幸福について研究している、比較的新しい分野の心理学が「ポジティブ心理学」です。
いまより幸せになることで、さまざまな能力が発揮され、仕事も家庭生活もうまくいき、より幸福な生活を送られることが、ポジティブ心理学の研究・調査で示されています。
では過剰なネガティブ感情をコントロールし、より幸福になるにはどうすればいいかについて、前回は、幸福になる鍵はソーシャルへの投資(周囲のつながりの強化、信頼関係の構築)にあることをお話ししました。
前回の記事はこちら
今回は、マインドセットをポジティブにして幸福感を高める方法をご紹介していきます。
マインドセットを変えれば若返りさえする!?
マインドセットとは、物事の見方・考え方です。このマインドセットによって現実が形作られていく、といわれています。
つまりマインドセットを変えれば、現実もまた変化していくのです。
「そんな、単に見方を変えたところで、現実は何も変わらないのではないか」
「気休めに過ぎない」
と思われるかもしれませんが、マインドセットがポジティブに変わると、身体の反応も変わって健康になり、若返ることさえあることが実験で明らかになっているのです。
それはハーバード大学 心理学教授のエレン・ランガー氏の実験です。
それは75歳の男性のグループに、1週間、合宿所で過ごしてもらうというものです。男性たちには「これから1週間、いまが1959年であると思ってください」と案内されました(実験した年は1979年)。
「今は1959年だ」というマインドセットを強化するために、当時の服が用意され、全員にその人の50代頃の写真つき身分証明カードが配られたり、その時代に起きたことを話すように指示されたりしました。
1週間後、実験参加者の心身の状態をみるテストを受けてもらったところ、実験前と比べ、体力・姿勢・視力・認知能力・短期記憶で改善が見られたのです。
健康状態だけではなく、さらに外見さえも変わりました。実験後には平均して3歳若く見られることがわかったのです。
まるで20年前であるかのようにふるまい、過ごすことによって、実際に身体にポジティブな変化が生じたことがわかりますね。
マインドセットを変えると若返る理由-期待効果-
なぜマインドセットを変えることで、このような変化がもたらされるのでしょうか。
神経科学では「期待効果」という言葉で説明されています。期待効果とは、「私たちが次に起こるだろうと予測することに、脳が反応するようにできている」ことをいいます。
「こうなるだろう」と期待を抱くことで、脳がそれに反応し、身体的な変化も生じさせるのですね。
先で紹介したエレン・ランガー氏の若返りを図った実験でいえば、20年前を演出し「いまは50代のときの自分だ」という思いを持ったことで、脳がその思いに反応して心身の状態を変化させ、見た目さえも変わったといえるのです。
マインドセットを変えると体重も減る?「期待効果」がもたらす変化
マインドセットの劇的な力がわかる実験をもう1つ、ご紹介します。
コロンビア大学ビジネススクールの心理学者 アリア・クラム氏が、全米の7つのホテルで働いている女性客室係を対象に、マインドセットに関する実験を行いました。
4つのホテルでクラム氏は、客室係の業務は立派な運動になることを示すポスターを作成して、それを客室係の休憩室に貼り、
加えて実験参加者に15分間のプレゼンテーションを行い、ポスターに掲載した情報を詳しく伝え、日常の仕事は健康効果が期待できることを説明しました。
※実際に客室係の業務の運動量は多く、ウェイトリフティングや水中エアロビクスに匹敵するほどといわれています)
残り3つのホテルではポスターを貼ったり、プレゼンテーションをしたりはしませんでした。
4週間後に客室係の体の状態をチェックしたところ、「客室係の業務はいい運動になる」と告げられた人たちは、体重と体脂肪が減少し、血圧も下がっていたのです(何も行わなかった客室係にはそのような健康効果は見られませんでした)。
業務の内容は普段とまったく変わっていません。変化したのは「自分は健康効果のある運動をしている」と思うようになった点だけだったのです。
この実験からも、「自分の業務には健康効果がある」という期待を持つこと、ポジティブなマインドセットを持つことで、それに脳が反応し、健康状態によい影響を与えたことがわかります。
このマインドセットによる変化の理由は、期待効果だけではありません。「マインドセット効果」による変化はより大きいとされています。
こうしてポジティブな変化が起こる!“マインドセット効果”のメカニズム
マインドセット効果を理解されるために知っていただきたいのが、アメリカで行われた大規模な疫学研究の内容です。
それは、18歳から49歳までの成人を対象に、年齢を重ねることに対してどのような考えか方を持っているのか(年齢を重ねることを悲観的に捉えているか、あるいはポジティブに考えているのか)を聞き、その後、38年間にわたって追跡調査を実施したものです。
この調査の結果、年齢を重ねることを最もポジティブにとらえていた人たちは、心臓発作のリスクが80%も低かったとわかりました。
年をとることについての考え方が、何十年後の心臓発作の発症率や身体障害や死亡リスクに影響してくるのはなぜなのでしょうか。
