こんにちは。国語教師の常田です。
いろいろな生き方をしてみたい、と思っても人生は一つ。そんな私たちに源氏物語は濃密な様々の人生を追体験させてくれる、と言った人がいました。
今回は、「鈴虫の巻」のあらすじを解説します。
光源氏の晩年、最愛の妻・紫の上が明るい来世を念じて仏道に心寄せていることを、前回お話ししました。
同じ頃に、正妻の女三の宮も出家し、日々勤行に励んでいます。
2人の他にも、源氏ゆかりの女性たちを3人、今回は紹介しましょう。
情熱的で奔放な女性・朧月夜
源氏の政敵・右大臣の娘である朧月夜は、自分の思いに素直に生きた女性です。
朱雀帝(源氏の兄)に入内予定でしたが、ある夜、邸に忍び込んできた光源氏(当時20歳)と出会って一夜を過ごし、恋人になってしまいます。
2年後、源氏を慕い続ける娘の気持ちを思う父・右大臣は2人の結婚を考えますが、源氏は心引かれながらも断りました。
その後、朧月夜自身は、光源氏との恋愛で東宮妃になれず、宮仕えの身になっていました。
しかし情熱的で奔放な彼女は、恋しければ源氏を自ら求めました。
朱雀帝の寵愛を受けながらも、大胆に宮中で源氏との密会を続けたのです。
これが発覚し、源氏は一時、都を追われました。
そんな朧月夜も、朱雀帝の退位後は、
「常なき世とは身ひとつにのみ知りはべりにし」(無常の世と、わが身一つに思い知りました)
と仏門に入り、一人静かに暮らしました。
“私を置いて先に出家するなんて”と言う源氏に、
「かつて、京を離れてわび住まいをされ、無常をよくよく知らされているはずの源氏様が、なぜまだ仏法一筋になられないのでしょう」
と返し、彼を絶句させました。
朧月夜については、こちらの記事でも解説しています。
独身を貫いた朝顔の姫君
一方、源氏からの度重なる求愛にも頑として応じず、独身を貫いたのが朝顔の姫君です。
聡明で冷静な彼女は、光源氏の魅力に心動かされつつも、彼と深く関わって愛憎に苦しんだ女性たちを見て、”たとえ男性の後ろ楯がなくて生活が困窮しても、孤独で寂しくても、私は一人で生きていこう”と決意したのです。
その彼女も出家しました。
自由奔放な朧月夜、堅く生きた朝顔、対照的な性格の2人ですが、行き着いた先は先は同じでした。
朝顔の姫君については、こちらの記事でも解説しています。
最も安定した人生・秋好中宮
さてもう一人、最も安定した人生を送ったといわれる女性「秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)」の話をします。
「春が一番」という紫の上に対し、「秋の趣こそ」と言ったことから、こう呼ばれるようになりました。
彼女は幼い時に父と死別し、母・六条御息所に育てられました。
才色兼備で誇り高いその母が、やがて源氏の愛人となり、押さえ込んではいても、彼の正妻への嫉妬に悶え苦しむそばで成長します。
母の死後は源氏の養女となり、9歳年下の冷泉帝に入内して、中宮(帝の妃のトップ)となりました。
冷泉帝が退位してからは、夫婦2人でのどかな生活を送っていました。
そんなある日、養父の源氏が訪ねてきて、”そろそろ出家しようと思う。その時は残る家族の世話を頼みたい”と言います。
すると秋好中宮は、「他の女性たちのように、私も仏門に入りたい」と、初めて心中を打ち明けました。
想定外の告白に源氏は驚き、「夫も身分もあって、恵まれた生活のあなたに、出家する理由なんてないでしょう?」と聞き返します。
「母を亡くしたあとは、悲しみばかりで、後世の苦しみにまで考えが及ばなかったのは情けないことでした。
生前、愚痴の心で他の女性たちを傷つけてきた母は今頃、地獄の業火に責められ苦しんでいるに違いありません。
せめて私が仏法を求め、母の供養をしたいのです」
秋好中宮は訴えました。
后となって皆から羨まれ、幸せそうに見える彼女も、人知れず悩みを抱えて苦しんでいたのですね。
“亡き人は今どこに”
“本当の供養とは?”
いつの時代でも、大切な人を亡くした時、問いかけずにいられないことでしょう。
秋好中宮については、こちらの記事でも解説しています。
朧月夜、朝顔、秋好中宮。三者三様の生きざまですが、最後は悔いなき人生を求めました。
彼女たちはまた、作者・紫式部の投影であり、式部自身が”真の安らぎ”を求めずにいられなかったのでしょう。
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- 入内:帝の妃になること
- 中宮=后:帝の妃たちのトップ
源氏物語全体のあらすじはこちら
源氏物語の全体像が知りたいという方は、こちらの記事をお読みください。
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