「ポジティブ心理学」という言葉を聞かれたことはあるでしょうか。
ポジティブ心理学は、比較的新しい心理学です。
ポジティブ心理学では、どうすればいまより幸せになれるかを教え、それによって持ちうる能力が十分に発揮されて、仕事や人間関係がうまくいき、より幸福な生活を送ることを目的とされています。
「ポジティブ」というと、「ネガティブな気持ちになってはダメ。常に明るく前向きな気持ちでいなければならない」というイメージを持たれるかもしれませんが、それは実は誤った認識です。
ネガティブな感情やストレス、悲観的な思考は悪いことばかりではなく、役に立つこともあります。
それらを抑え込んだり、見ないようにしたりするのではなく、「ネガティブな感情やストレスも役立つものだ」と受け止め、上手にコントロールして、そのプラスの面を引き出すのが重要なのですね。
ポジティブな感情を多く生み出し、ネガティブな気持ちが過剰にならないように調整し、物事に最適な状態で望むことを実現してくれるのがポジティブ心理学なのです。
前回は、「過剰なネガティブ感情に抑え、コントロールする方法」についてご紹介しました。
前回の記事はこちら
今回は、悲嘆や挫折からすばやく立ち直る方法をお話ししていきます。
挫折から立ち上がれるかどうか決める「“第三の道”の発見」
生きていれば、著しくポジティブな感情を奪っていく出来事や、長く悲しみに浸らせる失敗や事故を避けることはできませんね。
しかし、いつまでも悲しみや落ち込みが続いてしまうと、ますますそこから抜け出すことが難しくなり、抑うつ的な状態になってしまいます。そうなれば良い面はありません。
悲嘆や挫折からすばやく、力強く立ち直る力を“レジリエンス”といいます。悲しみに沈み込まず、経験から学習し、その経験を今後のエネルギーにしていけるかは、レジリエンスの高さで決まるのです。
そのレジリエンスは固定的なものではなく、鍛えることができるともいわれています。
どうすればレジリエンスを高め、落ち込んでいる状態から早く立ち直れるようになるのでしょうか。
ポジティブ心理学者のショーン・エイカー氏は、「『第三の道』を発見できるかどうかが、挫折に打ちのめされるか、そこから立ち上がれるかを分ける」といわれています。
ストレスを強く感じているときや、無力感や絶望感に覆われているときには、行き着く先は2つしかないと思ってしまいます。
それは
「この悪い状態がずっと続いていく」か、
「さらなる悪い結果が起きる」か
の2つです。
もしその2つの行き先しかないと思えば、「悪い状況は変えられない。自分にできることは何1つない」と考えてしまい、状況を改善しようと行動することはなく、うずくまるしかありません。
うずくまって何もしなければ状況が好転することはなく、生活でうまくいかないことが増え、ますます無力感にさいなまれてしまう…、という悪循環に陥りかねないのです。
しかし挫折や困難にぶつかった先は、その2つの行き先しかないのではありません。
「失敗や挫折から始まって、人をより強くし、より成長させる道」、上方に向かう道があるのです。それが「第三の道」です。
「第三の道」を発見し、そこを進んでこそ、すばやく挫折から回復することが可能になります。
トラウマ体験がレジリエンスを高める?“心的外傷後成長”という第三の道
2000年に入る少し前までは、重大な苦しみやトラウマとなるような悲劇を経験した場合、その先は「正常な状態でいられる」か「PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患って苦しむ」かの2つしかないと心理学の世界で考えられていました。
しかしその後の多くの研究によって、トラウマ体験後も「正常な状態」か「PTSDを発症するか」とは別の道、「第三の道」があることが示されたのです。
その「第三の道」とは、「心的外傷後成長(逆境下成長)」です。
親しい人との死別や骨髄移植手術、乳がん、慢性病、心臓発作、自然災害…。これらのことは、もし自分に身に起これば「この世の終わり」「最悪」とも思えるようなことかもしれません。
しかし最悪とも思える出来事をきっかけとして、たくさんの人びとがポジティブな成長を遂げている(=心的外傷後成長)のです。
たとえば、乳がんと診断された女性の大半に
- 精神性の向上
- 心がオープンになり、他者への共感が増す
- 人生全体に対する満足感さも上がった
という、ポジティブな成長が見られました。
また、トラウマ経験後に性格的な強さと自信が増して、周囲の人びとに対する感謝と親密度が増大した、という報告もあるそうです。
トラウマや最悪ともいえるような出来事は、実はポジティブな変化をもたらし、私たちを成長させ、レジリエンスを高めてくれることもあるのですね。
つらい経験から成長する人、しない人を分けるものとは?
大きな苦しみの体験が心の成長をもたらす可能性があるものの、すべての人に心的外傷後成長が起こるとは限りません。
では、つらい経験の中で成長していく人と、そうでない人はどこで分かれるのでしょうか?