それは、健康のための活動をするかしないかに関わってくるからです。
年をとることをネガティブにとらえている人たちは、年齢とともに健康状態が悪化するのは避けられないと考えているため、将来の健康のために時間やエネルギーをあまり使おうとしません。
それに対して、年齢を重ねることをポジティブにとらえている人たちは、定期的に運動をしたり、医師のアドバイスに従ったりするなど、健康によいことを積極的に行います。
そのために加齢をポジティブにとらえている人たちは、心臓発作の発症率や死亡リスクが低く、健康な人の割合が多かったのですね。
このように、マインドセットをポジティブにすることで、その後の選択や行動もポジティブなものになるため、結果的にものごとがうまくいったり、健康になったり、幸福感が得られたりすることが、マインドセット効果です。
さらにこのマインドセットの素晴らしいところは、たった1度の短時間で終える介入でも、人々の考え方は変えられ、大きな効果(健康状態や意志力の改善、人生への満足度の上昇など)がもたらされることです。
これまでに
「若返ったと思って過ごすと、本当に健康になって見た目も変わる」
「自分のやっている運動は健康効果が期待できる」
「年齢を重ねていくことにも素晴らしい面がある」
というマインドセットは、実際に身体的によい影響をもたらすことをご紹介しました。
このような、良い変化が生じるマインドセットを知られたら、どこかに書き残し、時折でも見るようにしてみください。やがては選択・行動も変化して、結果も変わってくるでしょう。
やる気が湧き、毎日を充実させるには?「意味」を見出して幸福感を高める方法
最後に、日々の取り組みに関するマインドセットを変えて、幸福感を高める方法を紹介します。
仕事でも家庭生活でも、普段、やりたくもないけれど仕方ないからやっている、義務でしていることはないでしょうか。
何もかもが義務的になっている領域があるかもしれません。
そのような思いで取り組んでいれば、楽しみも喜びも感じられず、モチベーションも下がっていきますね。
そんなときには、義務と思っていることのなかに「意味」を見つける努力をすべき、と勧められています。
仕事に関していえば、その人が自分の仕事をどう見るかによって、仕事に対する意欲・成功・エネルギー・ポテンシャルはすべて決まってくる、といわれています。
自分の仕事を「単なる勤め」として見ていれば、義務感が生じ、やる気も落ちてしまいますが、自分の仕事を「適職」と見れば、仕事にも楽しみ・喜びが見出だせて意欲が向上し、幸福感も高まるのです。
例として、小学校で働く2人の用務員さんのことが挙げられていました。
一方は汚れた教室のことを考えてうんざりしているのに対し、もう一方は「自分は、子供たちのための清潔で健全な環境づくりに貢献している」と考えています。
すると、毎日同じ仕事をしていても、仕事への満足度、充実感、仕事の完成度はまるで違っていきますね。
そこで、日々やっていることに対して、以下のような問いかけをして、そこに意味を見出していただければと思います。
マインドセットがポジティブなものに変われば、より大きな充実感、幸福感を得ることができるでしょう。
「自分の仕事は人々の暮らしをよくすることにどう役立っているだろうか?」
「自分とのやり取りで誰かの1日が明るくなるような瞬間はいつか?」
解答例:
(教師の場合)次世代の親やリーダーを育てる仕事をしています
(公共施設の清掃員の場合)環境を守り、未来の世代も自然に親しめるようにしています
自分の取り組みが誰かの助けとなっている、世の中へ貢献している、誰かの明るい一日につながっていると思えれば、効力感が高まり、幸せを感じ、より積極的に行動を起こそうという気持ちになりますね。
マインドセットをポジティブにできるこのやり方をぜひ習慣化していただければと思います。
まとめ
- マインドセットとは物事の考え方・見方のことであり、マインドセットをポジティブにする(自分は実年齢よりも若くて健康だ、この運動には健康に効果があると考える)ことで、実際に心身に良い変化が起きることがわかっています
- マインドセットをポジティブに変えることで実際に変化が生じるのは、期待に応えようと脳が反応する「期待効果」、また考え方を変えることでその後の選択や行動も変わり、結果も変わる「マインドセット効果」によるといわれています
- たった一度の短時間のマインドセット介入でも、長期にわたってポジティブな結果が得られることもわかっています。前向きな考え方はメモして、時折見るようにすることがおすすめです
- 日々行っていることに「意味」を見出す(自分のやっていることはあの人の役に立っている、世の中に貢献しているを見る)ことで、意欲が高まり、より大きな充実感・幸福感を得ることができるのです
【参考文献】
『幸福優位 7つの法則』(ショーン・エイカー著 徳間書店)
『潜在能力を最高に引き出す法: ビッグ・ポテンシャル』(ショーン・エイカー著 徳間書店)
『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』(ケリー・マクゴニガル著 大和書房)