心理学の新しい分野として注目されているのが「ポジティブ心理学」です。
ポジティブ心理学は、通常の生活を送っている人がいまより幸せになることで、仕事や人間関係もうまくいき、より幸福な生活を送ることができる、と教えています。
また、自分がポジティブな感情を持つことで、それが周りに伝わっていき、周囲の人もまた幸せな気持ちになれるとも教えられています。
ではいまより幸福度を高めるには、ポジティブな感情を増やすには、どうすればいいのでしょうか。
前回は、悲しみや挫折を経験したとき、そこからすばやく立ち直り、自己成長につなげる方法をご紹介しました。
前回の記事はこちら
今回は、ポジティブな面に自然と注目でき、自信を高めて、周りへの感謝やいたわりの気持ちを持つことができるようになる“ポジティブ脳”のつくり方をお話ししていきます。
なにもかも“アレ”に見える?ハーバード・メディカルスクールで行われた奇抜な実験
ポジティブ脳とはどんなものかを理解されるうえで知っていただきたいのが、ハーバード医学大学校で行われた実験です。
それは、27人の実験協力者に対して、1日に数時間、3日間連続で“テトリス”をやり続けてもらった、というものです。
テトリスといえば、ブロックを積み重ねて、ラインをつくっては消していくパズルゲームですね。パズルゲームとしての売上は世界一だそうです。
それを3日間連続、長時間プレイし終わった後、実験参加者にある現象が起こりました。
空からテトリスの形が降ってくる夢を見て、目が覚めている間もどこを見てもテトリスの形が見えたのです。
このように、どこを見てもテトリスのブロックが見えてしまう現象は「テトリス効果」と呼ばれています。
これは、長時間テトリスをしたことで、「どこを見てもテトリスの形が見える」認識パターンがつくられたからです。
テトリスのようなパズルゲームだけでなく、いつもゲームをしていると、脳に新しい回路ができ、現実まで歪んで見えてしまうのですね。
この「テトリス効果」は、ビデオゲームに限った現象ではありません。
職場でも家庭でも、脳の見方が1つのパターンに固定されしまい、ものごとや相手の良い面、ポジティブな面に気づかない、ということがあるのです。
そうなれば、「よい変化を起こそう」というやる気も出ませんし、相手をほめたり、感謝したりすることもできないのですね。
意識しなければ、目の前のことも見えなくなる-「非注意性盲目」がもたらす影響
人間は毎秒、非常に多くの情報を受け取っていますが、実際に処理される情報はそのなかのごくごくわずかといわれています。
ゆえに、2人のひとが同じものを見ていても、まったく同じ認識をしているということはほぼ起こり得ません。何に意識を向けているかで、認識の仕方は大きく異なってくるのです。
意識していなければ、目の前で起こっていることも見えていない(認識できていない)現象を「非注意性盲目」といわれています。
ある研究で、実験協力者に30秒間、違う方向を向いてもらい、次に、もとの通りに向き直ったとき、こちらのシャツが違う色に変わっていたとき、色の変化に気づくかどうかが調べられました。
すると多くの場合、シャツの色が変わったのに気づかないことがわかったそうです。
ほかにも、歩行者を路上で呼び止めて道を尋ねたとき、歩行者がほかの方を向いた間に、道を尋ねた人がすばやく別の人と入れ替わる、という実験がされました。
そうするとここでも、多くの人がまったく気づかずに話し続けていたことがわかったのです。
このように、自分が見ようとしていないものは見えず、あからさまな変化にも気づかないのですね。
幸福な生活に不要な情報であれば、見逃しても問題はありません。しかし人や出来事のポジティブな情報、ポジティブな面を見逃していては、モチベーションがわいたり、相手を鼓舞したりすることもできません。
むしろネガティブ面ばかりが目に入れば、仕事でも家庭でも有害な影響が出てしまいます。
職場や家庭での「負のテトリス効果」
職場でこういう人はいないでしょうか。
- 部下のできていない点ばかりに注目し、前より成長している点は絶対に見ない上司
- ミーティングで悪い結果ばかり予測する同僚
