こんにちは。国語教師の常田です。
一度は身を捨てた浮舟、意識が戻れば別世界。
何を求めてどのように生きていくのか、気になりますね。
今回も、手習(てならい)の巻のあらすじを解説します。
目を覚ました浮舟
意識の戻った浮舟が周囲を見渡すと、見知らぬ老僧、老尼(ろうに)ばかりで驚きます。
自分の住まいや名前も分からず、必死に記憶をたどるものの、
「確か宇治川に身を投げようとして、でもあまりに激しい川音に立ちすくんでいたら、美しい男性が現れて、『さあ、私の元へおいで』と抱かれて…」。
しかし、その後のことは何一つ思い出せず、”死ぬことすら、かなわなかった”と情けなくなりました。
やがて、起き上がって食事ができるまでに回復した浮舟は「尼にしてほしい」と訴えますが、彼女を死んだ娘の身代わりだと思っている妹尼に、反対されてしまいます。
浮舟は徐々に記憶を取り戻し、秋には若い女たちが歌いながら門田の稲刈りをする様子を眺めて、東国で過ごした幼い日々をしみじみと思い出します。
また明月の下、妹尼がかき鳴らす琴の音を聞く時は、
「身を投げし 涙の川の はやき瀬を しがらみかけて たれかとどめし」
(悲しみの涙にくれて身を投げた川の早瀬に、誰が柵を設けて救ってくれたのでしょう)
「われかくて 憂き世の中に めぐるとも たれかは知らん 月の都に」
(私がこうして辛いこの世に生き永らえていても、都で誰が知りましょうか)
と手習いのように筆を走らせるばかりでした。
母や乳母の嘆きを深く思わずにはおれません。
どう生きても夢幻の人生、なぜ生きるのか?
ある日、妹尼から初瀬の長谷寺参りに誘われました。
当時、”参れば願いがかなう”と遠方からも人が押し寄せる場所でした。
しかし浮舟は断りました。
「昔から母や乳母にそう言い聞かされ、神社仏閣に誰よりも出掛けて、現世利益を願ってきた。
でも、どれだけ参っても、何の効きめもなかったわ。
それどころか、誰よりも不幸に陥って、死ぬ望みさえもかなわなかったのだから…」
妹尼が長谷寺参りに出掛けたその夜、浮舟は妹尼の母の部屋で一緒に休むことになります。
少し前から執拗に懸想してきている男から逃れるためでした。
ところが、老人の寝姿に接したことがなかった彼女は、老母のすさまじいいびきに震え上がります。
床の中でまんじりともせず、自身の半生を振り返るのでした。
「実父の顔も知らずに東国で育ち、京にやってきて薫様に出会い、宇治に連れてこられた。
匂の宮様とも結ばれ、なぜあんなに熱い想いを抱いたのか。
薫様のお情けで都に迎えられていたなら、今頃は安住の生活を送っていたはずなのに…」
今更ながら、匂の宮とのかりそめの恋に陶酔し、幸せになるチャンスを潰した浅はかさを悔やまずにおれません。
匂の宮をすっかりうとましく思います。
一方で薫の穏やかな優しさが改めて心に染みます。
…でも、たとえ安住を手に入れても、生き永らえばこの老母のように、私も老醜の身をさらして、死んでいくのは同じこと。
どう生きても夢幻なのに、なぜ生きねばならないの…?
浮舟はいよいよ強く出家を願うのでした。
浮舟は横川の僧都に出家を懇願
翌日、都へ行く途中で小野の里に立ち寄った横川の僧都に、彼女は懇願します。
「そなたは若い身そらではないか。今の決意が固いといっても、年月たてば揺らぐもの」
と僧都はすぐに応じません。
これは何も珍しいことではなく、当時の出家といえば、ほとんどは身分高く、経済的な後ろ楯があるか、非常に学問に秀でた人だったからです。
無学で経済力のない若い女性の出家は考えにくいことでした。
しかし、世間で生きていける自分とも思えず、短い命と知らされる浮舟はなおも切々と訴えました。
「幼い頃から悩み苦しむことが多く、せめて後生は安楽にと願ってまいりました。
この世は瞬く間に過ぎるものと知らされ、いよいよ後生明るい身になりたい、と願う心は深くなるばかりなのです。ですからどうか…」
「仏道一筋に、との決心は、仏さまがお褒めになること。
僧侶の身として反対できることではない。出家の願い、確かに聞き届けよう」
僧都は心を動かされ、弟子に彼女の髪を下ろすよう命じました。
美しい黒髪の浮舟は尼削ぎの姿になり、初めて晴れやかな気持ちになったのです。
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- 初瀬:奈良県の地名
- 尼削ぎの姿:尼となった人が、肩の辺りで髪を切りそろえた姿
- 横川の僧都のモデルは、比叡山の僧侶、源信僧都といわれています。
源信僧都については、下記でも解説がありますので、ご覧ください。
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