こんにちは。国語教師の常田です。
どんなに苦しくても生きねばならないという、確固たる信念を持つ人は、驚くべき生命力を発揮します。
一方、生きねばならない理由を持たない人はどうなるか、考えさせられますね。
今回も続けて、総角(あげまき)の巻を解説します。
生きがいを見失い、男性不信となった大君
幼くして母を亡くし、乳母たちにも見捨てられた大君は、父の愛情だけを支えに成長しました。
その父も他界した今、彼女の生きがいは、妹の幸せ一つでした。
誠実な薫と中の君が幸せな結婚をしてくれれば、自分は後見になってそれで満足だったはずでした…。
どこで歯車が狂ったのか、妹は”浮気者”と悪評の高い男と結ばれ、しかもその男はめったに訪ねてこない。
大君はすっかり男性不信になり、生きる気力をなくしてしまいました。
大君の異様な態度に胸騒ぎを覚える薫
大君が病に伏したと聞きつけ、薫が見舞いに訪れました。紅葉狩りの際の事情を説明し、彼女を慰めます。
匂の宮は中の君を大切にしたいと真剣に悩んでいるのですが、そんなことを知る由もない大君は、「妹が不憫で」と泣くばかりです。
薫はいたたまれぬ気持ちでした。
夜になると、大君は一層苦しむため、彼女の世話をしっかりするよう、薫は周囲に指図します。
大君は「いっそこのまま死んで、お父様の元へ…」と思いながらも、薫が「長生きしてほしい」と願ってくれている気持ちもうれしく思います。
翌朝、大君はかすかな声で「いつになく苦しくて…」と薫を近くまで優しく招き入れました。
これまで男を遠ざけていた大君の、あまりに違う態度に、薫はかえって胸騒ぎがするのでした。
匂の宮の縁談話に落胆する大君
薫が帰京したあとのこと。
ある女房が、薫の供人(ともびと)から聞いた都のうわさ話を得意気に話しているのが、大君の耳に入ってきました。
「匂の宮様は気が進まないようだけど、夕霧様のたっての希望で、年内には結婚するそうよ」
それは、匂の宮と夕霧の娘の縁談話でした。
「やっぱりそうだったんだわ!妹(中の君)は、身分の高い正妻が決まるまでの一時の慰みだったのよ。薫の君の手前、口先では心底愛していると言っていたけれど、これでもうおしまいね」
大君には、匂の宮を恨む気力さえ、もうなくなっていました。
匂の宮を信じる中の君と孤独な大君、離れる姉妹の心
その夜、匂の宮から手紙が届きました。
「涙でこうも袖がぬれることは、今までになかったことです」
彼のこんな言葉も、もはや大君には耳慣れた常套句としか受け止められないのです。
一方、中の君は、結婚三日目の朝に匂の宮が残した”逢えぬ時が続いても、私の愛を信じてほしい”という言葉を忘れられません。
そして、このまま二人の間が終わるはずはない、と思い直していました。
いつも寄り添い、支え合って生きてきた姉妹でしたが、ここに来て二人の心は全く違う方向へと離れていくようです。
孤独な大君の唯一の生きがいも、だんだんと崩れていきます。
この世のどんな希望が奪われても生きねばならない理由を持たない彼女は、絶望から、ますます死を願うようになっていきました。
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- 夕霧:光源氏の長男で政界の重鎮である。50歳
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