日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #44

  1. 人生

思わず共感する『枕草子』に書かれた嫌なこと 〜にくき物(枕草子 第25段)

清少納言が「蚊」を書くと……

残暑が続いておりますが、朝晩は少しずつ、秋の気配も感じられるようになりました。
こういう自然の微妙な変化、人の心の機微など、『枕草子』には率直に書かれていることに驚きます。
例えば、夏の夜に悩まされる「蚊」の音。
『こころきらきら枕草子』を編集していて、木村耕一さんの意訳に、思わず笑ってしまいました。
こんな意訳です。

(意訳)
眠くて横になったのに、一匹の蚊が「ブーン」と寂しそうに名乗りをあげ、顔の周りを飛び回るのには参ります。

そうなんですよ。足元のほうを飛んでくれれば、「ブーン」という飛ぶ音も、気にならないのですが、なぜか、顔の周りを飛び回るんですよね。
そうか、それは寂しいから、気づいてほしくて、顔の周りを飛ぶのかもしれません。

(意訳)
それが、音だけでなく、あの小さな羽が起こす風までも肌に感じるのが、まことに、憎らしいのです。

清少納言さんの、ひといちばいの敏感さに脱帽です。
音だけではなく、蚊の羽が起こす風までも、肌に感じていたとは……。

その敏感な感性で、清少納言さんが感じる、嫌なことって何ですか?

嫌なことが多いですよね。こんなこと感じるのは、私だけかな

(意訳)
にくらしいもの。

急ぐ用事のある時にやってきて、長々と話を続ける人。
「また、後で来てね」と気軽に追い返せる人ならいいのですが、こちらが気を遣わなければならない人が来て、長居されると、「何て気の利かない人なんだ」と、憎らしくなります。

思わず共感する『枕草子』に書かれた嫌なこと 〜にくき物(枕草子 第25段)の画像1

これといって優れたところがないのに、にやにや笑いながら、何かを得意げにしゃべる人。聞いているのが、とても不快ですね。

酒を飲んで大声でわめき、口の周りをなで、杯を他の人に勧めている人。
無理やり「もっと飲め」と迫られた人は、よだれを垂らしながら断っています。立派で、身分の高い人が、こんなことをしているのを見てしまった時は、本当に嫌な思いがします。

思わず共感する『枕草子』に書かれた嫌なこと 〜にくき物(枕草子 第25段)の画像2

他人のことは、何でも、羨ましがり、自分のことは、嘆いて愚痴ばかりこぼしている人。
他人のことを、すぐ、あれこれ言い、ほんのちょっとのことでも知りたがり、聞きたがる人。こんな人は、尋ねられたことに答えないと、恨んだり、非難したりしてきます。
ほんの一部しか聞いていないことを、自分は、以前から知っていたかのように振る舞い、足りないところは、うまくつじつまを合わせて、他人に話す人。
このような人は、嫌ですね。なるべく近づきたくありません。

引き戸を、乱暴に開け閉めする人がいると、とても腹が立ちます。心持ち戸を持ち上げるようにして横へ引けば、音がしないはずです。

眠くて横になったのに、一匹の蚊が「ブーン」と寂しそうに名乗りをあげ、顔の周りを飛び回るのには参ります。それが、音だけでなく、あの小さな羽が起こす風までも肌に感じるのが、まことに、憎らしいのです。

思わず共感する『枕草子』に書かれた嫌なこと 〜にくき物(枕草子 第25段)の画像3

ギシギシと、きしむ音を立てて走る車に乗っている人。そんな車とすれ違うと、乗っている人は、耳が聞こえないのだろうかと、憎らしく思います。
自分が乗せてもらった車が、きしむ時も、嫌な思いがします。ふだんから、この車の手入れを怠っている持ち主のことまで、憎らしくなります。

何か話をしていると、横から出しゃばってきて、自分一人でしゃべりまくる人がいます。出しゃばりは、大人でも、子供でも、とても憎らしいものです。

思わず共感する『枕草子』に書かれた嫌なこと 〜にくき物(枕草子 第25段)の画像4

会いたくない人が来た時に、狸寝入りをしているのに、身近にいる人が、「何て寝坊なやつだ」という顔をして、わざわざ揺り起こしに来るなんて、本当に、憎らしい!

思わず共感する『枕草子』に書かれた嫌なこと 〜にくき物(枕草子 第25段)の画像5

新人のくせに、先輩を差しおいて、自分は何でも知っているかのような顔をして振る舞い、人に物を教えるような言い方をしているのは、とても聞いておれるものではありません。

自分が交際している男が、これまでに関係のあった女のことを話題にして褒めるのは、たとえ過去のことであっても、やはり、嫌な思いがします。
まして、今も関係している女のことであったら、それこそ、どんなに、憎らしいことでしょうか。
でも、場合によっては、それほど思わないこともありますけどね……。

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(『こころきらきら枕草子』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)

人や物を大切にする清少納言

木村耕一さん、ありがとうございました。
千年前のことなのに、今でも「あるある」と共感してしまいます。
面白いですね。

嫌なことを率直に書けるのは、それだけ「相手に嫌な思いをさせないように」と、心遣いをしていた清少納言だからこそ、と思わずにおれません。
「どんなことが嫌なのか」を知れば、相手を不快にさせないように配慮ができますね。

例えば、清少納言は、引き戸の開け閉めする音を、不快に思っています。今でも、騒音トラブルは多いですよね。
清少納言は、「心持ち戸を持ち上げるようにして横へ引けば、音がしないはずです」と、ちょっと怒りながらも、アドバイスしています。

また、車の音がギシギシと出ないように、まめに車の手入れをしていたことが伺えます。
物も大切に扱っていたんですね。素敵です。

「人や物を大切にする人は、また人や物に恵まれる」と言われます。
清少納言がキラキラしていたのは、こうした心がけがあったからなんだな、と知らされました。


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