前回までのあらすじ
運命をめぐる遥かなる物語の連載はコチラ最初の「貧しい国」は、全ての罪が金で購えるシステムにより、悪いことをし放題の「心の貧しい人たち」が巣食う国だった。
次の「科学の国」は物質や肉体の研究にのみ囚われ、「本当の私とは何か」を見失っていた。
3番目の「呪われた国」は、不幸はみな宿命とあきらめ原因を省みようとしない、その名のとおり不幸が連鎖する国。
そして次の「歓楽の国」では、ソラの幼馴染カレスが「人生は先の心配をせず、楽しむべきだ!」と主張していた。
最後「正義の国」は、自らの正義を貫くためには他の犠牲も厭わない恐ろしい国だった。
第6話 懐疑の国編
「へえ、コイツは珍しいね」
旅の途中、道沿いの古びたガレージでソラが目を輝かせた。
なにやら展示してある乗り物に興味を惹かれたらしい。
「バイクのこれ…なんて言うんだっけ?」
バイクに側車がついた乗り物…映画やアニメで存在は知っているが、実物を見るのは初めてだ。
知子にはちょっと名前が思い出せない。
「サイドカーさ。少し見ていこう」
「あ、そうだった。サイドカーか…別にいいけど」
機械や車に興味が薄い知子と違い、ソラは実に楽しそうだ。
知子の返事も聞かず、店主に声をかけガレージの中で話し込んでいる。
(…ソラってこんなの好きなんだ)
歓楽の国、正義の国を経て少し元気のなかったソラが久しぶりに見せる笑顔だ。
思わぬ足止めだが、知子も悪い気分ではない。
興味がないなりに展示車両を眺めてみると、レトロな雰囲気のものが多いようだ。
妙に丸っこいデザインの車や、前輪が一つしかないトラックがいくつか並んでいる。
(変なトラック?だなあ。タイヤは4つの方がいいんじゃない?)
前輪が少ないと安定が悪そうだし、荷台を引っ張る力も弱いのではなかろうか?
やはり知子には理解ができない。
「トモ!ちょっと、ここに座ってみてくれ!」
不意にソラが声をあげ、知子を呼ぶ。
どうやらサイドカーに座れと言っているようだ。
(えーっと、こっちでいいのかな?)
バイクに跨がるのか、側車に乗るのか、少し迷いつつも側車に乗り込む。
船のような流線型のボディは、どことなく遊具のようにも感じた。
(なんだか…遊園地の乗り物みたいかも)
側車は手狭ではあるが、窮屈というほどではない。
「ちょっと前に詰めてみてくれ。荷物を後ろに置くよ。狭かったら踏んづけてもいいからね」
「あ、ちょっと待って…これでいいかな?」
知子は年相応に小柄だが、さすがに荷物が入ると目一杯だ。
それを見たソラが「こっちはトモ専用だね」と笑う。
「え、買うの?コレ」
「ああ、ひと目で気に入ったよ。ここから先はコイツで行こう」
これには少し驚いたが、すでにソラはスマホのような端末を取り出して精算している。
知子の感覚としては衝動買いには大きすぎる買い物だ。
総じてストイックなソラらしくない気もするが、それだけサイドカーが気に入ったということだろうか。
知子が側車から立ち上がると「ゴーグルを選びな」とソラから声をかけられた。
(ソラって仕事してるようには思えないけど…お支払は大丈夫なのかな?)
