通常の生活を送っている人がいかに幸せになり、その結果として仕事もうまくいき、人間関係が豊かになり、より幸福な生活を送ることができるのか。
それについて研究されている新しい心理学が「ポジティブ心理学」です。
ポジティブ心理学と聞くと、
「なんだか怪しそう」
「ずっとポジティブな気持ちでいるなんて、私にはとても無理そう」
などの思いを持たれるかもしれません。
しかしポジティブ心理学で勧められているのは「ネガティブな絶対ダメ。常に前向きな気持ちでいないといけない」というような実現不可能な、怪しいものではありません。
重要なのは、ネガティブな感情を認めたうえでポジティブな感情とネガティブな感情のバランスとを保つことです。
最適なバランスに近づけば、仕事でも高いパフォーマンスを発揮でき、コミュニケーションも実り多いものになります。
さらにネガティブな感情が、高すぎると周りをネガティブな雰囲気にさせてしまいますが、バランスが取れていることで周囲の人を幸せな気持ちにすることもできます。
幸福な状態がもたらす恩恵とはもっと具体的にどのようなものか、
また個人のポジティブとネガティブのバランスを上手に保つための具体的な方法とは何かをご紹介していきます。
ポジティブ心理学の誤解に関する、前回の記事はこちら
ポジティブな感情がもたらす恩恵-学習効果や記憶力が向上し、健康状態も改善する
ポジティブとネガティブなバランスが取れていて、生活に喜びや安らぎ、自信を感じている状態は、さまざまメリットが生み出されます(ポジティブ心理学者のショーン・エイカー氏は、この効果を幸福優位性-ハピネス・アドバンテージ-と呼んでいます)。
たとえば幸福感は、健康状態を改善しうることがわかっています。
実験協力者の幸福度を測り、それから全員に風邪のウイルスを注射して、その後の経過を観察するという実験が行われました。
1週間後、調査のスタート時点で幸福度が高かった人たちは、低かった人たちに比べ、ウイルスするに打ち勝つ確率がはるかに高かったそうです。
ウイルスに打ち勝ったかの判断は、自己申告によるだけでなく、実際に医師が診察し、風邪の客観的症状は現れていなかった、というものでした。
診断を下す前にポジティブな気分になった医師は、普通の気分の医師に比べ、19%も短い時間で、しかも正確な診断をすることができることや、
数学の共通テストの前に、これまでで最も楽しかったことを考えるように促された生徒たちは、それをしなかった生徒たちに比べ、はるかによい成績を取ったことも明らかになっています。
ポジティブ感情には、視野を広げたり、記憶力を良くしたり、独創性を高めたりするなど、勉強や仕事に対しての能力を向上させる作用があるのですね。
では、これら幸福優位性の恩恵を受けるには、どうすればいいのでしょうか?
悲観的な人であっても、誰でもみな、その気になって適切な方法を実践すれば、ポジティブ感情を生じさせて、一日の幸福度を上げることができるのです。
それが習慣化すれば、「幸福のベースライン(平均的な幸福度)」を永続的に上げることさえ可能ともいわれています。
先に紹介した心理学者のショーン・エイカー氏が効果実証済みといわれる方法の中で、とくに実践しやすい4つのものをご紹介します。
「幸福のベースライン」を上げる4つの方法
①瞑想する
メディテーション(瞑想)は、研究によって最も効果の高い「幸福介入」の1つであることをわかっており、瞑想後は安らかで満ち足りた気分を覚え、知覚と共感が高まるといわれています。
ただ瞑想と聞くと、喧騒から離れた静寂な場所に行き、何時間も取り組まなければ効果がないと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
毎日5分間だけ、呼吸に意識を集中するといい、と勧められています。
呼吸に意識を向け、ほかのことを考えないようにする。思考が迷い出したら、抑えつけようとせず、ただゆっくりと呼吸に意識を戻すようにしていきましょう。
定期的に行えば、脳の配線が永久的に変化して幸福度が高まり、ストレスが減り、免疫機能さえも改善されるという調査結果も出ているそうです。
