盲目の法師が、琵琶を奏でながら、歌うように語っていた『平家物語』。
「あっ」と感動したり、「ほろっ」と涙したり、「くすり」と笑ったりする場面が、リズミカルに、織り込まれています。
祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらわす。
(平家物語)
『平家物語』のテーマは、冒頭の名文で明らかなように、「諸行無常」「盛者必衰」です。
「諸行無常」とは、「全てのものは、長続きしない」。
「盛者必衰」とは、「盛んな者も、必ず衰える時が来る」という意味です。
これは、私たちが、どう生きるかを考え、悔いのない人生を設計するために、とても重要なテーマです。
サクセスストーリーは、人生の片面。もう片面は?
『平家物語』には、平清盛が、日本史上、例のない出世を果たすまでのサクセスストーリーは書かれていません。
ここが、豊臣秀吉の『太閤記』と違うところです。
少しだけ、平家の歩みを書いたあと、いきなり「太政大臣」という最高のポストを得た清盛から始まります。
そして、一見、華やかに見える平家一門が、わずか18年後に、壇の浦の海底に沈んでいくまでを描いているのです。
主人公が、苦労して成功を収めるまでの物語ならば、ハッピーエンドになるでしょう。
しかし、それは人生の片面でしかありません。むしろ、その後のほうが大事なのです。
山の頂上まで登った人は、それから、どうするのか。
頂上まで登ることができず、挫折した人は、どうなるのか。
必ず直面する死に、どう向き合えばいいのか。
こういうことを、真っ正面から描いた物語は、他にはないように思います。
さまざまな苦難に直面した時、どう行動したのか、その結果は……
『平家物語』は、軍記物といわれます。
しかし、源氏と平家の合戦ばかりが描かれているのではありません。
親と子の絆、夫婦の絆、主従の絆が描かれている場面が、とても多いのが特徴です。
清盛にも、子供や孫があります。罪を犯して流罪になる人たちにも、妻や子供がいます。
ついつい「自分の人生は、自分が決める」「自分のやりたいことをやる」という考えで、突き進んでしまうことがあります。
しかし、それが、家族や周囲の人たちに、どんな思いをさせてしまうのか……。
『平家物語』を読むと、誰もが一度、立ち止まって考えてしまうと思います。
『平家物語』は、実際にあったことを基に書かれています。
清盛だけでなく、物語に登場する人物は、さまざまな苦難に直面します。
その時、人間は、どう行動するのか。
その結果、どうなったのかを読んでいくと、とてもためになります。
時代は違っても、同じ人間ですから、同じようなことが、私たちの人生にも、起きるからです。
「諸行無常」「盛者必衰」の現実を見つめて、そこを乗り越えて進む、様々な生き方が、名文で描かれています。
だからこそ、時代を超えて読みつがれているのではないでしょうか。