日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #34

  1. 人生

【平家物語の人物紹介】梶原景時 ~今も昔も変わらぬ父親の姿「この世に生きていようと思うのも、子供のためだ」

今年も、父の日が近づいてきました。
お父さんに、どんなイメージを持っていますか?
うちは、大きなクマ。
見た目のメタボ感……だけではありません。
家族のことを心配して、あれやこれやといつも気を回す母とは対照的に、細かいことを気にしない父は「好きなようにさせればいいじゃないか」と、常時、おおらか。そんなところにも、クマのような大きさを感じています。
いろいろと心配してくれる母も有難い、また、別の視点から子供を見守る父の有難さも、身にしみます。
お父さん、いつもありがとう!

『美しき鐘の声 平家物語』を編集していた時、父親の大きさに気づかされるエピソードがありました。有名な「梶原の二度の駆け」です。有名な……とはいいながら、恥ずかしながら、この編集を担当するまで知りませんでした。
そこで、著者の木村耕一さんに、「梶原の二度の駆け」について、かいつまんでお聞きしました。

<今回の登場人物>
梶原景時(かじわらかげとき)……源氏の武将
梶原景季(かじわらかげすえ)……梶原景時の長男
梶原景高(かじわらかげたか)……梶原景時の次男

一谷の合戦、東の城門

倶利伽羅峠(くりからとうげ)の戦いなど、木曽義仲(きそよしなか)の快進撃によって、都落ちした平家一門でしたが、四国の屋島を拠点にして、勢いを盛り返していました。やがて、京都奪還を目指す平家と、後白河法皇(ごしらかわほうおう)に平家追討を命じられた源氏との間で、一谷(いちのたに)の合戦が勃発するのです。

一谷での開戦は、2月7日の明け方でした。
東の城門では、源氏の武将、梶原景時が、五百余騎で進撃。
その時、次男の景高が、あまりにも一人で先へ突き進むので、父は使者を送って、こう諫めます。
「後ろに軍勢が続かないのに先駆けした者には、褒賞を与えてはならないと、大将軍が命じておられる。しばらく待て」
すると次男・景高は馬を止めて、
「父に、この歌をお伝えしてくれ」
と使者に言ったかと思うと、すぐに突撃していったのです。

もののふのとりつたえたるあずさ弓ひいては人のかえすものかは

(意訳)
武士が先祖から伝えられてきた弓を引いた以上は、
もう元に戻らないように、
私も進んだからには引き返しません。

景高を討たすな

「おいおい、父の言うことを聞け! いやいや、上司の大将軍の命令を、おまえは聞けないのか!」と、梶原景時は、息子を叱りつけたのでしょうか?

いいえ。
息子以上の潔さで、梶原景時は、叫びます。
「景高を討たすな、続けや者ども!!」

そして、五百騎を率いて平家の大軍の中へ駆け入りました。
全力で戦い、次男を救って引き上げた時には、わずか五十騎になっていました。
わが子を救うために命がけで戦う父親の姿には、すさまじいものがあります。

景季は、どうした?

ところが、引き上げてきた五十騎の中に、今度は、長男・景季の姿が見えないのです。
父は、
「景季は、どうした」
と心配でなりません。
「敵陣に深入りして、お討たれになったとしか思えません」
と家臣が答えます。
わずか五十騎になってしまうほど、壮絶な戦いをしてきたばかり。
また引き返して、あの戦いの中に入れば、次は命がないでしょう。

あの子が死んでしまったら

「敵陣に深入りしたのでは」という家臣の言葉を聞いた梶原景時は、こう言います。

「この世に生きていようと思うのも、子供のためだ。あの子が死んでしまったら、これから生きていても、何のかいがあろうか」

そして再び、激戦の中へ引き返したのでした。
父は、わが身のことは一切顧みず、長男はどこにいるかと、平家の大軍の中を、縦、横、八方、十文字に駆け破り、駆け回って探し続けます。
そのうちに、崖のそばへ追い込まれ、窮地に立っている長男を発見しました。五人の武将に囲まれながら、これが最期という思いで戦っているではありませんか。

まだ、死なずにいてくれた

梶原景時は、長男を発見し、
「ありがたい。まだ、死なずにいてくれたか」
と、急いで馬から飛び下りて、
「父は、ここにいるぞ。おい景季、死んでも敵に後ろを見せるな」
と言って、親子で平家の武将を斬り伏せたのです。
父は、
「武士は、攻めるのも、引くのも、その時機を、正しく判断すべきなのだ。ただ突き進めばいいのではないぞ。さあ来い」
と言って、長男を自分の馬に抱えるように乗せて、敵陣から脱出したのでした。
有名な「梶原の二度の駆け」とは、この時のことをいうのです。

【平家物語の人物紹介】梶原景時 ~今も昔も変わらぬ父親の姿「この世に生きていようと思うのも、子供のためだ」の画像1

(イラスト 黒澤葵)

父親の思い

木村耕一さん、ありがとうございました。

梶原景時の息子たちは、はたから見れば、上司の指示を無視して、自分勝手な振る舞いをしたのですから、ど叱られても、見捨てられても仕方ないと思いますよね。
ところが、景時は、頭ごなしに叱るのではなく、命がけでわが子を守った後で、冷静に諭していました。
特に、この景時の言葉からは、子を思う親心が、じ~んと響いてくるようです。

「この世に生きていようと思うのも、子供のためだ。あの子が死んでしまったら、これから生きていても、何のかいがあろうか」

このような父親の愛情に育まれて、私もここまで成長してこれたのだな……と感謝せずにおれません。
普段はなかなか言葉にできない感謝の思いを、「父の日」に向けて記してみませんか?

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美しき鐘の声 平家物語(三)

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木村耕一(著) 黒澤葵(イラスト)