②何かを楽しみにする
ある研究では、お気に入りの映画を見ることを想像しただけで、脳内のエンドルフィンのレベルが27%上がったそうです。
楽しみにしていることを期待するだけで、実際にそれをするときと同じくらいに、脳の快楽中枢が活性化するといわれています。
気持ちが晴れないときは、楽しみな予定が書かれたカレンダーを見て、その予定のことを思い出してみましょう。
③“意識して”人に親切にする
友人に対してでも、見知らぬ人に対してでも、利他的な行為をするとストレスが軽減され、精神の健康度が高まるということが、たくさんの実証的研究によって確認されています。
「情けは人の為ならず、巡り巡って己が為」といわれますが、2000人以上を対象にした大がかりな研究も含め、多くの心理学研究によってそれが明らかになっているのですね。
親切が心理学的に有効であるためには、“意識的にやらなければならない”とエイカー氏は勧められています。
漠然と過ごすのではなく、
「今日はとくに笑顔での挨拶を心がけて、職場の人に喜んでもらおう」
「今日一日、5つの親切を実行してみよう」
というように意識するほうが効果が得られやすいのですね。
また、とくにたいそうな行為である必要もないといわれています。気持ちのよい挨拶、感謝をつづった1通のメール、気遣い言葉がけなど、ちょっとした親切でも相手と自分にポジティブな感情がもたらされます。
④ポジティブな感情が生じやすい環境をつくる
私たちを取りまく物理的な環境は幸福感や心の持ちように大きく影響する、といわれています。
ポジティブな感情が生じやすい環境づくりや環境選び(また、過剰なネガティブ感情が起きないような環境への工夫)も、幸福のベースラインを高める大切な要素ですね。
ポジティブな感情を上げる環境づくり・環境選びの例としては、デスクに家族の写真を置く、天気の良い日には外に出ることがすすめられています。
ネガティブな感情が起きないための環境づくりの工夫としては「メディア・ダイエット」の効果が紹介されていました。
ネガティブな内容、とくに暴力的な内容のテレビを見ないようにすると、幸福度が高まるという研究結果があるといわれています。テレビやインターネットの悲劇的なニュースは、知らずしらずのうちに私たちの感情にマイナスな影響を与えているのですね。
「その情報は、自分の行動にプラスの変化を与えるかどうか」を基準に、情報を選択して受け取ることをおすすめします。
以上の行動は特に実践しやすいと思われるものですが、何をするかと同等に大事なのが「個人的な好みに合っているかどうか」といわれています。
いまいちピンとこなかったものは無理にされる必要はなく、これ以外に自分に合う「幸福感を得られる行動」(たとえば、好きな音楽を聞く、友人とおしゃべりをする、運動する、犬をなでる、身の回りの掃除をするなど)があれば、幸福優位性の恩恵を得ることができます。
自分に合う方法を探して、試してみて、習慣化へとつなげてください。
まとめ
- 幸福について研究している「ポジティブ心理学」では、ネガティブ感情とポジティブ感情のバランスを保つことが求められています。最適なバランスを取ることで、仕事もうまくいき、人間関係も実りのあるものになり得ます
- ポジティブ感情には、健康状態や記憶力を良くしたり、視野を広げたりするなど、さまざまなプラスの作用があります(これを幸福優位性といわれています)。その幸福優位性の恩恵を受けるには、幸福のベースラインを上げることです
- 「幸福のベースライン」を上げる4つの方法が、以下のものです
- 瞑想する(毎日5分間だけ、呼吸に意識を集中するだけでも効果があります)
- 何かを楽しみにする(楽しみな予定をカレンダーに書いて、気分が乗らないときはそれを見てみましょう)
- “意識して”人に親切にする(「いつ、誰に、何を」を意識して親切をしてみましょう)
- ポジティブな感情が生じやすい環境をつくる(ネガティブな情報の取り込み過ぎにも注意しましょう)
【参考文献】
『幸福優位 7つの法則』(ショーン・エイカー著 徳間書店)