どれだけ言っても勉強しない、授業をまじめに聞いていない、だからテストはいつも点数が取れない…。
心配して「もっとまじめに勉強しなさい!」と頑張らせようとするものの、やればやるほど逆効果、勉強どころか、生きる気力までなくしてしまう子もいます。
もしかすると「やらない」のではなく、「できない」面があるのかもしれません。
学校の授業についていけない子の場合、中には支援を必要とする「境界知能」に該当することがあるようです。
あまり知られていない「境界知能」の意味や特徴、子ども割合、適切な対応策を、塾講師歴30年の阿部順子先生にお聞きしました。
(1万年堂ライフ編集部)
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「境界知能」ってどんな子ども?
境界知能とは、IQが69以下の知的障害には該当はしなくても、IQ70~84で一定の支援が必要な人たちのことです。
軽度の知的障害と健常者との間の知能(IQ70〜84)という意味で境界(領域)知能と呼ばれていますね。
境界知能の子どもは、一般的に学習効果が得られにくいといわれています。
暗記がとても苦手だったり、物事を理解するために時間や手間が必要だったり、スローペースであったり、学習の要領がよくなかったりします。
そのため、周囲からは「真剣に取り組んでいない」「やる気がない」「さぼっているのでは」と誤解されてしまうことがあります。
一方で、学校の先生や親から頼まれたことや、ペットの世話など、生活上言われたことは大体できるため、普通の子どもとほとんど見分けがつかないこともあります。
また、コミュニケーションや運動、自己管理が苦手な境界知能の子どももあります。
「境界知能」の割合はどのくらいあるの?
境界知能の割合はどのくらいあるのでしょうか。
その割合は、人口の約14%(7人に1人)といわれています。
学校の35名の学級に例えると、約5名ほどです。
境界知能は、知的障害ほどⅠQが低くないために、幼少期には気づかれにくいものです。
それが、小学校に上がり勉強が始まるようになると、計算がなかなかできない、漢字が覚えられない、時間がかかるなどの問題に直面します。
うちの子、他の子と何か違うと、親自身が気付いたり、学校や塾側からのアドバイスを受けたりして、各自治体に設置された教育相談機関に相談することでわかることが多いようです。
診断の手続きは自治体によっても異なりますが、東京では各区に置かれた教育センターでWISC検査ができることがあります。
WISC検査とは「言語理解」「知覚推理」「処理速度」「ワーキングメモリー」の4つの指標とIQ(知能指数)を数値化する検査で、その子の「得意な部分と苦手な部分」から「その子にとってより良い支援の手がかりを得る」ことを目的として行う検査です。
この検査によってⅠQが計測でき、境界知能かどうかが判定できます。(IQが70~84であれば境界知能)
「境界知能」と「知的障害」「発達障害」「グレーゾーン」との違いは?
境界知能と知的障害、発達障害、グレーゾーンとはどのような違いがあるのでしょうか。
知的障害との違い
まず、境界知能と知的障害との違いは、IQの差です。
境界知能はⅠQが70~84、知的障害はⅠQが69以下の人をいいます。
発達障害との違い
次に、発達障害とは何かといいますと、脳機能の発達の偏りによる障害です。
得意なことずば抜けてできますが、不得手なことはできないのが特徴です。
その得意、不得意の特性と周りの環境とのバランスがとれないと、生活に支障をきたすことがあります。
発達障害は、行動や認知の特性によって様々な個別の障害に分類されます。
主なものとしては、自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如、多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などがあります。
人によっては複数の特性を合わせ持つ場合もあります。
境界知能と発達障害との違いは、発達障害はIQの数値には関係がないことです。
IQの領域が、低い場合も非常に高い場合もあります。
グレーゾーンとの違い
最後に、グレーゾーンとは、上の図では青線に囲った部分です。
発達障害とまでは診断されなくても、その傾向が強いケースをいいます。
考え方や行動面などで何かしらの問題がありますが、はっきりとした原因や状態がわかりにくい状態です。
「境界知能」の子どもへの教育、どう取り組めばいい?
