弁護士に聞く終活のススメ #4

  1. 人生
  2. 法律

後継者に引き継ぐのはなぜ難しい?家康に学ぶ失敗しない世代交代のカギ

会社の世代交代に失敗するのはなぜ?

前回から、後継者の育成について書いています。


終活で特に大事なことは、自分にもしものことがあっても困らないように、しっかりとした後継者を育成することでしょう。
誰もが、自分の信頼できる後継者を育成し、自分の築いたものを引き継ぎたい。それによって自分も安心して残りの人生を送りたい、と思っているのではないでしょうか。

ところが現実はどうでしょう。
とかく、偉い人の2代目には、さまざまな問題を起こす人が少なくありません。
凡庸な結果しか出せない2代目もよく聞きます。

今回も引き続き、会社の世代交代の問題を考えていきます。

いつまでもトップにはいられない…「諸行無常」の現実

世界の歴史を見ても、永遠に続く権力者はいませんでした。
長い歴史のある中国でも、西洋でも、その他世界各国の古代帝国や古代文明も、いつまでも続いた試しはありません。

兵馬俑の遺跡で有名な秦の始皇帝にしても、世界最大かつ最強を誇ったモンゴルのチンギスハンにしても、栄耀栄華はわずかな間でした。
これを、『平家物語』の冒頭では、「諸行無常」「盛者必衰」と言われています。

それが世の常ですから、誰しもいずれは後継者に譲らなければならないのです。

世代交代に失敗した会社―実際の事例から

私の知人で、こんな人がありました。
ある会社(P社とします)の社長Q雄さんです。

彼は昭和一桁生まれで、日本の高度成長時代に先代から会社を引き継ぎ、事業を拡大。
建築業や土木業、そしてギフト商品販売店経営にも業種を広げ、地元の有力者として、親族からも地域住民からも一目置かれる存在になりました。
そうして複数の会社の代表者として躍動しているうちに、年齢は60才を過ぎていました。

この社長には2人の息子がおり、いずれもQ雄さんの会社に入って働いていたのです。
しかし、息子たちに地位を譲れないまま、Q雄さんは脳梗塞で倒れ、入院。
重篤ではなかったものの、右手と右足に若干の麻痺が残り、ろれつが十分には回らない後遺症が残りました。

権利を後継者に引き継ぐのは難しい

麻痺が残っている訳ですし、Q雄さんの年齢などからして、社長を若い人に譲るのに丁度よい機会だったと言えるでしょう。
ところがその後も、Q雄さんは社長の地位にとどまり続け、経営の決定権を手放せませんでした。
社員も家族も、Q雄さんが断固として決めたことには異論を挟むことができず、反対意見を述べる人に対して、Q雄さんは厳しく接していたのです。

そうこうしているうちに、Q雄さんの会社は技術革新やIT化などの時代の流れから徐々に取り残され、業績は悪化していきました。
やがて、Q雄さんのグループ企業は行き詰まり、返済資金に事欠くようになって、倒産。
そのため、Q雄さんだけでなく、会社の連帯保証人となっていた長男と次男及びその各配偶者まで、破産することになってしまったのです。
Q雄さんは75才になっていました。

グループ会社の常務をしていた次男に聞いたところ、病気になる前のQ雄さんは、実行力があり、尊敬できるお父さんだったそうです。
病気で倒れた後も、その前の印象がずっと残っていたので、息子からは社長交代の提案をすることもできませんでした。
社長からもそういう話がなされなかったため、世代交代できなかった、とのことでした。

会社の世代交代に失敗する理由

世代交代に失敗する大きな理由の一つは、一度得た社長の最高権力者の地位を明け渡すことは、苦痛を伴うことです。
これは、私たちの心を分析してみれば分かります。

仏教の言葉で言えば、人間の心は、欲と怒りの煩悩の塊だからです。
欲というのは、お金や物や権力などが欲しい、手放したくない、心です。
会社の社長とは、まさにこの欲が満たされる地位にほかなりません。

社長とは、会社法で言えば、代表取締役です。
会社は、取締役会という役員会により動かすことになっています。
その役員会のトップが代表取締役です。

取締役には、役員報酬が支給され、当然、代表取締役に対する役員報酬が一番高額になります。
社長を辞めることは、その役員報酬がなくなる、ということです。

社長にしかわからない…後継者へ譲るときの苦しみ

また、代表取締役には会社の決定権がありますから、社長を辞めると、それが無くなります。
その結果、決定権があるからこそ従っていた社員(従業員)が、自分から離れていくでしょう。

つまり一般の従業員から見ると、社長だから用があったのであって、社長でなくなれば用が無くなってしまうのです。
こうして、社長を降りると、お金も人も離れていくことになります。

これは大変な苦しみです。これを、愛別離苦(あいべつりく)と言います。
愛している人や物(お金を含む)が自分から離れて行くのは苦しいものだ、ということです(「愛」する人や物と「別離」する「苦」しみ)。

逆に言えば、社長の地位を後輩に譲る時には、「愛別離苦」という苦しみを受けなければならないのです。
これが嫌だから、社長の地位を譲らない例が山ほど生じる訳です。

失敗しない世代交代の秘訣を家康に学ぶ

これを踏まえて、日本の歴史上、後継者の養成に最も成功した徳川家康の言葉に耳を傾けてみましょう。
前回もご紹介したように、家康は徳川300年の礎を築き、生存中に隠居して権力を2代目秀忠に譲り、平穏な形で生涯を閉じております。

その家康の遺訓が「不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え」です。
この世は、そもそも自分の思い通りにならないところ。
だから「思い通りにならなくても、それで腹を立てるのではなく、我慢することが無事長久の基ですよ」と家康は徳川家の子孫に言い聞かせているのです。

社長としての権力や報酬を捨てるのは辛いことです。
後継者にトップの座を譲ることは、正に、権力や報酬を失う苦しみを甘受する、ということでしょう。

でも、過去の辛かった時のことを思い出せば、その程度の堪忍はできるはず。
堪え忍ぶこと、これが後継者を育てる要諦である、と家康は指摘しているのです。

世代交代の問題が持ち上がった時には、ぜひ思い出していただきたい言葉です。

これまでの連載はコチラ