心理学の新しい分野の1つが「ポジティブ心理学」です。
ポジティブ心理学は「幸福」に関して研究している学問です。幸福感を高めることで、前向きな行動へとつながり、仕事・人間関係もうまくいき、より幸福な生活を実現できるといわれています。
ではどうすれば幸福感を高めることができるのか、
過剰なネガティブ感情にとらわれることなく、気持ちをコントロールできるのか、
苦しみに直面したときに、いかにそこからすばやく、力強く成長することができるのか、
といったこともまた、具体的に教えられています。
前回は、苦境に立ったときこそソーシャル(人とのつながり)に投資をすることで、重圧やストレスが緩和し、活力がみなぎり、困難も乗り越えて自己成長も可能になることをお話しました。
前回の記事はこちら
今回は、何事に取り組むにもそれらを成し遂げるために必要な、また重圧に押しつぶされて無力感に陥ることを防ぐ「自己効力感(=コントロール感覚)」の持ち方についてお話ししていきます。
最良の結果をもたらす自己効力感(=コントロール感覚)の恩恵
自己効力感(=コントロール感覚)は、
「自分の行動がものごとを変えられる」
「目標を達成する力が自分にはある」
「自分の将来は自分で決められる」
という確信をいいます。
自己効力感・コントロール感覚があれば、ものごとに前向きに取り組み、自制心を保ち、ゴールに向かって着実に進むことができます。
実際に、コントロール感が高い人、「自分が自身の運命の主人である」という感覚のある人は
- 学校での成績も良い
- 職業においても成功する
- 家庭や職場での幸福度も高い
ことがわかっています。
コントロール感覚を高めやすいマインドセット、やる気を失いやすいマインドセット
コントロール感覚に関わるマインドセット(=ものごとの捉え方、考え方)に「内的統制感」「外的統制感」の2つがあります。
「内的統制感」は、「自分自身の行動が結果に直接作用する」という信念のことです。
自分の起こす行動で結果は変わる、という考え方のことですね。
反対に「外的統制感」とは、「日々の出来事は外部の力によって支配されている」という考えをいいます。
自分の力ではどうにもならない、こんな結果が起きるのは自分以外のものによるのだ、という考え方ですね。
この2つのうち、「内的統制感」のある人は、あらゆる状況に適応しやすく、最良の結果が得られる、といわれています。
たとえば、職場での昇進を望みながらも、それが叶わなかったとします。あなたはその結果をどのように受け止め、その後はどんな行動を取るでしょうか。
外部の力によって結果は支配されているという「外的統制感」の強い人であれば、「うちの会社は能力を見る目がない。何をやったところでダメだ」と捉えるでしょう。
すると、やる気を失ってしまい、無力感に陥る可能性がありますね。
対して、自分の行動で結果は変わると考える「内的統制感」のある人は、自分の不十分だったところを探し、改善しようとするでしょう。
改善点がわかればやる気も高まって努力し、着実に昇進に近づいていけますね。
「内的統制感」のある人はコントロール感覚も高まりやすく、その恩恵を十分に受けることができるのです。
状況が悪くなれば、コントロール感覚は真っ先に失われてしまう
ものごとの取り組みとその達成に欠かせないコントロール感覚。
しかし、ものすごい勢いでやるべきことがたまっていくと、コントロール感覚は真っ先に失われてしまうのです。
コントロール感覚が失われると「自分はもうダメだ。何事も成し遂げることができない」と思い、やがては無力感にさいなまれ、何もかも嫌になり、投げ出してしまいかねないのです。
コントロール感覚の欠如は、「情動のハイジャック」という現象によって起こるといわれています。
状況が悪化し、やるべきことが急激に増え、強いストレスを感じると、脳の中の「本能的な行動を起こす部分」が「考えてから行動を起こす部分」から主導権を奪います。
すると、冷静さを失い、後先考えずに行動したり、あるいはその場から逃げ出したくなったりしてしまうのです(これが「情動のハイジャック」状態です)。
「情動のハイジャック」が起こると、
- 職場の同僚や家族へ暴言を浴びせる
- 絶望感に打ちのめされる
- 気力もやる気も完全に失う
などの問題が生じてしまいます。仕事でいえば決断能力や生産性、効率が急降下してしまうのですね。
また情動のハイジャックは本人だけでなく、チーム全体にも大きな悪影響が及ぼされます。
ある大企業を対象に行なった調査によると、仕事のプレッシャーが一番大きいマネージャーの率いるチームは、業績も収益も最も低かったことがわかりました。
家庭のことで考えれば、家族の雰囲気に悪い影響を与えてしまうでしょう。
コントロール感覚を取り戻すには?ポイントは“円を次第に広げる”イメージ
