「特別縁故者」の制度について
相続人がいないまま、死亡する人が増えています。
借金しかない場合、債権者も回収を断念して終わり、となるでしょう。
一方、借金はほとんどなく、あるいはあっても容易に返済できる額にとどまる場合に遺産はどうなるのか。
民法では、所定の要件と手続を経ることで相続人でない人に一定の遺産を渡すことができる制度が用意されています。
これが特別縁故者の制度です。
今回は特別縁故者について紹介します。
内縁の妻には相続権がない?
以前にも何度か説明してきたとおり、相続人の範囲は決まっています。
概略を説明しますと、①配偶者、②子、③親、④兄弟姉妹、が法定相続人です。
①~④(及び②~④についてはその代襲相続人)に該当する親族が全くいない場合、相続人は不存在ということになります。
(相続人の範囲についての詳細は、前回の記事をご参照下さい)
これら親族関係の有無は、戸籍の記載のみで判断されます。
ですから、故人(法令では被相続人と言います)と同居し自他ともに妻と認められていたけれど、婚姻届けを出していなかったため戸籍上の妻ではない人(内縁の妻)には相続権はありません。
また、夫婦別姓にしたいという理由で、結婚式を挙げているにもかかわらず故人の死亡当時入籍していなかった場合も、相続権はありません。
故人と親密な関係にありながら、入籍していなかったという理由だけで遺産に対する権利を全く認めないのはいかがなものか、というのがこの制度の根底にあります。
そこで一定の要件を満たす場合、特別縁故者として遺産の一部又は全部を渡すことにしたのです。
特別縁故者になれるのはどんな人?
では、どんな人が特別縁故者となれるのか。
それについて民法には、
1. 被相続人と生計を同じくしていた者
2. 被相続人の療養看護に努めた者
3. その他被相続人と特別の縁故があった者
の三類型が定められています。
1は、まさに内縁の妻が典型例ですが、それに限られず、相続人以外で家族同然に生計を一つにしていた人が当たります。
息子の嫁なども同居していれば該当するでしょう。
次に2は、同一生計ではなかったものの、故人の療養看護に努めた人です。
同居していなかったものの、頻繁に施設や病院に通ってお世話をしていた人が該当するでしょう(1と同様、典型例は息子の嫁ですが、兄弟の配偶者とか、甥姪の配偶者、あるいは従兄弟なども該当し得ます)。
更に、1や2には該当しなくても、生前他の親族と比べても比較的親しい付き合いをしていた従兄弟や、それに類する親族や親密な友人等に認められることがあります。
相続人がいない人が亡くなった場合
私が関わった、鈴木良子さん(仮名)の例を紹介しましょう。
良子さんは卸売市場に勤める父と母の間に生まれた一人っ子でした。
彼女は高校卒業後、ある文房具店の店員として働いていました。
25歳で結婚したのですが、気性の激しい夫とうまくいかなくなり、子どもができないまま1年後に離婚。実家に帰ったのです。
間もなく父が死亡し、母との2人暮らしとなりました。
良子さんは近くのスーパーでパートとして働いて、45歳まで勤めます。
亡くなった父には元々持ち家がありましたし、数千万円の貯金が残されていました。
加えて母にも年金収入がありましたので、退職しても生活に不自由はありませんでした。
やがて良子さんが50歳になって間もないころ、母が亡くなり、良子さんは天涯孤独の身になったのです。
その後間もなく良子さんが死亡したことで、その従姉妹にあたる佐藤花子さん(仮名)が特別縁故者に当たるのではないかが問題となりました。
いとこは遺産を取得できるのか?
