「ポジティブ心理学」という言葉を聞かれたことはあるでしょうか?
ポジティブ心理学は、心理学の比較的新しい分野です。
ポジティブ心理学が提唱される前の心理学は、心理的な障害のメカニズムを解明し、精神疾患からいかに回復するかに焦点が当てられていました。
対して、ポジティブ心理学では通常の生活を送っている人をメインターゲットとし、「幸福」に焦点が当てられ、
- 幸福とはどんな状態か
- 幸福になることでどんな効果が生み出されるか
- 幸福になるにはどうすればいいか
ということが研究されています(「幸福学」という言葉を使われている研究者の方もいます)。
ここまで聞かれて、
「幸福の研究なんて大それたこと、私には関係なさそう」
「興味はなくないけれど、難しそう」
「“ポジティブ”とっていうと、何だから怪しそう」など、
あまりいい印象を抱かなかった方もおられるでしょう。
しかし決して難しいことはなく、日常で実践しやすいことばかりです。実践すれば、気持ちが前向きになり、身近な人との良好なやり取りもでき、悲しい出来事からも立ち直りやすくなるのです。
ポジティブ心理学に関する適切な知識と、日常で生かしやすい実践法をご紹介していきます。
「ネガティブは絶対NG!」は誤り?ポジティブ心理学とポジティブ・シンキングの違い
ポジティブ心理学というと、「ポジティブ」という言葉が一人歩きし、
「悲観的に考えてはダメ!」
「マイナス思考は絶対NG!」
「ネガティブな感情は全部追い出せ!」
というイメージが先行しているかと思います。怪しげな自己啓発を連想する方もいるかもしれません。
しかしそのイメージはポジティブ心理学ではなく、「ポジティブ・シンキング」だと思います。
ポジティブ・シンキングとポジティブ心理学の違いについて、慶應大学院教授の前野隆司さんはこう言われています。
誤解されることが多いのですが、ポジティブ・シンキングとポジティブ心理学はまったく別のものです。
ポジティブ・シンキングとは、ネガティブは排除してとにかく明るく前向きになろうというもの。
「悲しい顔なんかしていないで、無理やり笑ってポジティブになろう!」という、やや行き過ぎの前向き思考です。
一方でポジティブ心理学は、ポジティブもネガティブも両方認めようというもの。
(『実践 ポジティブ心理学』前野隆司著 より引用)
ポジティブ・シンキングは、悲しみや怒りなどのネガティブな感情を認めず、抑え込もうとするきらいがありますが、いくら抑え込もうとしても消し去ることはできません。
悲しい出来事を無理に忘れようとしても、つい思い返してまた悲しくなったり、
ムカムカしたことを消し去ろうとしても、余計に意識してしまって怒りが収まらなかったりした経験はあると思います。
押さえつけようとするほど、悪く作用してしまうのです。
ただ、だからといってネガティブな感情を放っておけばいいのでもありません。それではやがてネガティブな感情に飲み込まれてしまいます。
ポジティブ心理学では、まずネガティブな感情があることを認めること、そのうえでポジティブとネガティブのバランスを保つことが大切だといわれています。
ポジティブ感情とネガティブ感情の“最適の比率”とは?
では、ポジティブとネガティブの最適のバランスとは、具体的にどんなものなのでしょうか?
これについて、ノースカロライナ大学の心理学教授であるバーバラ・フレドリクソンさんの研究がよく知られています。
フレドリクソン教授はポジティブ感情(P)とネガティブ感情(N)の比率が3:1であれば、人生のあらゆる面が好転していくことを発見されたのです(P/N=3以上が望ましいとされています)。
ここで注目したいのは、3:0ではないことです。
そもそもネガティブな感情を0にすることはできないですね。生きていれば悲しみや怒り、嫉妬を引き起こす事態を避けることはできません。
それではネガティブな感情は邪魔でしかないものかというと、そうではありません。行き過ぎたポジティブ思考にブレーキをかけ、リスク管理をしてくれる役割がネガティブ感情にはあります。
また、不幸感があるからこそ、もっと幸せになりたいという気持ちになり、行動の原動力にもなり得るのです。
ポジティブ心理学者のショーン・エイカーさんは、ネガティブ感情をワクチンに例えています。
ワクチン接種し、あえてウィルスを体内に入れることで免疫ができて身体が守られるように、ネガティブ感情が脅威から身を守ってくれるのですね。
ネガティブ感情で危険から身を守りつつ、それ以上にポジティブな感情が高まることで、頭もよく働き、精神的にも豊かになり、相手を思いやる気持ちも大きくなって、仕事や家庭生活がより充実していきます。
3:1のバランスを保つことで、ポジティブとネガティブ、両方の恩恵を受けられるのですね。
驚くべき感情の“伝染力”
ポジティブにしろネガティブにしろ、感情には“伝染力”があるともいわれています。
心理学研究によると、私たちは、周りの人のネガティブ感情、ストレス、無気力などを、受動喫煙のように取り込んでしまうことがわかっているそうです。
また、「職場における不安のほぼ 90%は、わずか5%の、エネルギーを吸い取る人々が生み出している」とする研究結果もあります。
チームや家族のなかで一人でも過度にストレスにさいなまれたり、不満を露わにしたりする人がいると、全体の雰囲気は確実に悪化の一途をたどってしまうのですね。
タバコの副流煙は嫌って、注意を払う人も、ネガティブ感情の副流煙には無防備で、知らず識らずのうちに被害を受けている人も多いのではないでしょうか。
しかしこれとは反対に、ポジティブ感情も周りに好影響を与えます。
精神面での健康や幸福と他者とのつながりに関する研究によれば、「ある人が今より幸せになれば、半径1・5キロ以内にいる友だちもまた、63%以上の確率で今より幸せになるという」という、にわかに信じがたいことも明らかになっているそうです。
ネガティブの受動喫煙に巻き込まれ、余計な悩みや苦しみを感じている人もいれば、自らポジティブ感情を発信して、周りを幸せにし、感謝や喜びの輪を作りしている人もいるのですね。
では、どうすればネガティブ感情の悪影響を防ぎ、個人のポジティブとネガティブのバランスを上手に保つことができるのでしょうか。
ネガティブの受動喫煙から身を守るためにはどうすればいいのかでしょうか。
すぐに実行可能な、具体的な方法については今後、ご紹介していきます。
具体的な方法は今後のご紹介になりますが、まずはポジティブ感情・ネガティブ感情ともに他に影響を与え、他からも影響を受けていることを意識するだけでも、言動が良い方向へと変化していくでしょう。
まとめ
- 「ポジティブ心理学」は比較的新しい分野の心理学で、「幸福」について研究されています。日常で実践もしやすく、実践すれば気持ちが前向きになり、仕事もはかどり、良好な関係構築にも役立ちます
- ポジティブ心理学は、「ネガティブな絶対NG、常にポジティブでなければならない」という行き過ぎた前向き思考ではなく、ネガティブな感情を認め、その上でネガティブとポジティブのバランスを保とうとするものです
- ポジティブ感情とネガティブ感情の最適の比率は3:1とされています。ネガティブ感情にもリスク管理や行動の原動力としての役割があります。それ以上にポジティブ感情を高めることで、両方の恩恵が受けられます
- ポジティブにしろネガティブにしろ、感情には伝染力があります。ネガティブ感情の悪影響を防ぎ、ポジティブ感情を高めて周囲によい影響を与えることが望ましいのです
【参考文献】
『実践 ポジティブ心理学』(前野隆司著 PHP新書)
『ビッグ・ポテンシャル』(ショーン・エイカー著 徳間書店)