こんにちは。国語教師の常田です。
身近な人を亡くした時、この世は無常だと知らされます。
一方、自身についてどこまで凝視できるかは、人によって様々ですね。
今回も続けて、椎本の巻(しいがもとのまき)を解説します。
八の宮との別れを悔やむ薫
光源氏の末子・薫は、自身が母の不義密通で生まれた存在と知り、苦悩していました。
更に大きな精神的支柱であった八の宮を亡くして強い衝撃を受けます。
薫が八の宮と最後に会ったのは、亡くなる一ヶ月ほど前でした。
「再びお目にかかるのは、難しいのでは」とポツリつぶやいた八の宮の言葉を、「世の無常を人一倍強く感じている方だから」と、いつものことと聞き流してしまったのを悔やまずにいられません。
遺された姫たちへ懇ろに見舞いを送り、法事の費用など一切の面倒を見ました。
八の宮の死、知らされるこの世の無常
四十九日を過ぎた頃、薫は宇治の山荘を訪ね、几帳越しに姉の大君と対面します。
かすかに切なく聞こえてくる彼女の声に、薫は、かつて月下で垣間見た面影を思い浮かべて心震わせます。
悲しみをこらえ切れず奥に入ってしまった大君に代わって、薫の前に現れ出たのは、彼の出自の秘密を明らかにした老女でした。
薫は親しく接し、思い出を語り合います。
「幼くして父(光源氏)に死別し、この世は無常と知ったものですから、高い官位も名声も、私には何の魅力も喜びもありません。八の宮様が亡くなり、今はますます無常が身にしみます」
私は不義の子、生まれてくるべきではなかった存在なのだ。
生を受けたことがつらい。自分が生きた証も残したくない…。
薫は誰にも言えない心情を吐露します。老女はただ泣くばかりでした。
再び宇治を訪れ、大君への恋を自覚する薫
年の暮れに薫は再び宇治を訪ねました。
以前よりは言葉数も多く、気高い大君の風情に、「このような対面だけで終わらせたくない」と思います。
月下で垣間見た時から心引かれていたのですが、この時初めて、大君への抑え切れない恋情を彼は自覚するのです。
仏道を求めたいと宇治に通い始めたのだ、師の無常にあって一層精進しようとなるなら分かる。しかしどうしたことか。
にわかに、彼女とこんな関係だけでは終われないという、身勝手な心に変わるとは…。
何と信用できないわが心か、と薫は我ながら驚きあきれます。
それとなく大君に恋心を訴えてみますが、彼女は全く気づかぬそぶりです。
きまりが悪くなり、話をそらさざるをえませんでした。
山荘から帰る前に、薫は八の宮が生前勤行していた居間に立ち寄りました。
塵が積もり、八の宮の敷物だけが無くなっています。
何ともいえぬ寂寥感に襲われました。
「立ちよらん かげとたのみし 椎が本 むなしき床に なりにけるかな」
(わが師と頼っていた八の宮様は亡くなられ、勤行していた場所がむなしく跡をとどめるだけだ)
自分の心もあてにならない…大君へのつのる恋心
物語の中でも新しい年をむかえ、薫は二十四歳になりました。
宇治の姉妹の元には、父の師・阿闍梨から雪解けの沢で摘んだ芹や蕨が届きます。
八の宮生前からの習わしですが、「今年はもう、見せたい父がいない」と思うと、姫たちには春の訪れも喜べません。
一方の薫は、母(女三の宮)の暮らす邸が火事に遭い、引っ越しなどで慌ただしい日々が続き、なかなか宇治へ出かけられませんでした。
ようやく山荘を訪れたのは夏になってからです。
この時、障子の穴からのぞき見た大君の姿に、いよいよ薫の心はわしづかみにされます。
自分ほど仏縁深い人間はないと自負し、仏道一筋の生活に憧れて、恋愛や結婚を冷淡視してきた薫でしたが…。
わが心も無常、当てにならないと思い知らされるのでした。
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