前回までのあらすじ
運命をめぐる遥かなる物語の連載はコチラ最初の「貧しい国」は、全ての罪が金で購えるシステムにより、悪いことをし放題の「心の貧しい人たち」が巣食う国だった。
次の「科学の国」は物質や肉体の研究にのみ囚われ、「本当の私とは何か」を見失っていた。
3番目の「呪われた国」は、不幸はみな宿命とあきらめ原因を省みようとしない、その名のとおり不幸が連鎖する国。
そして次の「歓楽の国」では、ソラの幼馴染カレスが「人生は先の心配をせず、楽しむべきだ!」と主張していた。
自らの正義を貫くためには他の犠牲も厭わない、恐ろしい「正義の国」を後にしたトモとソラは、哲学が盛んな「懐疑の国」で出会った男性と、運命のパラドックスに満ちた問答を交わした。
続く「自由の国」では、何もかも自分で決めなければいけない自由に囚われてしまった少女にアドバイスを送ったのだった。
自由の国を後にして、2人が向かう「不死の国」とは…?
第8話 不死の国 前編
(…ここ、どこだっけ?)
目が覚めると、見知らぬ部屋だった。
腕から点滴の管や何かを測定する機械のコードのようなモノが生えている。
ここはどこかの病室らしい。
「サトウトモコさん、ご気分はどうですか?」
知子が目覚めたのに気がついたのか、看護士らしき若い女性が話しかけてきた。
透き通るような白い肌、白衣と相まって真っ白な印象の姿だ。
「その様子ではまだ少し記憶が混乱していますね、ご自分のお名前は分かりますか?」
知子が「佐藤知子です」と答えると、それがきっかけとなったのか、意識が少しハッキリとしてきたようだ。
「…あの、ここはどこですか?」
「ここは、うーん…一般に『不死の国』と言われている国、その病室ですね。入国されたのは覚えていますか?」
知子の質問に看護士が言葉を選びながら答えてくれた。
その一つ一つを聞くたびに、自分の中で何かが繋がるのを感じる。
(そうだ、死者の国、私はお母さんを生き返らせるためにここに来たんだ)
死者の国と聞いて目的をハッキリと思い出した。
徐々に記憶が整理されていくようだ。
(でも、誰か…なんだろう、何かが…)
ここにどうやって、いつ、誰と来たのか…その辺がスッポリと抜け落ちている。
自分の記憶が自分のものでないような不快感。
何かを思い出そうとすると、少し気分が悪くなった。
「無理をしないでくださいね。少しの間は不安や記憶の混乱もあるでしょうが、すぐに馴染みますから」
それだけを言い残し、看護士は病室をあとにした。
知子は独り、見知らぬ病室に取り残される。
(…何だろう、いままでは誰かと…)
こうして独りになるのは久しぶりのことだ。
だが、一緒にいたのが誰なのか、全く思い出せない。
「私は佐藤知子、お母さんのためにここに来た」
記憶にあることを口に出してみたが、どうにもシックリと来ない。
窓の外を眺めると、霧がかかったようなハッキリとしない天気だった。
◆◆◆◆◆◆◆
一日前。
不死の国へ近づくと、森が開け小さな町のような場所に出た。
見上げると浮かぶ大きな岩の下部から筒のようなモノが数本ほど地面へと伸びているのが見てとれる。
岩の真下、地表にも町並みがあるようだ。
「なんだろう?エレベーターみたいに見えるけど」
「ああ、あれが『不死の国』への出入り口だろう。下の町と行き来できるんだろうね」
ソラは気乗りしないようだが、知子が行きたがったので寄り道してくれるらしい。
町に近づくと他の国のようにゲートがあり、入国の審査があるようだ。
ゲートの側には案内の職員らしき若い女性が立っており「不死の国へようこそ」と愛想よく挨拶してくれた。
職員は透き通るように肌が白く、とても顔立ちが整っている。
受付ではいくつか書類に記名したり、国内の注意を聞くが変わったところはない。
(よかった。なんだか平和そうな国みたい)
職員の落ち着いた様子を見て、知子は胸を撫で下ろした。
「はい、ソラさんにサトウ・トモコさんですね。短期滞在は2日間なら問題ありません。それ以上になると国民になるための審査が必要になります。それと―」
職員はサイドカーをチラリと見て「乗り物はあちらに預けてもらうことになります」と車庫のような場所を示した。
「すいません。危険物持ち込みや密輸防止のために乗り物を入れるには別の審査が必要なんです」
職員が申し訳なさそうにするが、知子は逆に『ちゃんとしてる国だな』と安心感を抱いた。
車庫もしっかりとした造りで清潔そうだ。
「ま、いいさ。そんなに長居するつもりもないし、着替えとか荷物も置いてっちまおう。ちゃんと貴重品は持っとくんだよ」
「うん、2日だもんね。小物入れだけにしとこっと」
ウェストポーチだけを身につけ、スクールバッグは残すことにした。
知子もすっかり旅慣れ、無駄に大荷物を持ち歩いたりはしない。
「よろしければロッカーでお手荷物の預かりもできますよ」
「そりゃ助かるね、お願いできるかい」
ソラがロッカーを借りてくれたので、知子も荷物を預ける。
旅行者向けなのか、ロッカーのサイズが大きく、知子は妙なところで感心した。
「ではどうぞ、右のゲートよりお入りください。ようこそ不死の国へ。我々はあなた方を歓迎します」
職員がゲートを示すと、歩行者用のドアが開いた。
これには驚き、知子とソラは思わず顔を見合わせた。
(あれ?大富豪のカレスさんでも入れないって聞いたけど…?)