花子さんの母親は良子さんの母親の姉であり、家も比較的近くにありました。
そのため両家は、かねて家族ぐるみの付き合いがあったのです。
良子さんの父親が亡くなった際には、葬儀後の会食にも出席するなどして関係が深くなりました。
以後年に1~2度、法事の時に会食したりするほか、家族ぐるみで近県の温泉旅館に一泊旅行に行くなどの付き合いが続いたのです。
その後良子さんは腎臓病を患い、病院通いが始まりました。
良子さんにもその母親にも運転免許がなかったため、頼りになるのは花子さんだけでした。
病院への送迎は花子さんが務めるようになっていったのです。
花子さんは社交的で、人のお世話をすることは苦にならない性格であったため、家事と育児及びパート勤務の合間を縫って、できるだけ要望に沿って送迎しました。
従姉妹同士ということもあり、ガソリン代などはもらわず、全くのボランティアでした。
やがて良子さんの母が介護施設に入った後は、良子さんと一緒に介護施設をお見舞いに訪れたりしました。
そんな付き合いを経て、良子さんの母親が亡くなったのです。
良子さんには相当ショックな出来事であったことは間違いありません。
良子さんは母親の葬儀が終わってからそれほどたたないうちに、母親の後を追うようにして自宅でひっそりと息を引き取りました。
家の電気が付けっぱなしになっているにもかかわらず、新聞が郵便受けにたまっていたことで、近所の人が不審に思って通報したのです。
そして警察官が家の中を確認した結果、浴槽で死亡している良子さんが発見されたのです。
特別縁故者に当たる可能性
本件でもしも、良子さんが母親より先に死亡していた場合、良子さんの遺産は良子さんの母親が相続します。
その後母親が亡くなれば、良子さんと母の遺産は母の姉に相続されたはずです。
しかし先に母親が死亡した本件では、母の遺産を良子さんが単独相続し、その後良子さんが死亡したのですから、法定相続人は全くいないという状態になった訳です。
良子さんの葬儀は、花子さんらによりしめやかに行われました。
葬儀の後、花子さんが良子さんの家の中を見たところ、ほとんどゴミ屋敷のような状態であることが分かったのです。
家の中の遺品を整理していると、貯金通帳には5,000万円以上の預金がありました。
花子さんは「もしかすると遺産を取得する方法があるかもしれない」と思い、私の法律事務所を訪れたのです。
花子さんの説明で、上記のような経過が判明しました。
そこで私は、「特別縁故者と認められる可能性がありますので、手続をしてみましょうか」とアドバイスしたのです。
花子さんは是非、ということでしたので、手続を開始しました。
財産分与のゆくえ
私はまず、相続財産管理人の選任申立をしました。
相続財産管理人については前回も説明しましたので、参考にして下さい。
相続財産管理人が良子さんの遺産を調査したところ、遺産は7,000万円くらいあることが分かりました。
そして所定の手続き後、民法の規定に従い、特別縁故者としての財産分与の請求をしたのです。
すると調査官による事情の聴取がなされた上で、家庭裁判所は、700万円だけですが、花子さんに分与するという決定を下しました。
間もなく、相続財産管理人から金700万円が支払われました。
花子さんが相談に来られてから2年が経過していました。
花子さんの関わりの程度からすれば、遺産の1割が限度だったのだなと思われます。
これが内縁の配偶者であるとか、生計を同じくしていた人であれば、遺産のうち、もっと多くの金額が分与されたでしょう。
残りの遺産については、相続財産管理人に一定額の報酬が支払われて、残りは国庫に帰属することで遺産の処理は終了しました。
終わりに
以上の経過からお分かりのとおり、特別縁故者として遺産を受け取るには相当の時間と労力がかかることが分かります。
しかも分与するかどうかは裁判所の裁量によりますから、受け取れるかどうかは不確実です。
そこで、終活を考えている方へのアドバイスがあります。
もしも自分が死んだら相続人はいないという状況にある方は、これまでお世話になっている方(あるいは法人)が周囲におられる場合、その方に遺産の一部あるいは全部を遺贈する、という遺言書を作成することをご検討下さい。
さもないと、遺産は基本的には国庫に帰属してしまいます。
仮に特別縁故者の制度によって渡されることがあるとしても、長い時間と労力がかかりますし、そもそも裁判所の裁量ですから認められる保障はありません。
仮に認められた場合でも、金額は一部に限られるケースがほとんどだからです。
法制度を適切に活用することで、周囲の方がハッピーになれる道があることを知っておきましょう。
それが同時に、ご自身を輝かせる道でもあるのではないでしょうか。
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