では「情動のハイジャック」を防ぎ、コントロール感覚を取り戻して、適切な判断・生産性の向上・豊かな人間関係の構築につなげるには、どうすればいいのでしょうか。
ポジティブ心理学者のショーン・エイカー氏は、
- やるべきことがどれだけ増えようとも、一度にやろうとせず、努力する範囲を狭めること
- まず達成しやすい目標に努力を集中させ、意図した通りの効果アップを確認すること
を勧められています。
イメージとして、
小さな円を描き、その円のなかのことに努力を集中させる、
そして、そこで十分な効果が感じられたら次第に円を広げていく
というものですね。
円を次第に広げていくというイメージを持ちながら、以下のステップを踏んでいってください。
ステップ① 一番小さな円(自己認識)に注目する
コントロール感覚を回復させる第一歩、一番小さな円は「自己認識」の円といわれています。
いまの自分の気持ち・考えを紙に書き出したり、信頼できる友人や同僚に話したりして、いまの状況を言葉で表現することで、落ち込んだ状態から早く回復し、冷静さを取り戻すことができるのです。
ステップ② コントロールできる部分とできない部分を見極める
自己認識ができた後は、問題となっていることを紙にでもパソコンのエクセルにでも書き出します。
そして、その問題の中で自分がコントロールできるものと、できないものとに分別するのです。
その後で、コントロール可能なものの中から、すぐに達成できそうな1つを特定し、そこに努力とエネルギーを集中させましょう。
そうすれば効力感が得られて、さらにやるべきことの範囲を広げていけるのです。
自己効力感の研究で知られるスタンフォード大学の心理学研究者 アルバート・バンデューラ氏は、自己効力感が持てるようになる有力な方法として、「大きな最終目標につながる小さな目標を達成することで、何かを習得する経験を積んでいく」ことを挙げられています。
努力の範囲を狭め、小さな円を征服することは私たちに大きな力をもたらし、さらなる大きな目標達成への原動力となるのですね。
1400通以上のメールであふれかえった受信トレイ問題の解決法とは?
具体的な例として、先のエイカー氏が、ある大手メーカーの管理職(Aさんとします)にコンサルタントをしたときのことが挙げられていました。
Aさんは、重要なプロジェクトで手いっぱいだった2ヶ月間、受信トレイのメールを放置していたため、1400通を超えるメールがたまっていたのです。
受信トレイのことを考えるだけで恐怖がこみ上げてくるほど、Aさんはコントロール感覚をほぼ完全に失い、「情動のハイジャック」状態に陥っていました。
こういうときこそ、まず小さな円に注目し、次第に円を広げていくべきなのです。
はじめにエイカー氏はAさんに、コントロール感覚を取り戻す1歩である「自己認識」を進めました。
気持ち・考えを紙に書き出し、状況を客観視し、冷静さな状態へと移行させます。
その次に取る行動が重要です。
一度にすべてのメールに目を通して処理することは不可能であり、それをしようとすれば自己認識で取り戻した冷静さがまた失われ、無力感に浸りかねません。
そのため次に勧めたのが、昨日までのメールは全部無視し、新しいメールをすぐに処理することです。これによって徐々にコントロール感覚が取り戻されていきました。
それから「その日のメール+一日分の古いメールの処理」ができるようになり、時間の経過とともに円が拡大していき、Aさんは苦境から脱することができたのでした。
一度に全部をやろうとするのは逆に生産性を落としてしまいます。大き過ぎる円を描いていないかに注意しましょう。
- 100通のメールを処理する→新しく届いた5通を処理する
- 本をまるまる1冊読む→まずは10ページを読む
- マラソン大会出場のため、1日10㌔走る→まずは1㌔走ってみる
など、大目標は小目標を切り分けて、1つ1つを着実に達成し、自己効力感を養っていただければと思います。
まとめ
- 「自分の行動で、ものごとを変えられる」という感覚が自己効力感(コントロール感覚)です。自己効力感が高い人は学校での成績も職場での業績も良く、幸福度の高いことがわかっています
- やるべきことがたまっていくと、コントロール感覚が失われ、「情動のハイジャック」状態に陥ってしまいます。そうなれば周囲に暴言を吐いたり、気力を完全に失ったりしかねません
- コントロール感覚を取り戻すには、やるべきすべてのことを一度にやろうとせず、努力する範囲を狭めること、小さな円を描き、そこに努力を集中させ、次第に円を広げるイメージを持つことです。具体的には2つのステップが勧められています
- 一番小さな円(自己認識-いまの自分の気持ち・考えを言葉で表現する)に注目する
- コントロールできる部分とできない部分を見極める
【参考文献】
『幸福優位 7つの法則』(ショーン・エイカー著 徳間書店)
『実践版GRIT やり抜く力を手に入れる』(キャロライン・アダムス・ミラー著 すばる舎)