知子は首をかしげる。
職員はにこやかな表情のまま、何もおかしなところはない。
「入っていいのかな?」
「みたいだね。なんだか想像してた国とは違うな…調子が狂うよ」
◆◆◆◆◆◆◆
ゲートをくぐると賑やかな大通りになっていた。
もう日が暮れる時間だが人通りは多く開いている商店も多い。
町並みは近代的だが、高い建物はないようだ。
浮いている岩に続く筒のようなエレベーター(?)だけが妙に目立っている。
パフォーマーらしき姿もチラホラ見え、知子のような旅行者が楽しんでいるようだ。
「カレスさんでも諦めたって聞いたけど簡単に入れたね」
「ああ、アタシもこの国のことはよく分からないが…とりあえず目立つあの岩に向かってみるか」
ソラは親指でエレベーターを示した。
なんだかんだでソラも浮いている岩が気になるようだ。
そんな会話をしていると、パフォーマーらしき男性が手招きをしているのに気がついた。
顔を真っ白に塗っており、少し気味が悪い。
「あれ、何か呼ばれてない?」
せっかくなので近づいてみると、手品のパフォーマンスらしい。
パフォーマーは台に乗せた小さなギロチンに自らの指をセットしているようだ。
台の上には様々な刃物が並んでいるが、手品の小道具だろうか。
「ん?フィンガーギロチンか。わりと古典的なやつだな。これのトリックは刃の角度を―」
「ちょっと待ってよ。私が呼ばれたんだからタネ明かししないでよ」
パフォーマーは無言のまま、身振り手振りで知子にヒモを握らせた。
どうやらこれを引くとギロチンの刃が落ちるらしい。
知子がグッとヒモを引く。
すると勢いよく刃が落ち、なんとパフォーマーの指を何本も切断した。
パフォーマーは悲鳴を上げて転げ回る。
知子の口から「えっ」と間の抜けた声が漏れた。
これがパフォーマンスなのか、失敗なのか全く判断できない。
「ちょっと待て、これは本物の指じゃないか!刃の向きを間違えたのか!?見せてみろ、止血してやる」
ソラが慌ててパフォーマーに駆け寄り「このまま病院に行くぞ!」と助け起こしている。
さすがにこの剣幕が嘘だとは思えず、知子は動転した。
(…ウソでしょ?失敗したの?私が何かしちゃったの?)
