こんにちは。国語教師の常田です。
かけがえのない人は一番の支え、いなくなれば誰かにその面影を投影せずにはいられない。
人間は弱い生き物ですよね。
今回は、早蕨(さわらび)の巻、宿木(やどりき)の巻のあらすじを解説します。
最愛の大君を亡くし、失意の薫
初めて本気で愛した大君を病で亡くし、薫はそのまま宇治の山荘に籠もってしまいます。
激しく降る雪や月光の映える川面を、ただ呆然と眺めて過ごしていました。
薫は、自身が母の不義密通の子と知り、”光源氏の息子として与えられる官位も名声も富も、全ては虚構だ。こんな自分が生きる意味は何なのか”と独り懊悩していました。
仏法を求めれば何かが分かると感じつつも、大君の愛を得れば幸せになれる、とのめり込んだのです。
しかし、惹かれ合いながらも、二人の思いはすれ違い、とうとう結ばれることはありませんでした。
夫婦なら喪服が着られたのに、と平服の身を嘆きながら、薫は大君の供養にいそしむのでした。
その薫が年の暮れに帰京し、大君の妹・中の君は、父も姉もいない正月を初めて迎え、時の流れを夢のように感じています。
亡き父の師・阿闍梨からは、新年の習いで蕨(わらび)や土筆(つくし)が届きました。
ひどい悪筆で武骨な文でしたが、心の込もっている様子が感じられ、涙がこぼれます。
中の君は次の歌を詠みました。
「この春は たれにか見せん なき人の かたみにつめる 峰のさわらび」
(この春は、亡き人の形見に摘んでくださった峰の早蕨を、誰に見せたらよいのでしょう)
この歌は「早蕨の巻」の巻名の由来になっています。
中の君は京へ
やがて、中の君は夫・匂の宮のいる京に移ることになりました。
転居の前日、薫は宇治を訪れ、大君をしのんで中の君と語らい、しみじみとした気持ちになります。
庭先には、かつて大君の愛でた紅梅が懐かしい風情に咲き、鴬が鳴いていました。
住み慣れた地を離れる不安でもの悲しそうな中の君の表情が、在りし日の大君と重なります。
“以前はそれほど似ているとは思わなかったのに…。
こんなことなら中の君を匂の宮に渡さず、大君の形見としてわが妻にすればよかった”
今更ながら身勝手な後悔をする薫でした。
京の二条院で暮らし始めた中の君を、後見人として時々訪ねる薫は、会うたびに亡き人に似てくる中の君に心引かれていきます。
その頃、匂の宮が母親の強い説得をしぶしぶ受け入れ、大臣の娘を正妻に迎えました。
中の君は高い身分の匂の宮の愛情は独占できるものではないとショックを受けました。
しかもすっかり新妻を気に入り、二条院からは足が遠のいていきます。
悲しみに沈む中の君は、「宇治に連れ帰ってほしい」と薫に懇願するほどでした。
大君に声まで似てきた中の君が、薫は愛おしくてならず、いよいよ慕情を抑えかねて彼女に迫ってしまいます。
が、すぐに懐妊の印である腹帯(ふくたい)に気づき、思いとどまりました。
中の君は匂の宮の子を身籠っていたのです。
忘れられない大君の面影
翌年、二十六歳になった薫は、帝の愛娘・女二の宮を妻に迎えました。
父親が薫を婿にと強く願っていたのです。
彼女は小柄で気品があり、これという欠点もありません。
妻として申し分ありませんが、彼女といても、中の君と話していても、いつも薫が見ていたのは大君の面影ばかりでした。
会うたびに、何かにつけ恋心を訴えてくる薫に困り果てていた中の君が、ある日、
「そういえば、ふと思い出したことが…」
と声をひそめて彼に告げたことがあります。
「腹違いの姉妹がいるなどと永らく知りませんでしたが、その女性が少し前不意に訪ねてきたのです。驚くほど姉君にそっくりでした」
薫は夢物語を聞いている心地でした。
「源氏物語」最後のヒロイン・浮舟
中の君の言う”異母妹”に、期せずして巡りあったのは、薫二十六歳の夏でした。
初瀬から京へ向かう一行と、宇治でたまたま同宿になったのです。
薫はそっと襖の穴からのぞき見ました。
「誰かに見られている気がします」
かすかに聞こえた声は気品があり、姿形がほっそりとしているところは大君を彷彿とさせました。
袖から出た腕もまろやかで魅力的です。
彼女が体の向きを変えると、横顔がはっきりと見えました。
目元や髪の生え際の辺りなど、大君その人としか思えません。
「生きていてくれたのですね…」
薫は今すぐ駆け寄りたい衝動にかられます。
この女性は、「浮舟」と呼ばれる『源氏物語』最後のヒロインです。
彼女には、これまでに登場した女性たちとは大きく異なる特徴がありました。次回からお話しします。
浮舟については、こちらの記事でもご紹介しています。
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- 阿闍梨:弟子の規範となり、法を教授する僧。
- 二条院:かつて光源氏が、最愛の妻・紫の上と暮らした邸。孫の匂の宮が譲り受けた。
- 大臣の娘:光源氏の長男・夕霧の娘。「六の君」と呼ばれる。
- 初瀬:奈良県の地名
- 宿木:巻名は「やどりきと思ひ出でずは 木のもとの旅寝もいかにさびしからまし」「荒れ果つる朽木のもとをやどりきと思ひおきけるほどのかなしさ」という和歌からきている。
源氏物語全体のあらすじはこちら
源氏物語の全体像が知りたいという方は、こちらの記事をお読みください。
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