弁護士に聞く終活のススメ #6

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書類へ押印する前に必ず確認! 知っておきたい「遺産分割協議書」の重要性

遺産分割において大事な「遺産分割協議書」を解説

終活をテーマに、書いております。
終活とは、自分の人生の終わりに向けた活動のことです。

終活で大事なのが遺言書であることは、これまで何度か説明してきました。
前回の記事でも詳しく解説していますので、よろしければこちらの記事もご覧ください。

遺言書の重要性を理解するには、遺言書がなかった場合に、遺産は具体的にどのように分割されるか、これを知っておかなければなりません。

今回は、遺産分割において大事な、遺産分割協議書について解説します。

相続人となる人と、その分割方法

F夫さんは、若くしてG子さんと結婚し、一児(I男)を設けました。
しかし夫婦関係はうまく行かず、I男が2歳の時、G子はI男を連れて家を出て行き、やがて離婚となったのです。

G子は、結婚前の姓に戻し、I男を連れて九州の実家で生活を始めます。
I男もG子の籍に入り、姓もG子の姓を名乗るようになりました。
遠方であることもあって、その後I男とF夫は全く交流がないまま、F夫は57歳で死去。
別れてから30年以上の歳月が流れていました。

その間に、F夫は再婚し、H美さんと結婚しましたが、その2人の間には子どもができませんでした。
H美さんは、最後までF夫の介護を尽くし、F夫はH美さんに感謝の言葉を残して逝去したのです。
F夫は生前、遺産は全部お前(H美)にあげる、と繰り返し口にしていました。
しかし、それを文書に書いたことはなく、遺言書はありませんでした。

この場合の遺産は、法定相続人である、F夫の妻・H美さんと、実子であるI男の2人に承継されます。
法定相続分は、それぞれ2分の1、ということです。
残された遺産は、人に貸していた不動産(土地建物)と預貯金で、時価合計8000万円でした。
書類へ押印する前に必ず確認! 知っておきたい「遺産分割協議書」の重要性の画像1

相続人間で作る「遺産分割協議書」

さて、このF夫の遺産を相続人の名義に移す手続きが必要になります。
これを遺産分割手続きと言います。
遺産分割手続きは、相続人の誰かが動かなければなりません。
そうしなければ、不動産も預貯金も、F夫名義のままになってしまいます。

故人の名義を相続人名義に移すために相続人間で作らなければならないもの、それが、遺産分割協議書です。
これは、遺産をどう分けるか、相続人の間で協議して、協議結果を文書にしたものです。

I男は、H美さんに対し、とりあえず自分が遺産を管理して処分をするから、清算は後ですることにして、全部任せて欲しい、と言いました。
そして、遺産分割協議書を作って持参してきたのです。

本来、I男の言葉のとおりの遺産分割協議書を作るとすれば、次のようになります。

★サンプル1(本来の遺産分割協議書)

書類へ押印する前に必ず確認! 知っておきたい「遺産分割協議書」の重要性の画像2

ここで上記条項の2にある「代償金」というのは、遺産を現物で分割した際に取得する金額が公平にならない場合、それを調整するために支払う金額のことです。
この2があれば8000万円の遺産を公平に分けることができる訳です。

ところがI男は、そのような説明は一切しないまま、2の規定が欠落し、上記の3を2に繰り上げた形の遺産分割協議書を作成し、持参していたのでした。
それがこれです。

★サンプル2(I男が持ってきたもの)

書類へ押印する前に必ず確認! 知っておきたい「遺産分割協議書」の重要性の画像3

騙されて書類に押印してしまった!遺産は全部息子のもの?