先に紹介したショーン・エイカー氏は、「一番重要なのは“マインドセット”」といわれています。
マインドセットとは、物事の見方・考え方、心の持ちようのことです。
「自分にできることは何1つない」と考え、起こったことをただただ最悪だと思っていては、状況を変化させることも、学習することも、悲嘆からすばやく立ち上がることもできません。
どんな困難であっても、「何かしらプラスになるものを得られる。これは成長の機会だ」と捉えることで、前向きな言動へとつながり、逆境下での成長を実現できるのです。
エイカー氏は、
挫折からうまく立ち上がることのできる人は、何が起こったかによって自分を定義せず、その経験から何を得るかによって自分を定義する人である。
とも言われています。
「こんな目に遭った自分の人生は最悪だ」
「こんな失敗をした自分は、どうしようもないダメな人間だ」と見るのではなく、
「この出来事、失敗から何を得ることができたか、何を学ぶことができたか」と見ることで、挫折・失敗からもうまく立ち上がることができるのです。
挫折から力強く立ち上がる方法-「反事実」を変える
それでは、「第三の道」を見つけるためのマインドセットを持ち、挫折から立ち上がるためには具体的にどうすればいいのでしょうか。
そのための方法が、「反事実」を変えることです。
「反事実」とは何のことでしょうか。
強盗に銃で撃たれたことは不運?幸運?
仮に、あなたがお昼ごろに銀行に行ったと想像してみてください。中には50人ほどの客がいました。
そこへ、銃を持った強盗が入ってきて、発砲したのです!
強盗が撃った弾がはあなたの腕に命中し、あなたは怪我を負いました(強盗が発射した銃弾はその1発で、あなたのほかに怪我人はいませんでした)。
この出来事をありのまま、翌日友人や同僚に話すとしたとき、あなたはこのことを「幸運」として話すでしょうか、それとも「不運」として話すでしょうか。
エイカー氏があるエグゼクティブの研修でこの質問をしたところ、70%の人が「きわめて不運な出来事」として話す、30%が「非常に運がいい」こととして話す、と回答したそうです。
不運な出来事と答えた人の声は、
別の時間に行くことも、別の銀行に行くこともできた。こんなできごとはめったに起こるものではない。その時間にそこに居合わせたのが不運だし、おまけに撃たれたのだから、不運に決まっている!
というものでした。
反対に、非常に運がいいと答えた人の声は、
腕じゃなくてもっと重要な個所を撃たれていたかもしれない。命を落としたかもしれない。だからすごく運がいい。
というものだったのです。
幸運と思うか、不運と思うかは、「反事実」で決まる
反応は非常に異なるのですが、実はすべての人の頭の中でまったく同じことが行われているのです。
それは、脳が反事実(実際とは異なるストーリー)を創り出している、ということです。
「こんなはずはなかった。私にはもっといいことが起こって当然なのに」という反事実を創り出せば、実際の出来事を不運ととらえて、こんなことからは学ぶことなどないと思い、不運が去っていくのをひたすら待つしかありません。
それとは反対に、「もっと悪い目に遭っていたかもしれない」と想像することで、現実を幸運なことだと思えて、感謝することさえできるでしょう。
「出来事を幸運と思える反事実」を想像することで、悲嘆からの回復を早めてくれるのですね。
失敗したときも反事実を変えれば、自己成長できる
失敗をしてしまったときも、「私は失敗などするはずがない」と思っていては、失敗を認められず、人のせいにさえしてしまうかもしれません。
しかし「人間だから、失敗をして当たり前」と思えていれば、「失敗しても、自分はダメな人間ではない」と捉えられて、さらに「この失敗から学べることはないか。同じ失敗を繰り返さないためにはどうすればいいか」と考え、自己成長につなげていけるでしょう。
挫折や大きな苦しみにぶつかったときは、ポジティブな気持ちになるような反事実を選択し、「これは成長の機会だ」と捉えて、前向きに行動し、逆境下成長につなげていただきたいと思います。
まとめ
- 悲嘆や挫折からすばやく立ち直る力をレジリエンスといいます。レジリエンスを高めて、落ち込みから早く立ち直るには「第三の道-人をより強くし、成長させる道」を見つけることです
- 第三の道は「心的外傷後成長」ともいわれます。人は、トラウマとも思える最悪のような出来事から成長することもあるのです
- つらい経験から成長するのに一番重要なのはマインドセットです。どんな困難であっても「これは成長の機会だ」と捉えることで、最善を尽くし、成長が実現します
- 「第三の道」につながるマインドセットを持つ方法に、「反事実」を変える、があります。「出来事を幸運と思える反事実(実際とは異なるストーリー)」を想像することで、挫折や悲嘆からの回復を早まります
【参考文献】
『幸福優位 7つの法則』(ショーン・エイカー著 徳間書店)