山勘の意味について
山勘の意味は以下のとおりです。
勘でやまをはること。また、その勘。あてずっぽう。
出典:デジタル大辞泉
学生がテストを前にして「やばい、テスト範囲広すぎてとても手が回らない…どこから問題出るんだろう…わからないけど、ヤマカンでたぶんここだ!」と言ってみたり、「これ右か左かどっちに行ったらいいんだろう…わかんないけど、右に行ってみよう!」などの時に、ヤマカンでと言ったります。
「はっきりしないけど、賭けだ!」くらいの意味ですね。
なぜ「勘」に「山」とついているのか、山勘と勘の違いや山勘の語源について以下説明していきますね。
山勘と勘の違いは?
「山勘」に対して単に「勘で」という言葉も使いますね。山勘と勘では何か違うのでしょうか。
少し調べてみると「勘」の方は、視覚・聴覚・触覚などの五感を超えたいわゆる第六感のようなものとして言われますが、まったく根拠なく判断したものではなく、これまでの経験や知識が無意識的に働いてひらめいたアイデア、意見という意味合いのようです。
その意味では「インスピレーション」に似ていますね。
それに対して山勘の方は、「一か八か勘に頼って、万一の成功を願うこと」です。
「山をかける」などとも使われますし、テスト前の学生が「やまをはる」などと言ったりしますね。
勘が「直感」「第六感」「虫の知らせ」など言い換えられるのに対して、山勘は「自分の利益につながることを前提にした予想」などの意味です。
また勘よりも「当てずっぽう」「運任せ」という意味合いが強いようです。
「一か八かの結果をねらって」、「運任せ」で選択するということですね。
山勘の類語
山勘に似た言葉には「運任せ」「適当に」「当てずっぽう」「これといった理由もなく」などがあります。
それぞれ以下のような使い方をします。
「このプロジェクトの戦略は運任せになっている。」
「ギャンブルで適当にあの数字にかける」
「これといった理由はないが、なんとなくこっちの道へ進んでみた。」
山勘の由来は「山師の勘」という説もありますが、以下では、もう一つの説について説明していきます。
山勘の語源・由来
「山勘」という言葉、実は戦国時代の武将「山本勘助(かんすけ)」から来たといわれます。
山本勘助とは、武田信玄に仕えた武将で、信玄を支えた「武田二十四将」の一人です。
最初、今川家で働きたいと申し出るものの、片目が見えず、片足も不自由、おまけに体中傷だらけというその容貌を嫌った今川義元に断られます。
しかしその才能を武田信玄に見込まれ、仕えることになったのです。
勘助の頭には、古今のさまざまな戦略が入っており、作戦を立てては信玄に多くのアドバイスをします。また計略や奇襲も得意で多くの敵を欺いてきて「戦いの神の化身だ」とまで称されました。
そこから、何かをねらって一か八かの策をめぐらすことを「山勘」と呼ぶようになったといいます。
山本勘助の軍略は、若い頃からの深い学問や経験に裏打ちされたものでしたが、その神がかった計略ゆえに、いつしか「運任せ」「当てずっぽう」という意味合いになっていったのかもしれません。
そんな勘助は、ライバル・上杉謙信との戦いの際、自ら立てた作戦を謙信に見破られ、武田軍は大苦戦に陥ります。
結果的には辛くも勝利を収めるのですが、その責任を感じた勘助は自ら敵陣に突撃し、戦死するのでした。
(参考文献:『山本勘助のすべて』上野春朗、萩原三雄『「山本菅介」の実像を探る』海老沼真治)
まとめ
「山勘」の意味は「勘でやまをはること。あてずっぽう」です。
「山勘」と「勘」の違いは、「勘」が直感やインスピレーションに近いのに対して、「山勘」は「一か八か勘に頼って、万一の成功をねらうこと」。
語源については、武田信玄を支えた戦国武将・山本勘助だといわれます。
経験や学問から生み出す軍略が大変優れており、信玄にさまざまな策を授けました。そこから転じて、何かをねらって一か八かの策をめぐらすことを「山勘」と呼ぶようになったようです。
山勘にたよらず行動できるよう、勘助のように日頃から努力していきたいものですね。