知子の心配をよそに、ソラはサブタンクや自分のゴーグルなども注文している。
ヘルメットは買っていないが必要ないのだろうか?(注※日本では一部車種を除きヘルメット着用義務がある)
知子が呆気にとられている間にも商談は進み、ソラはいくつかの書類にサインした。
「これで手続きは完了さ。簡単だろ?」
ソラは親指を立て、歯を見せて笑う。
つい、つられてしまうような明るい笑顔だ。
「旅をしてるとね、本当に気に入ったものはその場で買わないとダメなんだ。次にしようって思っても次がないなんてザラさ」
「ふーん、そうなんだ…」
よく分からないが、そういうモノなのだろう。
薄暗いガレージからサイドカーを出すと、銀色のパーツが日の光を受けてキラリと輝いた。
ソラはバイクに跨がり「ちょっと練習しようか」とゴーグルを嵌める。
飛行機のパイロットゴーグルのような厳ついデザインだ。
ソラによく似合っている。
「練習?ソラは免許もってないの?」
「ははっ、アタシは免許はあるさ。アンタの練習だよ」
知子はソラの言葉に首をかしげる。
当たり前だが運転をするのはソラだ。
知子になんの練習が必要なのだろうか。
「考えてもみなよ。側車にはエンジンが無いだろう?つまりだ、側車のタイヤは駆動しない―その状態で走らせるとどうなると思う?」
知子にサイドカーの構造はよく分からないが、イメージならできる。
「えーっと、片方だけが動くと…ナナメに走るのかな?」
「そう。大げさに言えば側車がわにグルッと回りこむ動きになる。それを防ぐためにドライバーとパッセンジャーは体重移動をしてバランスをとるわけだ」
当たり前だが、中学生の知子は自転車くらいしか乗り物を扱ったことはない。
少し不安になり、側車に乗って頼りなく体を傾けてみたが…正解が分からない。
「別にレーサーじゃないからね。慣れれば大丈夫さ。それじゃ、少し走ってみるか」
「わっ、ちょっと待って―」
ソラは知子の制止を聞かず、店主に軽く手を振り走り出した。
◆◆◆◆◆◆◆
初めてのサイドカーは衝撃的だった。
とにかく怖いのだ。
視線が低くスピード感がスゴい。
そして舗装されてない道は容赦なく土ぼこりと振動で知子を責めたてる。
この衝撃体験に知子は何度も悲鳴をあげ、ソラに笑われてしまった。
「ははっ、楽しいだろ?サイドカーはスピードを出して飛ばす乗り物じゃないからね。このままのんびり行こう」
ソラの言葉に知子は驚き、速度計を確認すると30キロほどだ。
体感ほどに速度は出ていないらしい。
(なんだ、ずいぶんゆっくり走ってたんだ…)
考えてみればサイドカーはおろかバイクに乗るのは初めてだ。
スピード感が狂っていたらしい。
落ち着いて息を吸い、周囲を見渡せば景色はゆっくりと流れていく。
相変わらず空気は乾いているが、正義の国のような荒々しい自然ではない。
乾いた大地にはまばらに下草が生え、点在する高い木々に鳥や動物が集まっているのが見えた。
爽やかな風をうけ、とてもよい心地だ―絶え間のない振動さえなけば。
「あっ!しまった!」
しばらくサイドカーを走らせていると、ソラが不意に大声をだした。
「どうしたの!?」
知子が驚いて応じるが、振動や風の音のためか二人とも自然と声が大きくなる。
「ランチ!忘れてたよ!早くコイツに乗りたくてさ!」
「もう、驚かせないでよっ!」
ソラの言葉に知子は呆れるが、言われてみれば太陽が真上にある。
先ほどのガレージの辺りに戻るにしても少し昼時は過ぎてしまうだろう。
「戻るより先に行くか!少し飛ばすよ!」
ソラは嬉しそうにスロットルを絞り、スピードを上げる。
エンジンが唸りを増し、大きくなった風切り音が鋭く耳に響く。
(あ、これ楽しいかも)
なるほど、これは自動車にはない感覚だと知子は納得した。
相変わらずの振動で尻が痛いが、これは座布団でも敷けばマシになるだろう。
◆◆◆◆◆◆◆
(天気もいいし、こんな日は外でお弁当なんかも楽しいかもね)
サイドカーに慣れ、知子の思考にも余裕がでてきたころ、不意にソラが減速した。
見れば先で小ぶりなトラックが止まっており、男がなにやら忙しげに動いている。
「何してるのかな?」
「どうやら故障車だね。でも、ああして困ったふりをして強盗するヤツもいる。1人の時はフラフラ近づくんじゃないよ」
ソラの言葉に知子はゾッとした。
考えてみれば、この国のことは何も知らないのだ。
「ソラ、ここはどんな国なの?」
「ここかい?ここは懐疑の国だね。良く言えば哲学が盛んな国だ」
カイギとはあまり聞きなれない言葉だ。
