息子から暴力を受けている母からの相談
以前、ある70代の女性から相談を受けました。
「40代の息子が暴力的で、気に入らないことがあるとすぐに大声で怒鳴ったりします。
それだけでなく、蹴られたり叩かれたりすることもしょっちゅうです。
だから私の遺産は渡したくありません」
自分を虐待してくる子どもに遺産を相続したくない、という内容でした。
このような場合に使えるのが、「相続欠格」と「廃除」です。
どのような制度か、解説します。
相続欠格の制度について
相談者の女性に、相続欠格と廃除という制度があることをお伝えしました。
相続欠格とは、一定の非行があった場合に相続人の資格を失うことです。
詳細は下記のとおりですが、要点を言えば、被相続人を殺害したり、先順位あるいは同順位にある相続人を殺害したり、強迫や詐欺によって遺言書を書かせたりした場合などが相続欠格に当たります。
一例を挙げると、「紀州のドンファン」と言われた資産家が死亡し、妻が殺人罪で逮捕された事件がありました。
このまま刑事裁判で殺人罪として有罪になれば、相続欠格となり、相続人になれないことになります。
相続欠格事由(民法891条)について
事由1:故意に相続人を殺害した人
事由2:相続人が殺害されたことを知っていたにも関わらず故意に告訴しなかった人
事由3:詐欺や強迫により遺言をしたり、変更、撤回することを妨げた人
事由4:詐欺や強迫により遺言をさせたり、変更、撤回、取り消しを強要した人
事由5:遺言書を捏造したり、破棄したり、隠したりした人
廃除の制度とは
次に「廃除」(日常用語の「排除」と字が違います)は、被相続人を虐待したり、重大な侮辱を加えたり、その他著しい非行があった場合に使われる制度です。
こういったことがあれば、家庭裁判所の決定で、相続人にはなれないことになります。
廃除については遺言書でもできますが、家庭裁判所の審査が必要です。
家庭裁判所が遺言書にもとづいて審査して、要件を満たしていると認定された場合に、初めて廃除の効力が生じます。
なお、「息子以外の子や孫に遺産をすべて相続させる」という内容の遺言書を作成すれば、廃除しなくても目的を達成できるのではないか、と思う人もあるかもしれません。
しかし、相続には「遺留分」の制度があり、息子には法定相続分の半分までは遺留分が認められることになっています。
遺留分について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
ですから遺留分さえも認めたくないという場合には、廃除する意味が出て来ます。
本件の場合、蹴られたり叩かれたりすることがしょっちゅうあるとのことですから、廃除が認められる可能性は十分あるでしょう。
廃除が認められた事例
では、どんな場合に廃除が認められるのか見てみましょう。
実は、私は弁護士になって26年たちますが(令和3年夏現在)、廃除の申立をしたことは1度もありません。
相続関係の事件はたくさん扱っており、遺産分割事件、相続放棄の事件、遺言書作成事件などは、いずれもそれぞれ年間数十件担当しています。
しかし廃除については、相談は今まで何件かありましたが、廃除の申立に至った事案はないのです。
これには理由があります。
というのも、廃除の申立があった場合、裁判所は当事者から事情を聴取して、廃除の当否を決めることになります。
そうした場合、虐待をしている者は通常、かかる事実を否定するでしょう。
被害者側の言い分と加害者側の言い分が対立し、証拠不十分で廃除の要件を満たすような虐待があったとは認められない、という結果になる可能性が十分ありえます。
その場合、廃除は認められなかったのに、親子関係は今まで以上に悪化するという最悪の事態が想定されます。
そのようなリスクはなるべく取りたくない、というのが背景にあるのです。
実際、判例を見ると、廃除が認められるハードルは相当高いと言えます。
1審で廃除が否定され、2審で認められた例を紹介します。
一つは70代の老父を長時間縄で縛り、苦しむのを顧みず、皮膚が破れて出血するにいたっても放置した事例について、虐待侮辱と判断しました。
もう一つは、子どもが新聞の紙上で父親を狂父と呼び、凶暴奸悪だと非難した行為が侮辱に当たると判断されています。
いずれもかなり悪質な言動をしているのに、1審では廃除が認められなかったことからすると、この辺りが限界事例と思われます。
親子関係を悪化させないための提案
そこで冒頭の事例について、すぐに廃除の申立をすると、仮に廃除が認められたとしても、親子関係は崩壊してしまうでしょう。
もっと家庭内がすさんだ状況になることが懸念されます。
そこで遺言書によって廃除することにし、その旨の遺言書を作成しました。
また、暴力が今後もあれば、すぐに110番することが有効かつ適切な方法であることもあわせてアドバイスしておきました。
これでいったん事件は終わったのですが、数年して依頼者の70代女性から連絡があったのです。
息子の態度が前よりは改善されたので、遺言書は破棄したい、ということでした。
そこで、預かっていた遺言書を女性に返却し、処分してもらうことになったのです。
この家族の今後の幸せを念じたいと思います。