前回までのあらすじ
第1話「貧しい国」とは、貧乏人が集まる国ではなく、どんなに悪いことをしても金さえあれば許される、無法の国だった。
騙し合い奪い合い、まさに「心の貧しい人たち」が住まう国では、頑張っても幸せになれず、正直者はバカを見るだけなのか。
「奪うから奪われる、なら与えてみな」
荒んだ常識を覆す哲理に、ひたすら立ち続けるソラ。
「貧しい国」は私たちの周りにも常に出現する。世界が最後、微笑むのは誰か?
第2話 科学の国編
「なんだか暗くて不気味な森だね」
知子がポツリと呟いた。
ここは『貧しい国』の先、次の国へ向かう峠道だ。
石畳の街道こそ整備されているが、山なりに曲がりくねっており、高い木々が陽を遮っている。
うっそうとした不気味な雰囲気の暗い道だ。
「そういや、故郷の峠には昔話があるんだ。峠で死者の魂と会った旅人がいたらしい」
「魂? 幽霊?」
知子は幽霊のたぐいは苦手だ。
それを察したのか、ソラは「怪談じゃないよ」と苦笑する。
「アタシの国じゃ、人は体の役割を終えると、次の体に向かうと言われてるのさ。古くなった服を着替えるみたいにね」
生まれ変わりや、転生とかいわれるモノだろうか。知子は曖昧に「ふうん」と頷いた。
「犯した悪の報いは今受けずとも、肉体を乗り替えた先で受けることになる」
「……それが『よく生きる』理由なの?」
貧しい国でのやり取りを思いだし、知子は首をかしげた。
「そうだね。だから死んだら自分はいなくなるのだから、生きている間にどれだけ悪いことをやってもいいってのは間違いなんだ」
この話を聞いて、知子は『うさんくさい』と感じていた。
それが本当なら、知子の母は生まれる前の行動で罪の報いを受けたのか。
そんな馬鹿げた話に納得なんてできるはずがない。
不満が顔に出ていたのだろうか、ソラは軽く「はは、いいさ」と笑う。
「結局はなにを信じるかってことさ。アンタの国じゃ、人は死んだらどうなるって教わるんだい?」
知子はこの言葉に少し戸惑った。考えてみたら学校でそんな授業は聞いた覚えがない。
「うーん、いいことしたら天国にいったり―」
「死者の国か。それもいいね」
そんな話をしているうちに峠を登りきり、一気に視界が開けた。
「……うわあ、すごい」
思わず知子の口からため息が漏れる。
眼下に広がるのは大都会。
鉛筆のような高い塔が何本もそびえ、碁盤の目のような道路に無数の車が走る。空にはなにやら人工物のようなものまで浮かんでいた。
見るもの全てが貧しい国とは大違いだ。
「科学の国さ」
ソラは「早く行くよ」と、驚きで呆けていた知子に声をかけた。
◆◆◆◆◆◆◆
町に入ると、さらに驚きの連続だ。
運転手のいない車(?)やタイヤのないバイク(?)が走り、不思議な草刈り機(?)が自動で街路樹の剪定をしている。草刈り機の後ろで枝や葉を吸い込んでいるのは自動で動く掃除機だろうか。
(すごい、まるで未来にきたみたい)
知子は国に入ってなんど驚いたのかわからない。この国は不思議なモノで満ちあふれている。
そして、驚く知子には構わず、ソラは不思議な形のディスプレイとにらめっこしていた。
「ソラ、それなに?」
「ああ……これは公共の端末だね。バスの時間を調べてるのさ。せっかくだから、この国らしい場所を見学しよう。あのバスに乗るよ」
ソラは一番高い塔を示し、運転手のいない小さなバスに乗り込んだ。
信号のない道は不思議と渋滞もなく、バスはスムーズに運行する。
「ねえ、今から向かうところは何があるの?」
「うん? あそこは科学の国自慢の塔でね、最新の実験が誰でもみられるのさ。情報公開を徹底したことで、この国の科学力は飛躍的に進歩したんだよ」
たしかにすごいことなのだろう。知子は愛想よく「そうなんだ、楽しみだね」と応じるが、実は気乗り薄である。
(科学の実験かー、興味ないかも……)
知子に限らず、多くの女子中学生は科学に興味が薄い。
愛想笑いを浮かべているとバスが停車し、若くインテリ風の2人組の男性が乗車してきた。なにやら熱心に語り合っており、声が大きい。
「エルクス、なんども言わせるなよ。人間の精神は脳内物質の化学反応とニューロンを流れる電気信号だ。我々はそれ全てのパターンを解析したんだ!」
「ジーター、そうは言うがな。どうやっても説明できない部分があるんだよ! 人の精神には……その、魂としか言いようのない―」
また魂だ。知子は首をかしげた。
