親の借金は子が責任を取らないといけないのか?
ある奥さん(A子さん)から、こんな相談を受けました。
「10年前に離婚した夫Bが、半年前に亡くなりました。
元々夫は金銭的にルーズなので資産はほとんどないのですが、借金は相当あるようです。
最近ある金融業者から、私の息子宛の請求書が来ました。
見ると「夫の残した借金400万円を払え」というものでした。
簡単には支払えませんので、長期分割で支払いたいと思います。
その交渉をしてもらえないでしょうか」
A子さんは夫が残した借金は子どもが支払わなければならない、と思い込んでいるようでした。
そこで私は「ちょっと待って下さい。夫の遺産は、借金以外に何かあるのですか」と尋ねました。
するとA子さんは、「いえ、借金以外は何もないようです」と言うのです。
「それなら、相続放棄も考えたらいいのではないですか」とアドバイスをしました。
遺産を相続したくないときは「相続放棄」
遺産が資産より負債(借金等の債務)の方が大きく、遺産を相続したくない場合、相続の放棄が可能です。
これを「相続放棄」と言い、略して単に「放棄」とも言います。
相続放棄する場合、資産はもらうけど借金だけ放棄することはできません。
放棄するなら財産も借金も全部セットで、という決まりです。
ですから親の借金がいくら大きくても、現在住んでいる家が親の所有である場合には、相続放棄によって家も失いますので、慎重に考える必要があります。
ただ、家の評価よりもはるかに借金の方が大きいのであれば相続放棄のメリットはあるでしょう。
住まいは別に家を借りるなり、アパートを借りるなりすればいい訳ですから。
そして相続放棄した場合、その人は最初から相続人ではなかったことになります。
相続放棄したら、権利はどこへ行く?
ちなみに、相続人が放棄した場合に相続の権利はどうなるのでしょうか。
先のA子さんの事例を見ます。
亡くなったBさんには、妻・A子さんとの間に息子が1人と、県外に嫁いだ娘が1人おりました。
この場合、Bさんの相続人は妻A子さんと2人の子どもです(図1)。
3人とも放棄したら、いずれも相続人ではなかったことになります。
その場合は、Bさんの両親が最初から相続人だったことになるのです(図2)。
すると今度は、両親が相続を承認することも放棄することもできます。
両親が放棄すると、Bさんの兄弟が相続人となります(図3)。
Bさんには、兄弟が1人おりました。3歳下の弟です。
今度はその弟が相続人となります。弟は相続を承認することも放棄することもできます。
弟も相続放棄をした場合、Bさんの相続人はいない、という状態になります(図4)。
相続放棄した人の子どもには、遺産は行かないことになっているのです。
笑う相続人と「泣く相続人」
これに対し、Bさんが死亡した時点で弟が既に死亡しており、弟には子ども(娘)が1人いた場合はどうなるか。
Bさんから見ると、姪です。
この場合には姪が「代襲相続人」となります(図5)。
「笑う相続人」という言葉があります。
生前全く付き合いがなかったのに、故人に相当の資産があって、かつその故人に子どもも配偶者もいないという場合、思わぬ遺産を受け取ることがあるのです。
そういった場合を「笑う相続人」と言います。
故人と付き合いのなかった兄弟(兄弟が生存している場合)や、その子(兄弟が既に死亡している場合)が遺産を受け取る場合が該当します。
ただ、相続人として笑えるのは甥・姪までで、甥や姪も死亡している場合の甥姪の子にまで相続権は認められていません。
もちろん相続人となって笑えるのは、故人に資産がある場合です。
故人に借金しかない場合は、逆に負債を相続しなければなりませんから、いわば「泣く相続人」ということになります。
ただし、そんな場合は相続放棄ができますから、本当に泣くのは相続放棄をし損なった場合です。
しかし無事相続放棄をしたとしても、余計な時間と労力を使わなければなりませんから、少なくとも「面倒な相続」と言うことはできるでしょう。
相続人全員が放棄したらどうなるか
では、すべての相続人が相続放棄をして相続人が全くいなくなったらどうなるのでしょうか。
民法では「遺産がある場合、遺産は国庫に帰属する」と定められています。
つまり国の財産になるということです。
ただし、借金については国庫に帰属することはありません。
ですからBさんにお金を貸していた人(債権者と言います)は、Bさんが死亡し、かつ相続人全員が相続放棄をしたときは、Bさんにプラスの財産が何もない場合、誰からも返済を受けられなくなるということです。
「これって、債権者に気の毒なんじゃないの?」と思う人もあるかもしれません。
しかし元々制度がこうなっているのですし、通常、債権者は制度について熟知しています。
ですから債権者は返済を受けられない場合に備えて(連帯)保証人を付けたり、不動産に抵当権を設定したりすればよいのです。
実際、銀行は大抵そうしています。
逆に言えば、人にお金を貸す場合、借金した本人が死んだら子どもから払ってもらおう、などと思うのは邪道です。
子の財産を当てにして親にお金を貸してはいけません。
子の財産を当てにするのであれば、その子に保証人になってもらうようにすべきでしょう。
断られる場合は貸さなければいいのです。
相続放棄の手続方法
相続放棄をする場合、その手続には決まりがあります。
亡くなった方が住む場所を管轄する家庭裁判所に、相続放棄する旨の申述が必要です。
通常は「相続放棄申述書」という文書を提出して行います。
具体的な記載方法は、裁判所のホームページに詳しく書かれていますから(下記のアドレスです)、参照して下さい。
(https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html)
相続放棄には期間制限がある
相続放棄をするには期間制限があります。
「相続開始を知ってから」3か月以内です。
「相続開始を知ってから」というのは、通常は故人が死亡した日かその1~2日後だと思いますが、付き合いが途絶えているケースなどでは3か月以上経ってから知らされることもあります。
その場合は実際に知った時から3か月以内であれば、相続放棄は認められるのです。
更に相続自体を知ったのは死亡当日であっても、借金があることは知らなかった場合もあるでしょう。
後になって借金があることが判明した場合、それを実際に知った時(債権者からの請求書が来た時など)から3か月以内であれば、相続放棄をすることができると、裁判例で認められています。
ですから、冒頭の事例では夫の死後半年が経過していますが、借金を知って間もないようですから相続放棄は認められることになります。
どんな理由でも相続放棄は可能
相続放棄はどんな動機であっても構いません。
最近多いのは、資産があっても管理が大変な不動産がある場合に放棄するというケースです。
また、付き合いのなかった故人が亡くなったケースでは、関わりたくないからという理由で放棄する人もあります。
もちろん付き合いがなかった場合でも相続人であれば相続する権利があります。
遺産(資産や借金)があるかどうかを調べて(調査期間として3か月の猶予があります。そのため「熟慮期間」とも言います)、相続にメリットがあると判断されれば相続しても構いません。
一点注意が必要なのは、遺産に手を付けてしまった場合です。
相続放棄したくても、その前に遺産に手をつけて、預貯金の払い戻しをしてしまったりすると、相続放棄はできなくなります(法定単純承認と言います)。
ですから相続放棄する場合には、遺産に手をつけないことが大切です。