ピンとこない知子は首を傾げるしかない。
(カイギ…会議?じゃないよね)
そんな会話をしているうちに前方の男もこちらに気づいたようだ。
遠くから手を振り「おーい、助けてくれ」と大声で呼びかけて来た。
「落輪したんだ!すまんが引っ張ってくれ!」
大きな身振りで男は後輪を指で示している。
見れば道路に小さな穴があいており、そこにタイヤがはまりこんだようだ。
「本当に落輪だね。助けよう」
ソラの言葉に知子は「ホッ」と胸をなで下ろした。
強盗の話を聞いて緊張していたのだ。
ソラはサイドカーに乗ったまま「ロープがあるなら引いてやるよ」と男に声をかける。
ずいぶんと痩せて背が高い中年男だ。
鼻の下に蓄えたチョビヒゲがなんとも印象的である。
「これは助かった、ロープならありますとも!よろしくお願いします!」
「あいよ、悪いけどトモはトラックを後ろから押してやってくれ」
男とソラは手早くトラックとサイドカーを連結し、それぞれの運転席に戻る。
知子はトラックの後ろだ。
「準備はいいかい?じゃあ引くよ」
ソラの合図でサイドカーが唸り、知子も力いっぱいでトラックを押す。
すると空転していたタイヤが地を噛み、あっという間にトラックは穴から脱出した。
「いや、助かりましたよ。まさか普段通る道に穴があいているとは…こんなモノしかありませんが、よろしければいくつかお持ちください」
男はトラックの荷台からいくつか果物を取り出し、見せてくれた。
黄色く大きなブドウのような、知子には馴染みのない果実だ。
「おっ、フレッシュデーツか、珍しいね。ありがたくいただくよ」
「ええ。申し遅れましたが、私はこの先の町で青果店を営んでいるサンジャと申します。そちらのお嬢さんもよろしければ」
受け取ってはみたものの、未知の食材を食べるのは勇気がいる。
ソラのまねをし、皮をむいておそるおそる口に入れてみた。
「甘い!柿みたい!」
思わず口の中に広がる甘さに声が出た。
「はは、初めてだったかい?黄色いのは渋みがあるから、茶色いのがいいかもね」
ソラは「アタシは嫌いじゃないけどね」と黄色い実を口に入れ、行儀悪く「プッ」と口から種を飛ばしている。
知子も真似して黄色いのを口に入れるが、渋みが強く舌が痺れるような感覚に驚いて水筒の水で流し込んでしまった。
「うーん、茶色いのがいいかも」
「はは、そうだろうね。しかし、思わぬところでランチの穴埋めができた。やはり人助けはするもんだね」
知子はソラの言葉に「本当だね」と頷く。
人助けの報酬が甘い果物とは、なんだか昔話のようで素敵な話だ。
◆◆◆◆◆◆◆
「ほう、あなたがたは人助け…つまり『善いことをすれば善い結果がある』とお考えですか?」
今までニコニコと知子たちの様子を見ていたサンジャが不意に問いかけてきた。
特に険しい雰囲気ではなく、世間話のようだ。
ソラもニヤニヤと笑うのみで気にした様子はない。
その姿は知子の言葉を促しているようにも見える。
「うーん、そうとも言いきれませんけど、まあそうかなって思います」
知子の答えにサンジャは「なるほどなるほど」と頷いている。
「この国では不可知論という考えがありましてね。例えば―」
サンジャはもったいぶるように言葉を溜め、髭をしごいている。
どこか教頭先生のようだと知子は感じた。
「不可知論では行為の報いがあるのかないのか、はっきりした答えは出さないものです。そうでもあるとも、そうでないとも考えないのですよ」
これを聞き、知子は『はてな』と首を傾げる。
サンジャの言っている意味がよく分からない。
「驚かれるのも無理ありません。私も初めて聞いたときには面食らったものです。でも色々と経験を積んだ今では正しいと思っていますよ」
サンジャは知子が話題に食いついてきたことが嬉しいらしい。
また荷台から取った新しいデーツの実を、いくつか知子の手のひらに乗せてくれた。
「行為の報いがあるのかないのか?死後はあるのかないのか?魂はあるのかないのか?生きる意味はあるのかないのか?どんな疑問もはっきりとした答えなんて分からないのです。ゆえに、そうであるとも、そうでないとも考えない。何ごとも人には本質を理解することはできないのです」
正直、改めて聞いても知子には理解できない。
うまく説明できないが、答えを避けるのはズルい気もする。
この知子の戸惑いを見て取ったか、サンジャは寂しげに「ふっ」と口元のみで笑った。
どこか自嘲するような笑みだ。
「実は我が家は代々世襲で政治家をしておりましてね、私の父も議員をしておりました。父は熱血漢で、寝食も忘れて世の中のためにと懸命に働いていましたよ」
