相続人がいない場合に関係者が困る事例
以前、こんな相談がありました。
あるビルのテナントにて居酒屋を経営していた個人経営者・Aさんが亡くなりました。
居酒屋の経営は必ずしもよいわけではなく、テナントの賃料も半年分が滞納となっています。
Aさんには奥さんと子どもがおり、協力して居酒屋の経営を助けていたのですが、努力もむなしく居酒屋は赤字経営が続いていました。
そのため、必要な税金やテナントの賃借料も支払いできないような状態になっていたのです。
Aさんの妻子は、Aさんには借金の方がはるかに多いことが分かっていたため、妻も子も相続を放棄。
なおAさんは一人っ子で兄弟はおらず、両親も既に他界していましたので、相続人はいなくなりました。
ほかに居酒屋を引き継ぐ人はおらず、居酒屋は閉店。
居酒屋のテーブルやイス、そして厨房の道具や食器等はそのままテナントに残ったままでした。
テナントの明け渡し交渉は誰にする?
困ったのはビルの所有者(Tさん)です。
賃料が何ヶ月も滞納となっていますから、Tさんとしては一刻も早く賃貸借契約を解除して、残った家具や什器備品を撤去してもらい、別のテナントに賃貸して収入を確保したいでしょう。
ところが、相続人が全員放棄して所有者がいなくなってしまったことで、テナントの明け渡し交渉をすべき相手自体がいなくなってしまったのです。
相続人がいなくなったことはTさんにも分かりました。
かと言って、勝手に什器備品を撤去したり廃棄することもまずいのではないか、と思いました。
そこでTさんは弁護士事務所に相談に行ったのです。
そうしたところ、弁護士は相続財産管理人(以下単に管理人とも言います)の制度があることを教えてくれました。
本件のように相続人がいなくなった場合、利害関係人であれば、誰でも家庭裁判所に管理人選任の申立ができます。
申立に当たっては、管理人の費用(予納金)を納める必要があり、予納金の相場は事案や裁判所により代わるものの、80万円から100万円程度の場合が多いようです。
そのようにして選任された管理人を相手に、明け渡しの交渉が可能になることが分かりました。
Tさんは相続財産管理人選任の申立をすることにしたのです。
相続人がいないケースとは?
このケースに限らず、相続人がいない場合というのはしばしば発生します。
たとえば故人(被相続人と言います)が一人っ子であり、かつ独身で子どもがいない場合です。
この場合、遺産の相続人は両親やそのまた両親(両親は既に死亡しているが、祖父母がまだ存命の場合)(これらの親やその先代などの直系血族を直系尊属と言います)です。
ところが、これら直系尊属も先に死亡している場合(自分より先に直系尊属が死亡しているのはむしろ普通です)、兄弟がいませんので相続人は全くいない、ということになります。
また故人に兄弟がいても、兄弟やその子が皆先に死亡している場合、相続人は存在しないことになります。
相続人の範囲については、第2回や第11回でも説明しましたので、詳しくはそちらをご参照下さい。
このように、相続人のいない場合を想定して民法に定められているのが、相続財産管理人の制度です。
相続財産管理人の制度は、法律に詳しい人には常識ですが、一般の方は知らない人も多いようです。
この制度はいろいろな活用法がありますので、紹介していきます。
相続財産管理人制度と申立
相続財産管理人は、利害関係人であれば誰でも選任申立が可能です。
Tさんはまさに利害関係人ですが、他にもTさんに貸していたお金の返済が滞っている債権者とか、税金の滞納がある場合の地方自治体なども利害関係人にあたります。
また、故人が残した土地や建物を購入したいという人も利害関係人です。
ほかにも様々なケースがあります。
申立先は、死亡した人の住所地を管轄する家庭裁判所です。
管理人を選任するのは裁判所ですが、選任されるのは、通常は地元の弁護士です。
事前に候補者となる弁護士を推薦しておけば、推薦された人が選任されるケースもあります。
詳しくは裁判所のHP内にも紹介されておりますので、参考にして下さい。
相続財産管理人の選任の申立書 | 裁判所
手続の流れ-申立後
相続財産管理人が選任されますと、管理人は相続財産の調査をし、資産と負債をまとめ、財産目録を作ります。
管理人には遺産を管理する権限がありますし、裁判所の許可があれば固定資産を売却して現金化したり、その他資産を換金することが可能です。
また相続財産管理人は故人の債権者がいないかどうか、あるいは相続人がいないかどうかについても、官報公告等を利用して捜索することになっています。
そして相続財産の資産と負債の調査が終わり、かつ捜索にもかかわらず相続人がいないことが確認できれば、換金した現金等の流動資産の範囲で、相続人の債権者(相続財産から見れば負債です)に対し、金額に応じて平等に配当(支払い)をするのです。
流動資産の方が負債より大きければ総額の支払いができますし、負債より流動資産が少なければ、比例的に平等になるように支払い(配当)をします。
相続財産管理人が選任され、事案は解決
上記の事案では、Tさんは管理人選任後、その管理人に対し「賃料が半年以上滞納となっているので賃貸借契約を解除する、至急明け渡しをして欲しい」と申し入れをしました。
Tさんとしては、置かれている厨房用具や食器等について、持って行って欲しいところではありました。
しかし、故人にはそのような費用負担能力があるか疑問であったため、全部放棄してくれればこちらで撤去する旨申し入れをしたのです。
管理人にとっては大変有利な条件でしたので、喜んで退去に応じてくれました。
また故人には若干の預貯金のほか、売却可能な不動産も多少あったため、管理人の報酬はその遺産の中から出してもらうことになりました。
そのため、自ら負担した予納金についても返してもらうことができたのです。
滞納家賃についても3分の1程度ではありましたが、支払いを受けることができました。
まとめ
以上のように相続財産管理人が選任されたことで、Tさんもまずまずの解決をみました。
売れ残った不動産があったものの、これは国庫に帰属することになったのです。
以下は、このまま死んだら自分に相続人はいない、という方へのメッセージです。
この場合、何もしなければ、遺産は国庫に帰属するだけで終わります。
遺産を渡したい人がおられれば、遺言書の作成を強くお勧めします。
遺言書については、第2回と第5回で詳しく説明しましたので、是非参考にして下さい。