目の前で起きた事故に知子も平静ではいられない。
自分の鼓動が痛いほど早くなるのを感じる。
心臓が口から飛び出そうだ。
事故が起きたというのに、周辺の歩行者は素通りし、中にはクスクスと笑う者までいる。
他のパフォーマーも気にした様子はない。
(…あれ?何かおかしいような)
さすがに知子も周囲の反応に気がつき、少し冷静になる。
すると、その様子を見たか、パフォーマーが何事もなかったように立ち上がり、自らの指をハンカチでぬぐう。
すると切れたはずの指がピッタリとくっついていた。
「…トリックなのか?」
これにはソラも眉を潜めて食い入るように見つめている。
パフォーマーはこの反応に気をよくしたのか、指を動かして見せ、ソラと握手をした。
「くやしいが、作り物とは思えないな。トリックを教えてくれ」
ソラが苦笑いをし、パフォーマーの前に置いてある空き缶に驚くほどの金額を入れた。
これにはパフォーマーも肩をすくめて困り顔だ。
「ちょっとソラ、それはよくないよ」
「なんでだ?手品のタネが分からないなんてくやしいじゃないか。ぜひ聞いておきたい」
知子の常識では、こんな時は「わっ」と驚いてお終いにするものである。
お金を払ってタネを聞き出すなんてルール違反だろう。
これにはパフォーマーも「仕方ないな」と苦笑いした。
白塗りの顔が普通に喋ると少し不気味だが、意外と若い声だ。
「本当はパフォーマーに話しかけちゃダメなんだけど。お嬢さん、見ててごらん」
パフォーマーが台の上からナイフを取り上げ、くっついたばかりの指を傷つけた。
それだけで知子は気分が悪くなるが、その傷口がみるみるふさがるのには驚くより他はない。
知子が思わず「痛くないんですか?」と訊ねたら「そりゃ痛いさ」とパフォーマーは苦笑いだ。
「これは内緒だけどね、医療用のナノマシンを仕込んでいるんだ。ちょっと前までは剣で刺されたり車で轢かれたりするパフォーマンスもしてたけど、さすがに規制が入ってね」
「人体を修復するナノマシン…?科学の国でも見たことない素晴らしい技術だ。ただ―」
ソラは言葉を溜め「趣味は悪いな」とパフォーマーをじろりと睨んだ。
これにパフォーマーは肩をすくめておどけて見せる。
「この国を知るにはちょうどいいだろう?実際にアンタたちも驚いたみたいに短期滞在者には大ウケなんだぜ。この国のテクノロジーは短期滞在者に説明するわけにはいかないから、詳しくは上の研究エリアで聞くしかないんだけどな。行きたいならエレベーターの所にある昇降機管理局は朝9時から18時までやってるよ」
「たしかに見事な技術だ。だけどそれ、手品じゃないだろ?」
ソラの指摘にパフォーマーは「パフォーマンスだよ」と、また肩をすくめた。
「すごい…これなら本当に死んだ人を生き返らせるのも嘘じゃないのかも」
知子は独り言を呟き、浮かぶ岩の塊を見上げた。
パフォーマーは『研究エリア』だと言っていたが、あそこに行けば死者を―母親を生き返らせる方法があるのかもしれない。
「…まだギリギリ間に合いそうだね。行ってみるか」
ソラは知子の様子を見て、なにか言いたげではあるが止めたりはしない。
◆◆◆◆◆◆◆
すこし歩みを早めてエレベーターにまで辿り着く。
するとそこは入国審査のような―いや、それ以上の厳重さで塀に囲まれている区画のようだ。
エレベーターのような筒は塀の内側より伸びているらしい。
そこには入国時のように若い職員がおり、知子たちに「どうされましたか?」と訊ねてきた。
やはり肌が驚くほど白く、そのせいか先ほどの職員とよく似た印象だ。
「あの、さっき入国した者ですが、この先に入りたいんです」
「短期滞在の方ですか?…申し訳ありませんが、こちらは国民にしか公開されてないエリアでして―」
職員は困り顔で説明してくれるが、知子だって一度や二度断られたくらいで引き下がるつもりはない。
「なら国民になれば中であの、ナノマシン?とか、その技術が使えるんですか?」
「…国籍習得の場合は別の審査があります。ご希望でしたらそちらへどうぞ。ご案内します」
職員も何か言いたげだが、知子の決意が硬いと見るや建物の中に案内してくれるようだ。
「おい、トモ、少し冷静にならないと―」
心配してくれるソラの言葉が、なぜか耳に入らない。
知子は「大丈夫だよ」と曖昧に答えて誤魔化した。
職員に案内され、ゲート脇の『昇降機管理局』と看板のついた建物に入る。
室内は明るく、清潔そのものだ。
白を基調にした内装に観葉植物の緑がよく映えている。
中には数名の警備員が立っており、知子とソラをジロリと一瞥した。
案内してくれた職員が「こちらで説明を受けてください」と教えてくれた窓口に向かう。
いくつも並んだ窓口はそれぞれ違ったプレートがついており、知子が向かったのは『永住権・国籍』と書かれていた。
「居住希望、国籍修得ということでよろしいですか?」
窓口の職員もやはり色が驚くほど白く、不思議なことに整った顔の造形もどことなく似ている。
(親戚、なのかな?年も近そうだし…)
この国の人は皆が若々しく、肌が白く、顔立ちが似通っている。
