithmetic Calculation Improve Frontal Function of People With Dementia, The Journals of Gerontology: Series A, Volume 60, Issue 3, 1 March 2005, Pages 380–384,
・Kawashima R et.al. SAIDO learning as a cognitive intervention for dementia care: a preliminary study.J Am Med Dir Assoc. 2015 Jan;16(1):56-62
・『脳が活性化する大人のえんぴつ書写 脳ドリル』(川島隆太著、学研、2016年)
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