伊勢湾台風の来襲から、今年でちょうど60年となります。
昭和34年の伊勢湾台風の死者・行方不明者は5098人で、地震を除いた日本の自然災害としては、最悪の被害でした。その犠牲者の多くは、高潮にのみこまれて亡くなりました。
このシリーズでは、水にまつわる災害や環境に詳しい技術士の花井広文さんに、家を建てるときの土地選びのポイントについて、お聞きしています。
3回めの今回は「高潮」についてです。
前回の記事「洪水編」はこちら
伊勢湾台風が直撃。そのとき母は…
この記事を書いている9月26日は、伊勢湾台風の上陸からちょうど60年目にあたります。
高潮による被害とはどういうものか、伊勢湾台風で被災した私の母の体験談を通して説明したいと思います。
当時、母は20歳になったばかりで、愛知県半田市の、海に近い埋め立て地に建てられた実家に住んでいました。
付近一帯は「ゼロメートル地帯」といわれる低い土地で、今でも街路灯などに伊勢湾台風の時の海面水位が掲示されています。
それを見ると、私の身長の2倍以上の高さまで海面が上がっていたことに驚かされます。
母たち家族は避難せずに実家にいました。堤防があるから大丈夫だと思っていたようで、近所の人たちも多くが家にいたそうです。
当時は行政側の避難誘導体制が整っておらず、住民も台風による高潮被害の認識が希薄で、自分たちが危険な低地に住んでいることさえも、知らない人が多かったのです。
それが、悲劇を招きました。
高潮により海面水位が上がり、暴風に吹き寄せられた貯木場の丸太や船によって堤防が破壊され、付近一帯に海水が一気に流れ込みました。
水はどんどん上がっていき、母たちは最初は2階に避難しましたが、2階にも浸水してきたので、天井を破って吹きさらしの屋根の上に登り、一命をとりとめました。
母によると、付近の2階のない家に住んでいた人たちは全滅で、流木に破壊され、流されてしまった家も多かったとのことでした。
当時は2階建ての民家はまだ珍しかったそうです。
母の父(私にとっては祖父)は左官業の親方で、頑丈な造りの家を建てました。
私も子どものころに母の実家に行くと、よく2階に上がってむき出しになっていた梁に登って遊んでいましたが、柱も梁も太くて立派な丸太が組まれていたことを覚えています。
2階建てで頑丈な造りだったことが、一家の命を救ったといえるでしょう。
台風が過ぎた後も水は引かず、潮が満ちるたび流木や家の残骸、時には壊れた船や遺体なども家の近くに流れてきたそうです。
当時の記録によれば、場所によっては120日間以上にわたって滞水が続いたとあります。
母たち一家は、その後、船で救助されたとのことです。
地球温暖化でこれからどうなる?
高潮とは、台風などの低気圧の影響で海面が吸い上げられ、それとともに、沖からの強風で海岸に海水が吹き寄せられて、潮位が異常に高くなる現象です。
台風の来襲と満潮時刻が重なると、さらに潮位が上がり、被害が拡大します。
伊勢湾台風の時、名古屋港では最大3.89mと、記録的な潮位を観測しました。
また昨年の台風21号では、大阪港の潮位が3.29mと、伊勢湾台風以来の3m超えの高潮が観測され、関西空港も水没してしまったことは記憶に新しいところです。
しかし、これから地球温暖化が進むと、海水面そのものの上昇や台風の巨大化により、さらに大きな高潮が頻発することが科学的に予測されています。
今年の9月25日に、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表した特別報告書によると、世界全体で有効な対策が取られないまま地球温暖化が進むと、今世紀末には世界平均の海面水位は最大で1.1m上昇するとされています。
さらに、台風など熱帯低気圧の強さも増して、高潮などによる沿岸部の被害が世界中で増加すると指摘しています。
低地にある大都市では、これまで100年に1回程度の頻度で発生していた高潮災害が、2050年には毎年のように起こるとも警告しています。
これが、世界中から多くの科学者や専門家が集まって、長年にわたり観測や研究を行って導き出した結論であることに注目しなければなりません。
「30年後には、伊勢湾台風クラス以上の高潮が毎年のように襲ってくる」と言っているのです。
参考のために「津波ハザードマップ」の確認を
そのような高潮が来ても自分の家は大丈夫かどうか。
またこれから住む土地を選ぶ際にも、高潮のリスクのある場所は、ぜひとも知っておきたいところです。
しかし高潮については、洪水のようにハザードマップを公表している自治体は、まだ少ないのが現状です。
たとえ公表されていても、これから起こる地球温暖化による影響までは考慮されていません。
そこで私の個人的な意見ですが、「津波ハザードマップ」によって高潮のリスクを把握する方法をお勧めしたいと思います。
「津波ハザードマップ」は海岸沿いに位置する自治体であれば、ほとんど作成されています。
津波と高潮は発生する原因がまったく異なりますが、いずれも沿岸部を襲う浸水被害で、共通点も多くあり、「津波リスク」のあるところは「高潮リスク」のあるところといえます。
特に、南海トラフ巨大地震で津波が予想されている地域は、台風による高潮被害の恐れが大きい地域とほぼ一致しています。
両者の被害範囲の最大値は経験上、
津波 > 高潮
といえます。
津波は巨大地震により海水全体が動く現象で、エネルギーも非常に大きいため、高潮以上に陸地の奥まで被害を及ぼします。
つまり津波の被害が及ばない地域であれば、高潮被害にあう可能性はかなり低いということになります。
まずお住まいの自治体のホームページから、津波ハザードマップをご確認ください。
また「国土交通省ハザードマップポータルサイト」からも検索できます。
ハザードマップポータルサイト
津波と高潮の違いを知っておくことも大切
先に「津波 > 高潮」と書きましたが、これはあくまで最大規模の地震が起こった場合の津波との比較ですので、両者の違いを知っておくことも大切です。
【違い①】頻度が全く違います
津波と高潮の大きな違いの一つは、被害の頻度です。
例えば南海トラフ大地震は概ね100年に1度の周期で起きていて、これから30年以内に80%の確率で起きると予測されています。
一方で高潮の被害は、地球温暖化が進むと毎年のように起きる恐れがあります。
【違い②】高潮は予測ができます
もう一つの違いは、地震はいつ起こるか予測できませんが、台風は高い精度で予測できるようになっています。
台風による高潮被害は、事前に予測して安全な場所に避難することができるのです。
「高潮リスク」のある土地にお住まいの場合は、台風情報や、自治体による避難情報を知って早めに避難することが、命を守るために重要となります。
まとめ
- 伊勢湾台風では高潮被害により多くの命が失われました
- 地球温暖化により、将来は伊勢湾台風クラス以上の高潮が毎年のように起きると、科学者たちが警告しています
- 「津波ハザードマップ」によって高潮被害の恐れのある地域をある程度知ることができます
- 台風情報や避難情報に注意し、早めの避難に心がけましょう