ちらりと視線を向けると、ソラは興味深そうに2人の会話に耳を傾けている。この世界の人たちは魂の話題が好きらしい。
「お前の考えは非科学的そのものだ。証明のできないことを主張してプロジェクトを妨害しようとしているとしか思えないぞ。それに―」
ジーターと呼ばれた男は低い声で「スポンサーであるカレス氏に逆らうな」とたしなめた。
(カレス?聞いたことあるような……)
知子は首をかしげるが、いまいち思い出せない。
「俺たちのスポンサーはカレス氏だ。彼がいるからプロジェクトはここまで来たんだぞ。それが完成するのに何の不満があるんだ」
「しかし、今のままでは不完全だ。まだ実用化には―」
エルクスと呼ばれた男がなおも食い下がるが、タイミングよくバスが停車した。
「この話はここまでだ。実験まで時間がある。先週できた店でランチでもどうだ?」
「……そうだな、僕も少し冷静さを欠いていたようだ」
勢いよく降りていく2人に続き、ソラが「降りるよ」と知子に声をかけた。
「……なんか、すごかったね。なんの話なのかよくわからなかったけど」
知子は曖昧に笑うが、ソラは「うーん」と難しい顔をしている。
「今日の午後だし、コレじゃないのかい?」
ソラが親指で示すポスターには『人格のバックアップ』『肉体からの解放』などと書かれている。
かなり派手に宣伝しているようで、ポスターのそばにはチラシも置いてある。
「せっかくだし、あの兄さんたちの実験を見ていくか。この国のすごい所は、実験をそのまま公開することだね。こうした実験の積み重ねが科学を発展させたのさ」
ソラはチラシを1枚取り、「やっぱり名前があるね」と頷いた。
知子も確認すると、記載された研究者の中にエルクスとジーターの名前はたしかにある。
「よし、時間もあるし、アタシたちもランチでもして時間をつぶそう。この国では料理を全部機械が作る店もあるんだ」
「え? それちょっと怖いかも」
ソラはひるむ知子を見て笑いながら「こっちの店だね」とレストランに入っていく。
出てきた料理は可もなく不可もなく、無難な美味しさのあるハンバーグだった。
◆◆◆◆◆◆◆
食後に少し街を見て歩き、ほどよい時間となった。
タワーに戻ると、実験の見学に来た大勢が整理券をもらっているようだ。
(すごい、科学の実験なんかそんなに見たいの?)
知子には信じられないが、科学の国は国民が総じてテクノロジーに高い興味を持つ。これは文化としかいいようがない。
「すごいね、アイドルのコンサートみたいかも」
「へえ、トモの国にも似たような催しがあるのかい?」
雑談をしながら列に並ぶと、エレベーターを使い高い階のホールに通された。
見たこともないような大きなモニターがついたホールは、映画館にも似ているが、規模はけた違いだ。
「すごい数だね……まだ増えてるみたい」
2人は座席を確保できたが、この大きなホールで立ち見の者もいるようだ。注目されている実験なのだろう。
ほどなくして部屋が暗くなり、モニターに映像が映し出された。
そこには『人類の新たな進化』と書かれている。
『人は生身の肉体があるからこそ苦しんできました。老化、さまざまな疾患、思わぬ怪我……この事業はその苦しみから人類を救うことになるでしょう』
バスに乗っていた男性……たしかジーターと呼ばれていた男性だ。
科学者っぽい白衣を着て、モニター越しに実験の解説をしている。
『我々は脳の電波信号や、分泌物の反応を完全に解析しました! 今回の実験では人格の完全なる保存、複製に挑みます! 肉体とは別に人格を保存することで人類は永遠の命を得、新たな進化を遂げるのです!!』
ここで画面が切り替わり、イメージ画像が流れる。
映像の中では母を亡くした少女が、嬉しげな表情で母の人格を移したロボットに手を引かれていた。
(科学の国に来ていたら、お母さんも……)
知子はつい映像と自らを重ねて涙ぐんでしまった。
次は「体がいくつも欲しい」と嘆くビジネスマンが、自分の人格をコピーしたロボットと共に働く姿が映し出される。
「どんどんコピーしていく人格……なにが本物なんだろうね?」
ポツリとソラが呟いた。
「複製のトモは、オリジナルのトモに奴隷として扱われるのをよしとするだろうか?」
知子は大勢の自分が言い争っている姿を想像し、「たしかに」と頷いた。
自分がコピーだとしたら、他の自分と仲良くできる自信がない。
また画面が切り替わり、ライブ中継となったようだ。
被験者となる6人の男女が薬品のようなものを飲み、1人が不思議な椅子に腰かけた。
