こんにちは。国語教師の常田です。
大君と薫、実は相思相愛で、互いにかけがえのない存在だったのです…。
それなのに、結ばれないのですね。
今回も続けて、総角(あげまき)の巻を解説します。
「仏道一筋求めたい」大君の最後の望み
大君は、生きる最後の望みとして、
「出家して、仏道一筋求めたい」との意向を妹・中の君に伝えました。
病床に伏せる中で、後生が気になっていたのでしょう。
ところが、女房たちが
「薫の君がどれほど落胆されることか」と猛反対。
出家して男女の関係が持てないとなれば、薫という経済的な後ろ楯を失い、自分たちの生活が再び窮乏に陥ってしまう。
それは何としても避けたいというのが、女房たちの本音でした。
こうして、仏門に入るという大君の最後の望みも、あっさりと絶たれてしまったのです。
そばに寄り添い、額に手を当て──。
男性がそこまで女性の看病をすれば、もはや夫婦も同然です。
それなのに何の因果か、こんなに愛する人と結ばれずに終わるのか、と薫は苦しみます。
薫への秘めた想いを明かす大君
一方の大君も、本当は薫を心から愛していました。
だからこそ「彼に幻滅されたくない」という思いが強く、素直になれなかったのです。
「この世は無常、移ろいやすきは心」と知るゆえに、薫の心変わりを最も恐れたのでしょう。
何度も彼の求愛を拒んだのも、なまじ結婚して”大した女ではなかった”と失望されるくらいなら、親しく語り合う今の関係のままでずっといたい、と思ったからでした。
今、朦朧とする意識の中でも大君は、最期まで薫に醜い印象を与えたくない一心で、顔を袖で隠しています。
そして、
「少しでも気分のましな時があれば、あなたに申し上げたいこともあるのですが、このまま消え入りそうで、心残りでございます…」と秘めてきた想いを初めて明かしました。
彼女の前で心細い表情を見せまいとしていた薫も、これにはこらえ切れず、嗚咽を漏らします。
大君の唯一の気掛かりは、妹・中の君です。
大君は顔を隠していた袖をずらし、薫をじっと見つめて、苦しい息で切々と訴えます。
「これからはどうか妹を大切に思ってください」
「私はどうしてもあなた以外の女性に心を向けることはできませんでした。しかし、妹君のことは決して案じなさいますな」
薫の言葉に安心して緊張が緩んだのか、大君は間もなく激しい苦しみに襲われました。
大君との永遠の別れに苦しむ薫
どれほどの時間がたったでしょう。
冬に草木が枯れるように、大君は短い生涯を閉じました。
中の君は正気を失い、取り乱しています。
薫も夢を見ているようで、いまだに信じられません。
灯火を近づけ、大君の顔をしみじみ眺めると、まるで眠っているようにしか見えません。
大君の乱れた髪を女房が櫛でとかせば、辺りにさっと芳香が漂うのも、生前そのままでした。
蝉の脱け殻のように、大君の亡骸をいつまでもそばに置いておけたらと思いますが、そうもいかず、葬送の準備を進めます。
荼毘(だび)の煙が空に昇るさまは頼りなげで、あっけなく終わりました。
薫は宙を歩くような心地で呆然とするばかりでした。
その姿は、かつて最愛の妻・紫の上を亡くした時の父・光源氏を彷彿とさせました。
初めて真剣に恋した女性の激しい無常に接し、「これも仏さまのご方便だろうか」と薫は打ちひしがれます。
そもそも、彼が宇治に通い始めたのは、八の宮(大君の父)から仏法を深く学ぶためでした。
いつのまにか大君への恋路に惑っていった薫を、仏さまが、
「まだ分からぬのか、この世は無常であるぞ。早く真剣に仏法を聞き求めよ」と導かれているように感じます。
愛するものと永遠に別れる苦悩に沈む薫は、はたしてこれからどこに向かって生きていくのでしょうか。
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