この書類には、遺産全部をI男が取得することが書かれていますが、あとで清算する旨の規定が欠落していることになります。
しかしI男は、あくまで口では「とりあえず書いてもらうけど、あとで清算するから」とH美さんに説明していました。

H美さんはその言葉を信じて、住所氏名を記載して実印で押印し、印鑑証明書も交付したのです。

それから1年が経過したころ、H美さんは、I男から連絡がなかったので、自分から連絡を取ってみました。
すると、遺産は全部換金されて、I男が取得していることが分かったのです。
しかし、半分の代償金の話を持ちかけても、話をそらされるばかりで、話は全く進展がありません。

遺産はもらえない!?弁護士からのアドバイス

騙されたのではないか、と思ったH美さんは、弁護士に相談に行き、経過を説明して、遺産分割協議書(上記サンプル2)を見せました。
弁護士は、「『後で清算する』と言われていたとしても、遺産分割協議書の上ではそうなっていないため、権利行使は難しい」「遺産は、何ももらえませんよ」と言います。

H美さんが納得できる訳がありません。
「何とかならないのですか」と重ねて尋ねましたが、弁護士は、「この協議書だけですと、あなたに勝ち目はありません」と繰り返します。
「ただし」と弁護士は助け船を出してくれました。

「後で清算する、とI男が言っておりながら、その通り実行しない、とのことですから、あなたは、詐欺の被害に遭った可能性があります。
詐欺による遺産分割協議は取消ができます。
また、後で清算される、という前提で判子を押したのであれば、錯誤(さくごー勘違いのこと)による合意、ということになります。
錯誤による合意については、無効である、と主張できる場合もあります。
ただし、そういう口約束があったことは、H美さんが立証しなければなりません。
それを証明する証拠がありますか?」

遺産分割の調停で決着

H美さんは、「特に証拠はありません。ただ、I男から言われたことは間違いありません。」と言うほかありませんでした。
そこで、弁護士は、I男とのやりとりや言われた時の状況を文書にまとめて裁判所に提出できるようにして欲しい、それがあれば何とか交渉してみましょう、と言ってくれたのです。
そういう、H美さんが一方的に書いた文書(陳述書と言います)も一つの証拠になる、とのことでした。

そこで、H美さんは陳述書を作成し、それに基づいて、遺産分割の調停を起こすことにしたのです。
その結果、詳細は省略しますが、陳述書の力と弁護士の尽力により、何とか、遺産の4分の1に当たる金額をI男から払わせて、事件は決着しました。
この調停の手続きについては、次回、ご説明したいと思います。

遺産分割協議書の重要なポイント

H美さんは、F夫の死後に、遺産の分け方をI男と協議した時の対応で、大失敗をしてしまいました。
本来なら、I男が持って来た遺産分割協議書に押印を求められた際、押印せずに持ち帰って、弁護士等の専門家に相談するべきだったでしょう。

とかく相続の際には、他にも書かなければならないいろいろな書類があったりします。
いろいろな書類の一つとして、その書面を示されていた場合には、重要性を考えないまま、軽い気持ちで署名押印してしまうこともしばしばあります。

ですから、上記サンプルを参考にして、遺産相続の書類に実印や印鑑証明書を求められたら、よくよく注意して、押印する前に、持ち帰って専門家に相談するなどして欲しい、と思います。

法的知識を持つことは大事、でも遺産がすべてではない

本件では、もし遺言書があれば、H美さんは遺産全部を取得できたはずです。
仮に遺言書がなくても、遺産分割協議書を作る段階で、I男の言葉を鵜呑みにせず、押印前に弁護士に相談していれば、遺産の半分は取得できました。
ところがH美さんは、実際には遺産の4分の1しか取得できませんでした。
遺産は全く取得できなかった可能性もあったのです。

このような事例を見ると、正直者が馬鹿を見る、ということがやっぱりあるんだな、と思うかもしれません。
しかし私は、H美さんのしたことを否定したり非難することは間違いだと思っています。

というのも、終わってしまったことを否定したり非難するのは、極力避けるべきです。
そもそも遺産というのは、無くて当たり前の財産ですし、財産は必ずしも人を幸せにしない、というのをこれまで多く見てきたからです。
財産目当てで行動して、自己中心的言動を繰り返し、周囲の人の信用を失うこともあります。

まとめ

今回の事例において、H美さんは一連の行動(特に、夫の介護等)で、一定の信用を獲得しています。
ここからわかるのは、お金や財産よりもっと大事な物がある、ということでしょう。

もちろん、お金が得られるに越したことはありません。
しかし、上記のように金に目がくらんで人からの信用を失う例もたくさんあるのです。

人からの信頼こそ、生きる上で大切な無形の財産なのではないでしょうか。
これからの生活の中で、きっと力になってくれることがあるはずです。
今後のH美さんの幸福を念じるばかりです。
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