薬品の説明や装置の解説などは知子には理解できなかったが、人体への悪影響は極めて少なく、動物実験には成功したらしい。
『リラックスしてください、気分が悪くなったら装置を無理やり外すのではなく、手を上げて知らせてください』
エルクスが丁寧に説明し、装置とコードで繋がっているヘルメットを被験者に被せる。
『実験開始』
ジーターが装置を起動させた。観衆も固唾を飲んで見守っている。
そして、待つこと数分――映像に変化はない。観衆が少しざわめきだした。
『ダメだ、装置には半端な情報しかない。コレではとても―』
『しかたない、次の被験者で試してみよう』
エルクスが被験者のヘルメットを外したが様子がおかしい。何も反応しないのだ。
被験者はうつろな表情で鼻水やヨダレを垂れ流し、失禁までしている。
「おいおい、大丈夫か?」
「あれヤバイぞ」
観衆が実験のトラブルにざわつきだした。
『次の被験者を―』
『だめだ! これは人体実験なんだ、危険があれば即座に中止すべきだ!』
ジーターとエルクスが口論を始め、他の被験者たちが『冗談ではない』と逃げだした。
『待ってくれ、失敗にしてもサンプル数が―』
『いい加減にするんだ! 実験は中止だ! 人の精神にはまだ解明出来てない部分が、魂というべきものがあったんだよ!』
とうとう2人は装置の前で争いだした。
さらに会場は動揺し、引き上げる者やヤジを飛ばす者で騒ぎになっている。
「見ちゃいられないね。行くよ、トモ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
◆◆◆◆◆◆◆
ソラは騒ぎのなかをスルスルと進み、知子はついていくのに必死だ。
「エレベーターはダメだね、階段で行くよ! 57階か、そんなに離れてない」
「……もうっ、勝手すぎるよ!」
不満を口にするが、知子はソラの行動がそれほど嫌ではない。
彼女にはクラスの女子みたいな『空気を読んで』『みんなで同じことを』のような気兼ねが全くない。
それは知子にとって、新鮮で気持ちのよいものだった。
(それにしても、なんて早い足!)
ソラは階段を飛ぶように四段飛ばしでかけ上がっていく。
陸上では中距離の選手だった知子がまるで追いつけない。
目的地にたどり着いたときには、知子は肩で息をしていた。
「そこの人、ここを開けてくれ!」
目の前のドアの内側から複数の声が聞こえる。
ドアが施錠されているようで、かなり取り乱しているようだ。
「さっきの被験者たちだね。ドアを開けるから待ってな」
言うが早いかソラは腰の剣を抜き、カードキーの読み込み部を柄で殴りつける。
バギンとすごい音がし、機械は壊れてしまったようだ。
「ちょっとソラ!」
「大丈夫、このタイプのドアは災害対策で閉じ込め防止機能がある。強い衝撃で開くのさ―このとおり」
ソラの言葉が終わるのを待たず、ドアは滑らかにスライドし、中から慌てた様子の被験者たちが飛び出した。
「さて、問題は……あっちさ」
部屋の奥からは激しさを増した口論が聞こえる。
「ジーター! 目を覚ませ! 仮に脳の電気信号を装置に移せたとしても解明出来てない部分……魂はどうなるんだ!」
「またその話か! 何度も言わせるな、科学で説明できないオカルトになんの価値がある!」
2人の口論は平行線のようだ。ソラは彼らの会話に耳を傾けながら、ゆっくりと歩む。
「肉体からの解放だと言ってられるのも、冷静でいられる間だけだ! いざ肉体が危険だとわかれば、被験者は逃げてただろう!? 精神と肉体は不可分ではないのか!?」
「そんな議論はいま必要ない!」
ソラは掴み合いになりそうな2人の間にスルリと割り込み「そこまで」と引き離した。
「なんだお前は! 実験中だぞ!」
「よく言うよ、もう実験なんてありゃしないじゃないか。私はソラという通りすがりさ、ジーターさん」
激昂するジーターを落ち着かせるように、ソラはゆっくりとした口調で語りかける。
「エルクスさん、まずは被験者を―」
「あ、ああ。その通りだ」
口論の間、気を失った被験者は放置されていた。
それに気づいたエルクスはあわてて駆け寄り、処置を始める。
「なあ、ジーターさん。科学には偶然ってのはあるのかい?」
ソラがジーターに問いかけた。
少し唐突だがソラらしい、と知子は苦笑するしかない。
「は? いまそんなこと何の関係があるんだ!?」
「科学者としてのジーターさんの考えを聞きたいのさ。偶然はあると思うかい?」