少しの違和感、だが知子は『顔の事を聞くのも失礼だな』と納得し、それを気にしないことにした。
「はい、死んだ人を生き返らせる方法とかの、それが知りたいんです」
「…残念ですが、短期滞在者に我が国のテクノロジーの情報をお伝えすることはできません」
窓口の職員は「本来ならナノマシンなどの情報も秘匿されているはずですが」と眉をひそめた。
さきほどのパフォーマーはかなり際どいところまで教えてくれていたらしい。
「それでは国籍修得の諸注意や条件ですが、こちらのパンフレットを見ながらご説明いたします。どうぞご覧ください」
窓口の職員はパンフレットを2部とりだし、知子とソラに差し出した。
そこには永住権と国籍の違いや、過去十年で犯罪歴があると国籍修得はできない旨などがこと細かに記されている。
「中でもテクノロジーを故意に持ち出す行為は長期の重禁錮もあり得る重罪です。このように説明を受けているわけですから『知らなかった』では済まされません」
薄々感じてはいたが、この国は技術をかなりの厳重さで守っているらしい。
しかし、それもあのナノマシンを見れば納得である。
もの知りなソラでさえ仰天するような医療技術だ。
あれが世に出たら大変な騒ぎになるのは知子でも想像できる。
「そこで取られているのが記憶の改ざん処理です。投薬と電波信号により記憶を上書きし―」
「ちょっと待て!記憶の改ざんだと!?」
説明の途中でソラが声をあげた。
その表情は怒りと驚きに満ちている。
「これにより流通のリスクを最大限軽減できます。心配なさらなくても、この処置で健康被害があった例はここ15年で―」
「そういう事じゃない!人の記憶を故意に改ざんするなど許されないだろう!?」
ソラの剣幕を見て、知子も少し怖くなった。
自分の記憶が上書きされるとは、どのような感覚なのだろうか。
想像もできない。
(でも、科学の国ですらできない医療が受けられる国、死んだ人が生き返るかもしれない国…)
そう、こんなチャンスはこの国以外では考えられない。
そこに知子はあらがい難い魅力を感じていた。
「こりゃカレスが諦めるわけだね。トモ、これは体よく居住権を断る口実にしか思えない。これでアンタも諦めが―おい、何を考えているんだ?」
ソラは知子の迷いを見て取ったようだ。
その目がスッと細くなり、鋭さを増す。
少し不機嫌そうだ。
◆◆◆◆◆◆◆
「トモ、ウエストポーチには何が入っている?少し見てみないか?」
唐突にソラが話題を変えた。
知子は戸惑うが、逆らう理由もない。
素直にウエストポーチの中身を確認することにした。
「えーっと、初めの貧しい国で用意したナイフと火打石でしょ。科学の国のジーターさんたちと作ったバーナー。これはピコの羽でしょ。あ、ソラからもらった通信用の端末も入ってる」
「それらは大切なものかい?」
ソラの質問に、知子は「まあ、そうだね」とうなずいた。
旅の途中、キャンプなどでナイフや火打ち石には何度も助けられた。
ソラを助けるために作った改造バーナーや、ピコの羽だって思い出深い。
これらを見ていると旅の記憶が蘇るようだ。
「そうだろう?でも、それらの品は金銭的な価値があるものばかりじゃない。それらの価値は『思い出』じゃないのかい?それを捨てたら『大切なもの』は『ガラクタ』と変わらないんじゃないのか?」
「それはそうかもしれないけど…でも」
ソラの言いたいことはよく分かる。
知子だって、思い出を捨てたいわけではないのだ。
「それに何より…記憶が改ざんされたら元の世界に帰れなくなるかもしれない。いや『かも』じゃない。元の世界との記憶のつながりが無くなれば高い確率で帰れなくなる。トモはそれで良いのか?」
知子はソラの言葉を聞き、唇を噛んだ。
そして小さく「ゴメン」と呟いた。
「私ね、この国に入ることが…この世界に来た理由なんじゃないかって感じてるんだ。私のお母さんは『悪い人じゃなかった』から、こんなチャンスがあったんじゃないかって」
「それは、それは違うはずだ…!死んだ人間は生き返らないだろう?」
この言葉を聞いて、知子の中で何かのスイッチが入った。
『死んだ人間は生き返らない』
当たり前のことだ。
だけど、それをひっくり返せるかもしれない。
ソラだってサイドカーを買うときに言っていたではないか。
『本当に気に入ったものはその場で買わないとダメなんだ』
『次にしようって思っても、次の機会はないなんてザラさ』
そう、この機会を逃したら、知子は一生後悔するだろう。
だから、また「ゴメン」と呟いた。
「明日まで時間はありますが、本当にいいんですか?お探しのテクノロジーがあるとは限りませんよ」
窓口の職員さんも気づかってくれたが、もはや知子に迷いはない。
「それでは研究エリアにご案内します。そちらで記憶の処理を済ませてください」
「まて、いくらなんでも性急すぎる!」
ソラが知子の肩をつかもうとしたが、それは警備員に止められたようだ。
(ゴメンね、ソラ)
心の中で謝り、知子はエレベーターに足を踏み入れた。
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