こんにちは。国語教師の常田です。
光源氏が登場する、源氏物語の一部、二部は豪華絢爛な絵巻、三部の宇治十帖は墨絵の風情が漂うような、と感じたことがあります。
しかも登場人物にさらに引き込まれて、人生を考えてしまうのですね。
八の宮と薫の交流
八の宮のうわさを聞く薫は、
「世俗にありながら、聖(ひじり)のようだと人々からたたえられているとは、一体どんな方か…」
と強い関心と敬意を抱きます。
「幼い時からお経の真意を知りたいと願い、世のはかなさが身にしみている自分こそ仏縁深き者」と自負していましたが、「他人から注目されるほど、仏道に打ち込んではこなかった」と悔やむのです。
早速、八の宮と手紙を交わし、宇治の山荘を訪ねるようになりました。
会ってみると八の宮は、思っていたとおりの人物でした。
気品高く、それでいて物知り顔をすることもなく、身近な例えを交えながら、仏の教えを親切に説き明かしてくれます。
世に学のある僧は多いけれど、どこか堅苦しく近づき難い。
僧正といわれるような地位の高い人は、とりわけ多忙で無愛想だ。
まして地位の低い僧には、品が無く言葉の汚い者も少なくない。
それら出家の人々に比べ、在俗であっても仏道一筋で誠実な八の宮こそ法(のり)の師にふさわしい、と薫は傾倒していきます。
忙しくて会いに行けない日が重なると、恋しく思うほどでした。
若く恵まれている薫の悩み
一方、八の宮は、仏教を学びに頻繁に通ってくる薫が不可解でなりません。
自分のように、年老い、次々不幸に見舞われる者が仏法に救いを求めるのなら分かるが、薫はまだ若く、富も権力も思うままに恵まれているのに、なぜこれほど熱心に仏法を求めるのか。
当の薫は人知れず悩みを抱えて苦しんでいました。
それは”光源氏は実父ではないのでは?”との疑惑。
己の出生にまつわる、明かされていない秘密がある気がするが、誰にも聞けないこと。己の出自は何か。
どこから来て、どこへ向かっていくのか、急流に浮かべる舟のごとく漂う自身は、この人生で何をなすべきか・・・。
その答えを仏法に尋ねずにはいられなかったのでしょう。
八の宮の姫たちとの出会い
3年の月日が流れ、22歳になった薫は、晩秋のある日、久々に宇治を訪ねます。
あいにく八の宮は留守で、寺に籠って七日間の勤行に励んでいるといいます。
ふと山荘から流れてきた琵琶と箏の音に、薫は興味をそそられ、垣間見たのです。
そこには、月明かりに映える美しい姉妹の姿がありました。
琵琶を前に、撥(ばち)を手にした愛らしい姫が、
「月は扇で招くもの、とよくいわれるけれど、撥でも呼び返せるのでした」
と隣でやや体を伏せている女性に語りかけます。
「変わったことを思いつくのですね」
とほほえんだのは、優雅で落ち着いた風情から姉のようです。
八の宮を慕って通っていた薫でしたが、この時初めて姫たちに心引かれました。
出生の秘密を知る老女
やがて、部屋に通された薫の前に、使用人の老女が現れ、泣きながら昔話を始めました。
「長い年月、薫の君に会いたいと念じてきました。何としてもお伝えせねばならぬことが…」
出生の秘密を知っているかのような口ぶりに、薫の胸は高鳴ります。
しかし、人目が気になり、後日の再会を約束して席を立ちました。
八の宮の籠もる寺の鐘が、かすかに聞こえます。
帰り支度が整うのを待ちながら、控えの間で薫は物思いにふけります。
山荘のそばを流れる宇治川では、漁師たちが氷魚を取ろうと騒ぎ、柴を刈って積んだ小舟が何艘も行き交っています。
「漁師も舟人も危なげな急流に身を浮かべ、生きるために同じ所を行ったり来たりしている。
いや彼らだけではない。誰もが同じ営みを繰り返し、やがて死にゆく無常の身。私だけは安泰と言えないのだ」
月下の姉妹、老女の言葉…。
後ろ髪を引かれる思いで、薫は帰路に就いたのでした。
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