若い知子は身の上話などあまり聞いたことはない。
ちょっと困ったなと軽く眉をひそめた。
「でもね、政治なんてあやふやなものですよ。皆が豊かに、幸せになるようにと考えた政策は否決される。よかれと思った行動で誰かの苦情が来るのは毎度のことです。父は若くして体を壊し、私が学生の頃に亡くなりました」
「…あの、それはまた、何と言っていいのか」
知子がお悔やみを口にしかけ、サンジャは「いえいえ」とそれを押しとどめた。ちょっと会話の間がつかみづらい。
「それは良いのです。父は父なりの信念に殉じたのです。でも当時、若い私には父の生き方が理解ができませんでした。幸せとは何なのか、人生の目標とは何なのか、思い悩んでいた時に、この不可知論に出会ったのですよ。物事の本質とは理解できない、ゆえに考えない…まさに天啓のようでした。それ以来、私は政治の世界より離れ、こうしてのんびりとやっておるのです」
知子はチラリとソラのほうを見たが相変わらず黄色いデーツの皮をむいている。
本当に渋いのも好きらしい。
「うーん、うまく言えませんけど、不可知論って何が起きてもラッキーとかアンラッキーだとか…そんな感じで考えないってことですか?」
知子の質問にサンジャは「よい質問だ!幸せの本質など人には分かりませんよ」と嬉しげに頷いた。
話好きなのだろう。
「宝くじに当たることも?」
「その通りです!大金を手に入れることは幸せとは限りません。たしかに大金で好きなモノを買えるかもしれません。しかし、不意に大金を得れば泥棒や詐欺師に狙われるかもしれないし、欲深な隣人や意地の悪い親戚にたかられるかもしれない。宝くじに当たることは幸せとも、そうでないとも考えないのです」
知子は「ふうん」と相づちを打ち、茶色く熟したデーツを頬張る。
なんというか、クセになりそうな甘さだ。
やめどきが分からない。
「じゃあ…結婚しても、離婚するかもしれないから幸せじゃないってことですか?」
「まさにその通りです!愛した相手と結婚し、生活を共にすることで見えてきた素顔に傷つけられるかもしれません。また、そのような相手を見限り離婚することは幸せかもしれません。結婚が幸福か、離婚が不幸かも考えないのです。人に幸不幸は断定できないということです」
知子はデーツを頬張りながら「そうなんですね」と愛想よく頷く。
しかし内心では『この人の奥さんはかわいそうかも』などといらぬ心配をしていた。
「うーん、ちょっとなんというか…うまく言えないんですけど、何も分からないから決めつけちゃいけないってことですか?」
「それです!あなたは大変に筋がいい!」
知子の言葉を喜んだサンジャはさらにどっさりとデーツを追加した。
おいしいものではあるのだが、さすがにもて余し気味の知子は苦笑いするしかない。
◆◆◆◆◆◆◆
「それなら…何も考えないって決めたのは、どうやって決めたんですか?」
何気なく、知子の口から出た疑問にソラが「ぷっ」と吹き出した。
サンジャは「えっ?」と固まり動かなくなってしまう。
(あれ? 何か変なこと言ったかな…?)
知子からすれば『なんとなく』口にしただけの言葉だ。
不快にさせたら申し訳ないし、沈黙がなんだか不安だ。
「サンジャさん、ごちそうさま。売りものなのに悪かったね」
気をつかってくれたのか、ソラがサンジャに声をかけた。
これには少しホッとした。
「それじゃ、アタシたちはそろそろ行くよ」
ソラが別れを告げると、サンジャは小さく「ああ…助かりましたよ」と蚊の鳴くような声で応じた。
再び、サイドカーはエンジン音を響かせながら走り出す。
だが、知子に爽快感はない。
「やるじゃないか!相手の口を滑らせて矛盾を突くなんて大した論客だよ!」
しばらく走らせ、不意にソラが声をあげた。
実に嬉しそうに笑っている。
「もう!そんなんじゃないよ!」
「あはは!照れなくていいさ 断定を避ける不可知論は断定か否か、とはね!不可知論の盲点だね!」
ソラは知子の言葉をまるで聞いていない。
とうとう「あっはっは」と大声で笑い出した。
(もうっ、何がそんなに面白いのよ…別にやり込めたかったわけじゃないのに)
そう、本当に悪気はなかったのだ。
おいしい果物をくれたオジサンと世間話をしていたつもりだったのに。
知子は抗議を諦め、残っていたデーツの実を口に含む。
甘いはずの熟したデーツは、どこか苦かった。
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