こんにちは。国語教師の常田です。
よかれ、と考えてやったことが、自分も他人も不幸にし、打開策がさらに苦しめる、という経験はありませんか?
人間の知恵には限界がありますね。
今回も続けて、総角(あげまき)の巻を解説します。
大君を手に入れようとする薫の策略
大君の部屋に二度も押し入り逢瀬を迫りながら失敗に終わった薫は、何とか彼女と結ばれたいと、一計を案じました。
大君は、妹・中の君の幸せをいちばんに考え、薫が妹の婿になることを望んでいます。
一方、薫は親友の匂の宮が、以前からこの宇治の姉妹に興味を抱き、熱心に何度も恋文を贈っているのを知っていたので
“中の君と匂の宮が一緒になれば、大君は自分になびくに違いない”と考え、行動します。
匂の宮は帝の三男で、将来の東宮候補です。
しかも溺愛する両親から常に厳しく監視され、自由に出歩けない身の上でした。
その監視の目を盗み、薫は匂の宮を暗闇の中、宇治の山荘まで連れていき、中の君の元へと導いたのです。
薫の策略にショックを受ける大君
そのまま薫は、大君と物越しに対面します。
匂の宮が中の君の部屋に入ったことを告げ、襖を破りそうな勢いで三度目の逢瀬を迫りました。
「私とあなたの関係も過去からの因縁、これ以上どうにもならぬと諦めてください」
「そんな、過去からの因縁と言われても、見当がつきません。私を困らせないでくださいまし。気分が悪いので、もう休ませていただきます」
予期せぬ事態に目もくらむばかりの大君。
つらそうに答える彼女の言葉に、薫は気恥ずかしさと愛おしさを感じ、
「拒まれるままの馬鹿者に甘んじるのも、あなたを愛しているからこそ…」
とそれまで力を込めて押さえていた大君の袖を放したのでした。
薫の親友・匂の宮と大君の妹・中の君の結婚
夜明けの鐘が響きます。薫は一睡もできませんでした。
遅めに起きてきた匂の宮の満足げな表情を、薫はいまいましく眺めました。
薫の思惑は外れましたが、匂の宮は厳しい監視の中、嵐も押して中の君の元に三日間通いました。
当時は、男が女の所に三夜通うことで結婚が成立します。
大君にとっては不本意な結果となりましたが、中の君の親代わりとして、匂の宮を婿に迎える準備にいそしむのでした。
ところが匂の宮が都に帰ると、勝手な外出はすでに母親(明石の中宮)の知るところとなり、監視がさらに厳しくなってしまいました。
中の君へは手紙だけを送る日々になります。
匂の宮としては、中の君を侍女扱いではなく厚遇したいと真剣に考えていますが、宇治の姉妹は”やはり移り気な人だったのでは…”と不安をつのらせます。
責任を感じた薫は、匂の宮を自分の車に乗せてこっそりと宇治へ連れ出しました。
しかし、この次に会えるのは、いつになるか分かりません。姫たちの嘆きは深まるばかりでした。
薫と大君を追い詰める「惑業苦」の輪
こんな薫の行動を見ると、「惑業苦」という言葉を思い出します。
「惑」とは惑い。うまくいかずに迷ったり、焦ったりしている心の状態です。
「業」とは、その惑いから起こす悪い行い。悪い行為から悪果が現れて「苦」しみます。
最初は小さな惑いであったが、巡りめぐってさらに大きな惑いを生み、次の悪い行いを造る。
車輪が回るように、惑・業・苦を繰り返して、苦しみがどんどん深まっていく。
一度この輪が回り始めると、なかなか抜け出すことはできません。
大君と結ばれたら自分の心は救われる、と彼女を求めるあまり、部屋に押し入り、拒まれて苦しむ。
また押し入って拒まれる。
ついには匂の宮まで動かしたことで、かえって大君に拒絶され、苦悩は深まっていくばかり。
この事態を打開しようと、薫はこのあとも更なる行動を起こしますが、動けば動くほど、最愛の大君を心身ともに極限まで追い詰めていくことになるのです。
*******
- 明石の中宮~光源氏の娘。「中宮」は帝の妃のトップ
源氏物語全体のあらすじはこちら
源氏物語の全体像が知りたいという方は、こちらの記事をお読みください。
前の記事を読む 次の記事を読む これまでの連載はコチラ
話題の古典、『歎異抄』
先の見えない今、「本当に大切なものって、一体何?」という誰もがぶつかる疑問にヒントをくれる古典として、『歎異抄』が注目を集めています。
令和3年12月に発売した入門書、『歎異抄ってなんだろう』は、たちまち話題の本に。
ロングセラー『歎異抄をひらく』と合わせて、読者の皆さんから、「心が軽くなった」「生きる力が湧いてきた」という声が続々と届いています!