ソラの口調は穏やかではあるが、長身の彼女がじっと見つめる姿には迫力がある。
ジーターはしぶしぶ、といった風情で「ない」と答えた。
「科学とは偶然と思われる事象の必然性を確かめていく作業だろう。偶然とは認知の欠陥に過ぎないと考えられる」
「そうだね。なら、ジーターさんがその体でいるのも男で産まれたのも、この国で生きてきたことも、偶然ではなく何か理由があるんじゃないのかい? その体でいることは偶然かい? 仮に必然ならば機械に移すことに問題はないのかい?」
矢継ぎ早のソラの言葉に、ジーターは「む」と小さくうめいた。
その表情には先ほどまでにはない動揺の色がある。
「そもそも、精神、魂、命、いろいろな呼び方はあるにせよ、それはいつ始まったんだろう? 受精したときか? 胚が誕生したときか? 受精後14日後の胚が分裂しなくなったときか? そもそも無から有が生じることがあるのか?」
「……それは、まだ解明できていない。議論の余地がある」
言葉を詰まらせるジーターに、エルクスが「被験者は大丈夫だ」と声をかけた。
「被験者の意識は戻らないが、脈や呼吸も安定しショック症状もない。とりあえず大丈夫だ」
この言葉にソラもジーターもほっとした表情を見せた。
エルクスはそのまま議論をしていた2人に向き合い、「科学に偶然はない」と断言した。
「あの装置に移せるのは、気信号と分泌物への反応だけだ。『魂』は考慮されていない。我々の理論は不完全だったんだよ、ジーター」
ジーターは何も言えなくなり黙り込んだ。
実験は失敗した。その事実が彼を追い込んでいるように知子には感じられた。
「人には魂がある。たとえ脳の電気信号が正確に再現できても、それだけじゃ不完全さ」
このソラの言葉を聞き、たまらず知子は「でも!」と声を張り上げた。
「私はジーターさんのしたことが間違いだとは思いません! あの映像……お母さんと会えた子どもの話―」
知子は自分で自分が何を言いたいのかわからない。
早口で要領を得ない言葉になっているのが自分でもわかる。
しかし、なにか強い衝動に突き動かされていた。
何かを伝えなければならない、そう心が命じるのだ。
「あれがあったら、お母さんの時にあれがあったら……! だから、研究をやめないでください!」
言い切ったのち、数分。
沈黙が研究室を支配した。
(ああ、やっちゃった……空気を読まなかったから)
なぜ自分は衝動に駆られてあんなことをしたんだろう。そう知子が後悔を始めたころに、ソラが「これはやめられないね」と微笑んだ。
「当たり前だ。新たな研究の余地が生まれたんだ。またやりなおしだ―だが、エルクス、ソラさん、本当に存在するのならば俺は魂とやらも解明するさ。それが科学なんだ」
力強く知子を見つめ直したジーターの目には光がある。ソラがポンと、知子の肩に手を置いた。
これは余談だが、この様子はホールで中継されていたらしい。
一階に降りた時、観衆から「お嬢さんも苦労をしたんだね」「あの言葉はよかったよ」などと声をかけられて、知子はいたたまれない気持ちになった。
挙げ句の果てには、新聞記者を名乗る女性からインタビューをさせてくれと言われる始末だ。
(ああ、なんであんなことやっちゃったんだろう……!)
これを見たソラは大笑いをし、「明日の新聞が楽しみだ」と喜んでいた。
◆◆◆◆◆◆◆
翌朝、旅に出る知子とソラを、エルクスとジーターが見送ってくれた。
「もう行くのか。まだ魂についての考察を議論したかったのだが」
エルクスが名残を惜しみ、ソラに言葉をかける。
「……じゃあな、また来いよ。次までには新たな成果を見せてやるさ」
ジーターは照れ臭そうにボソボソと別れを告げる。研究以外ではシャイなところがあるらしい。
「ああ、楽しみにしてるよ。トモ、行こうか次の国へ。これ以上長居したら新聞を読んじまうからね」
知子は「もう」とふくれ、それを見たソラが笑う。
(でも、なんであんなことが言えたんだろう)
あの一言は、いままでの知子からは考えられないような、ストレートな気持ちだった。
結局、知子には科学や魂のことは今一つ理解できないままだ。
でも、それでいいのだと思う。
変にわかったふりをして、自分を誤魔化すよりはずっといい。
「自分で考える、それが大切」
ソラの言葉を反復し、知子は一歩、踏み出した。
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