境界知能のお子さんへの具体的な学習支援についてはさまざまです。
学習支援については、下記でも書いておりますので参考にされてください。
正解は一つではないかも知れませんが、参考として私の事例を2つほどご紹介いたします。
(1)暗記が苦手で勉強が嫌いな子
境界知能の特徴して暗記が苦手で勉強が嫌いな子どもが多いのですが、その中でNちゃん(小学2年生)を紹介いたします。
Nちゃんは一見利発そうでした。
しかし、集中力が弱く暗記が苦手で特にかけ算を覚えるのに苦労していました。
一方、Nちゃんの母親はしっかり者で完璧主義、この先学校の課題についていけるのか不安で仕方がなさそうでした。
そのため課題ができないと叱り、できるまで何度でもやり直させ、Nちゃんはうんざりしている様子です。
指導を始めた当初、Nちゃんは問題を解くことに抵抗があるのか、つまらなそうに横になったなり、別のことを始めたりと集中力や注意力が続きませんでした。
そこで、Nちゃんに、なぜ勉強を嫌いなったのか、本当はどうしたいのか、過去のつらいできごとなど、話にゆっくり耳を傾けることにしました。
うなずいて聞いているうちに、Nちゃんの少しずつ表情が明るくなってきました。
勉強のやり方はたくさんあるよ、楽しく勉強できる方法を一緒に考えよう、たとえば、実物のお金を使った銀行ごっこやお買い物ごっこをやってみようか、と話をしました。
すると、しばらく沈黙し考え始め、楽しそう、やってみたい!といいました。
さっそく銀行ごっこを実施、計算の答えが書かれた領収書にハンコを押し、うれしそうに渡してくれました。
さらに、問題集だとやりたがらなかった計算をみるみるこなすようになり、覚えきれていないかけ算も頑張って覚えるようになりました。
本人の好きな遊びやゲームを利用して楽しく勉強することで、計算のテンポも速くなり理解力も深まってきたようです。
Nちゃんの母親への対応
Nちゃんのお母さんへは、以下のようにNちゃんの特性に合わせた学習方法を伝えました。
①学習範囲については、「必須事項」「そうでないもの」「余裕があればやるもの」に3つ分ける。
課題は広範囲なので、「必須事項」を繰り返して定着させること。
②課題を少量に分ける。課題は小さく分けた方が、進みやすい。
③完璧さを求めないこと。
学校のテストでは80点を目標にして、70点取れればOK。
できるまで何度も解かせるのは、子ども追い詰め、勉強嫌いを加速させてしまうので、回数を決める。
④できないと「叱る」のではなくて、できたら「褒める」ように心がけること。
⑤短所に指摘するではなく、長所や良い点(健康である、明るく元気、友達を作るのが得意など)に目を向けること。
やがて、Nちゃんの学習もスムーズに進むようになり、何ごとにも積極的に取り組めるようになったようです。
(2)理解力が弱く自信のない子
K君(小学3年生)は、生まれつき理解力が弱い子でした。
個別塾には通っていましたが、何度教えてもできないため、先生はイライラし、きつい口調で接することが多くなり、K君は勉強にすっかり自信を無くしていました。
K君の母親は、K君の兄は勉強が得意だったため、その違いに焦り、どのように勉強をさせればよいか困った様子でした。
最初は手探りの状態でしたが、接しているうちに理科や社会の知識に関心が高いことがわかってきました。
そこで、関心の高い分野を伸ばす学習に力を入れることにしました。
問題集をやるのではなく、教育番組を見たり、図書館で幼児向きの知識本(写真が多く説明が易しい)を借りて毎晩お母さんに読んでもらったり、
また、カードやパズルを用いて地理を楽しく覚えたり、マンガ歴史本を利用したりして、歴史の流れをつかんでから問題集を解いてもらいました。
関心が高い分野に力を入れたことで、自ら喜んでいろいろな本を読みはじめ、学校のテストでだんだん高得点を取れるようになり、自信がついてきたようでした。
境界知能の子どもに合わせた伸ばし方や勉強方法について詳しくは下記で書いていますので、ご覧ください。
境界知能は高校や大学に進学できるの?
境界知能でももちろん高校や大学に進学できます。
現在チャレンジスクールやエンカレッジスクールなどもあります。
チャレンジスクールとは、小中学校での不登校や他校での中途退学などで、これまで能力や適性を十分に生かしきれなかった生徒を受け入れる高校です。発達障害児童の受け入れも可能です。
特別支援教育を行う学校の一つではありますが、区分は普通高校となります。
(東京都の場合、他県では異なった名称で設立されている場合もあります)
入試制度は、学力考査や調査書(内申書)によらない入試制度になっています。
2学年相当以上の既卒生の入試も実施され、志願申告書・面接・作文の三点で合否が判定されます。
自分のペースで学ぶことができ、4年で卒業が基本(3年で卒業も可能)です。
スクールカウンセラーやソーシャルワーカーによるカウンセリングや教育相談も充実しています。
専門科目を設置している総合学科で、ボランティア活動などの体験活動が多いのが特徴です。
具体的なチャレンジスクールには、東京都立大江戸高等学校、東京都立世田谷泉高等学校、東京都立桐ケ丘高等学校、東京都立六本木高等学校、東京都立稔ヶ丘高等学校、八王子拓真高等学校(チャレンジ枠)があります。
進学に関して、下記でも書いておりますのでご覧ください。
エンカレッジスクールとは?
エンカレッジスクールとは、東京都が全日制都立高校から指定した、可能性を持ちながらも力を発揮できない生徒を積極的に受け入れる高校のことです。
発達障害児童の受け入れも可能です。
特別支援教育を行う学校の一つではありますが、区分は普通高校となります。
エンカレッジスクールの入試制度は、発達障害などで力を発揮できない状態の生徒を受け入れる学校のため、学力考査は実施されません。
推薦・前期選抜・後期選抜があり、それぞれ調査書(内申書)・面接・小論文の三点で合否が決定します。
エンカレッジスクールの特徴は、豊富な体験学習や選択授業があることです。
また、定期考査を行わず、授業態度、提出物、小テストなどの日々の積み重ねを評価します。
習熟度別および少人数制のクラス編成で、2人担任制によるきめ細やかな指導を行います。
具体的には、東京都立足立東高等学校、東京都立秋留台高等学校、東京都立練馬工業高等学校、東京都立蒲田高等学校、東京都立東村山高等学校、東京都立中野工業高等学校があります。
境界知能でも仕事はできるの?
境界知能であってももちろん就労は可能です。
現在、日本は国連で2008年に発行した「障害者の権利条約」以降、障害者基本法や障害者差別解消法などを中心に障害者関連の法制度を整備し、障害者の就労を含む社会参加の機運は今までになく高まっています。
境界知能の子どもたちの生きづらさを周囲が理解し、前向きに学習できる環境を整えることが大切です。
どうぞ焦らずに、お子さんのお気持ちに配慮し、お子さんに合った学習方法を探ってみてください。
また、得意な面を伸ばすことにも目を向けてあげてくださいね。
*参考文献
境界知能とグレーゾーンの子どもたち 宮口幸治著 扶桑社
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