- 過去の失敗ばかりを見て、チャレンジをためらう後輩 など
もしかしたら、みなさん自身がそのような傾向にあるかもしれません。
なぜ悪い面ばかりを見て、指摘をするのでしょう。
ポジティブ心理学者であり、世界的企業のコンサルタントを行っているショーン・エイカー氏は、悪意でやっている場合は少数で、進んで自らネガティブなことを言っているのでなく、脳がネガティブな要素を見つけるのに熟練してしまっているといわれています。
この現象は家庭でも起こり得ます。
- 夫(妻)の犯した過ちをあげつらう
- 子どもの成績表のCにばかり目がいき、Aが目に入らない
- ハンバーグが完ぺきな焼け具合なのに気づかず、ジャガイモが固いことだけが気になる など
相手や出来事のポジティブな面・できているところには目を向けず、ネガティブな面・欠点にのみ目を向け、心のなかで指摘ばかりをしてはいないでしょうか。
そのような悲観的なマインドセットを持つと、抑うつやストレスが生じ、健康を損ねることにつながってしまうのです。相手の関係も決してよいものにはならないでしょう。
ポジティブな面に自然と気づけるようになる“うまくいったことのリストアップ”
ではネガティブ面ばかりに目がいってしまう「負のテトリス効果」から抜け出すには、どうすればいいのでしょうか。
先に紹介したショーン・エイカー氏は、
幸いなことに、私たちは脳を訓練して、ポジティブな面を探すようにすることもできる。(中略)どのような状況にも必ず潜んでいる可能性を見出だせるようになれる。
と、訓練次第でポジティブ脳をつくり出すことは可能だといわれています。
ポジティブ脳にする訓練として一番の方法は「うまくいったことのリストアップ」であり、その反復練習でもっとチャンスに気づけるようになるといわれているのです。
うまくいったことのリストアップとは、うまくいったこと3つとその理由を書き出す、というものです。
うまくいったことは、仕事での大成功や人から大きな称賛を受けたことに限りません。
- ちょっとおかしかったこと
- 仕事でちょっとした達成感が得られたこと
- 家族とのあたたかな絆が感じられたこと
- たまたま入ったお店の料理がおいしかったこと
- 未来への希望がきざしたこと
など、ささやかなものと思われるものでもかまいません。
ある実験で、参加者にその日うまくいったこと3つと、その理由を1週間連続で書き出してもらったところ、幼いころの思い出を書き出した対照群に比べ、その後6カ月経っても幸福感が高く、落ち込む回数が減ったことがわかりました。
1週間続けたことで、脳がものごとのポジティブな面に特に努力をしなくても注目できるようになり、楽観性が増して幸福感も高くなり、周囲の人への感謝の気持ちも抱けるようになったと考えられています。
この訓練のポイントは、一にも二にも“繰り返すこと”だと強調されています。
まずは試しに1度、3つのうまくいったことのリストアップをやってみてください。そして、人やものごとの良い面を見出だせるポジティブ脳になるよう、毎日の習慣にしていただきたいと思います。
まとめ
- ゲームを長時間し続けることで、見方が1つのパターンに固定されることを「テトリス効果」といわれます。テトリス効果はゲームに限らず、職場や家庭での習慣によって見方が1つに固定されることもあります
- 意識していなければ、目の前のことも見えなくなる(非注意性盲目、といいます)ことは、さまざま実験で証明されています。見ようとしなければ、ポジティブな情報、人のポジティブな面も簡単に見逃してしまうのです
- 脳がネガティブな要素を見つけることに慣れてしまっていると、職場でも家庭でも、相手の悪い面、心配事、過去の失敗ばかりが目についてしまい、抑うつやストレスが生じ、健康を害してしまいかねません。相手に対する指摘も増え、関係の悪化につながります
- 誰しも訓練によってポジティブ脳をつくり出すことは可能です。その一番の方法は「うまくいったことのリストアップ」の繰り返しです。繰り返すことで、特に努力をしなくても良い面に注目できるようになります
【参考文献】
『幸福優位 7つの法則』(ショーン・エイカー著 徳間書店)