不当な遺言書が書かれた場合の対処法とは?
これまで、終活について続けて書いてきました。
終活で重要なウエートを占めるのが、遺言書です。
子どもたちに遺産を遺す際には、遺言書についての正しい知識を持つことが必要でしょう。
遺言書の重要性については、これまでの連載でも書いてきましたので、ぜひそちらもご覧いただければと思います。
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今回は不当な遺言書が書かれた場合、どう対処すればよいのかについて実例を元に解説します。
戦後の貧しい生活を生き抜いた夫婦
富山太郎さんはやり手の金融業者で、1人で起業し一代で4億の資産を築きました。
太郎さんの妻として終始一貫して支えて来たのが玉子さんでした。
結婚したのは太平洋戦争末期のことです。
当時ほとんどの人は苦しい生活を強いられていましたが、台湾出身の2人にとっては特に厳しい毎日でした。
結婚当初の住まいは、ワラ葺きで仕切りにはムシロがあるだけの家。
玉子さんは飯場の飯炊きの仕事をして、生計を立てていました。
しばらくして引っ越したのは、それまでよりはましでしたが、電気も水道もない2畳の掘立小屋です。
夫は機械製造会社の工場で働くようになりました。
玉子さんは引き続き、飯場の飯炊きの仕事をしていました。
家にお金を入れてくれない夫…。へそくりでやりくりする日々
やがて戦争が終わって世の中が激変し、夫・太郎さんは仕事を求めて関西方面に出稼ぎに行きます。
その間玉子さんは知人の勧めで密造酒の販売を始めました。
ある町で作られていた密造酒を買って、地元まで電車で運び販売するのです。いわゆる行商でした。
夫が出稼ぎから帰った後は、この仕事を夫が引き継いでくれました。
夫はやり手ではありましたが、自己中心的で気に入らないことがあると暴力を振るうようなところがある人でした。
仕事で稼いだお金も家には入れず、自分で管理するようになってしまったのです。
そこで玉子さんはへそくりをして、何とかやり繰りしていました。
また、空いた時間に編み物をして、手間賃を貰って生活の足しにしました。
そうして、30年間編み物の仕事を続けたのです。
その後夫は、それまでの稼ぎを元手にしてヤミ米の販売業を始めました。
夫が仕入をし、玉子さんは夫が仕入れたものを担いで町に行って販売したのです。
更に太郎さんは、築いた資産を生かして金融業をするようになって、相当の資産を築くことに成功しました。
夫を支え、4人の子どもを育てた末に
その傍ら玉子さんは、男ばかり4人の子どもを出産し、家事と育児を一手に引き受けたのです。
子どもが小さいうちは、おんぶしながら米の配達をしました。
夫が金融業を始めてからは、パチンコ等で家を空けることが多くなります。
そのため育児の傍ら返済金を受け取ったり、手形や小切手を持ち込んで来る人には、月5分の計算で利息を割り引いてお金を渡したりして仕事を手伝いました。
このように生計を立てた結果、4人の子どもはそれぞれ立派に成長したのです。
ところが4人のうち長男だけは、玉子さんとそりが合わず対立することが多くなっていきました。
やがて年月が流れ、太郎さんは介護が必要な状態になります。
質素な暮らしをしながら玉子さんは太郎さんの介護に尽くしていました。
ところがやがて太郎さんは、家を出て行ってしまったのです。
長男が連れて行ったことが後で分かりました。
以後数年間、太郎さんとは連絡が取れにくい状態が続き、数年後にある介護施設にて息を引き取ったのです。
遺産はすべて子どもたちに?不当な遺言書の発覚
太郎さんの葬儀が終わって間もないころ、長男から父の公正証書遺言書がある旨知らされました。
誰も聞いていなかったことでした。
確認すると、遺産の9割を長男に相続させ、残りを二男、三男及び四男に相続させる、という内容です。
玉子さんの取り分は全く書かれていません。
玉子さんには到底納得できる遺言ではなかったため、早速弁護士に相談しました。
すると、遺留分の権利があるので行使したらよいとアドバイスされたのです。
遺留分というのは、遺産相続の際配偶者と直系血族に認められている権利で、法定相続分の半分を保証するものです。
妻の法定相続分は遺産の2分の1ですから、更にその半分は取得できる、ということです。
本件ですと、4分の1です(遺産が4億ですと、ちょうど1億円ということになります)。
遺留分減殺請求は権利行使をするのに期間制限があり、遺留分侵害を知った時から1年以内となっています(※1)。
そしてまた、期限を守ったことを証明するために、内容証明郵便で送るのが適切です。
以下に文例を紹介します(※2)。
細かい経過や思いなどを書く必要はありません。
遺留分の権利を行使する旨の意思表示がなされていればそれで十分です。
遺留分制度について、詳しくは当職の所属する兼六法律事務所のHPをご参照下さい。
https://kenroku.net/iryubun/
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- ※1 遺留分減殺請求については、相続法の改正により、平成31年4月からは遺留分侵害額請求というように言葉が若干変わりましたが、内容には大きな違いはありません。
- ※2 「貴殿は、被相続人富山太郎氏から遺言書により多大の遺産を取得しております。これにより私は、遺留分を侵害されてしまいました。よってここに、遺留分侵害額を請求いたします。令和2年5月1日 富山玉子」
遺留分によって得られる遺産もある
こうして、玉子さんは遺留分減殺請求をしましたが、長男は無視をし、ほおかむり状態でした。
このまま放置しても進展はありませんから、玉子さんは再度弁護士に相談の上、遺留分侵害額を請求する調停を起こしました。
しかしそれでも長男は応じる気配が全くないため、やむを得ず地方裁判所に遺留分の侵害額を請求する訴訟を起こしたのです。
その結果、1億円近くの支払いをさせる和解が成立しました。
玉子さんは最初に相談に来られた時、
「結婚した時からまともな住まいをする所もなく、飯場の飯炊きとして朝早くから夜遅くまで働きました。
ヤミ米の販売をしていた時は子どもを背中におぶって配達しながら育て、家事をこなし、身を粉にして働いてきたのです。
夫は酒癖が悪く暴力や浮気の癖もあり、精神的肉体的苦痛は耐えがたいものがありました。
子ども達も一人前になれるよう懸命に育てて来たのに、私の人生何だったのか、と思うと辛いです」
と言っておられました。
しかし時間はかかりましたが、最後には遺産を受け取ることができ、ようやく玉子さんのこれまでの苦労も報われたのです。
私も最後に笑顔を見ることができて、本当によかったな、と感慨ひとしおでした。
(なお、紹介した事例は実際にあった話を元にしておりますが、プライバシー保護のため、個人が特定できないように改変しておりますのでご了承下さい)
まとめ
遺言書の中に自分の名前が入っていなかったとしても、遺産をもらう道はあります。
配偶者と直系血族には遺留分という権利があるからです。
遺留分によって法定相続分の半分が保証されていますから、請求をすれば遺産を相続できるのです。
相続の際には、遺留分という権利があることを知って、適切に対処していただければと思います。
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