もし我が子が「境界知能」だったら?公的な支援・進路へのサポートをご紹介
今年6月、1万年堂出版ライフで「境界知能」に関する記事を掲載したところ、
「うちの子は、発達障害ではなくて「境界知能」だとよく分かりました」という親御さんの声を多数いただきました。
今回は、もし我が子が「境界知能」の特徴に当てはまっていたら、今後公共機関からどのような援助が受けられるのか、また進学に関してどんなサポートができるのか、引き続き、塾講師歴30年の阿部順子先生にお聞きしました。
(1万年堂出版ライフ編集部)
▼昨年9月に発売しました阿部先生の著書です!
「境界知能」って何?
「境界知能」とは、ⅠQが69以下の知的障害には該当はしなくても、ⅠQ70~84で一定の支援が必要な人たちのことです。
境界知能について詳しくは下記をご覧ください。
子どもが「境界知能」かどうか調べる方法は、
診断の手続きは自治体によっても異なりますが、東京では各区に置かれた教育センターでWISC検査ができることがあります。
WISC検査とは「言語理解」「知覚推理」「処理速度」「ワーキングメモリー」の4つの指標とIQ(知能指数)を数値化する検査で、その子の「得意な部分と苦手な部分」から「その子にとってより良い支援の手がかりを得る」ことを目的として行う検査です。
この検査によってⅠQが計測でき、「境界知能」かどうかが判定できます。(IQが70~84であれば境界知能)
「境界知能」の子のための公的支援(固定の特別支援学級・通級)
では、我が子が「境界知能」に該当した場合、公共機関からどのような援助が受けられるのでしょうか。
「境界知能」の子どもが受けることができる公的な支援は、各自治体によってさまざまです。具体的には「固定の特別支援学級」や「通級による指導」などがあります。
「固定の特別支援学級」とは、子どもが毎日通って学習する、学籍のある学級のことです。少人数の学級で一人一人に応じた教育を行います。
「通級による指導」とは、特別支援学級のお子さんよりも、軽度の症状を持つお子さんが、定められた時間に通う支援級のことです。
通級の名称については、『学びの教室』『特別支援教室』『ステップアップ教室』など、自治体によって異なります(以下『通級』と表記します)
例えば、東京都では、近年通級による指導が区内の全学校に設置されています。
拠点校でなくても巡回の先生による指導が、在籍する学校内で受けられます。
全国で『通級』に通う子どもは毎年増えています。
平成17年までは、『通級』に通うのは、弱視・難聴・肢体不自由、または虚弱・病弱・言語障害・情緒障害の子どもがほとんどでした。
平成18年からは、自閉症・学習障害・注意欠陥多動性障害の子どもが加わり、当時41,448人だった人数が令和元年には134,200人まで増えています。
その要因には、親や教員など、発達障害などの子どもへの認知や理解が進んだためだと言われています。
「境界知能」の子どもは、上記症状の枠には入りませんが、通常の学習や生活が困難だということで、現在では多くの子どもが『通級』に通っています。
発達障害ではないため、小学校に入学した時点では見過ごされがちですが、入学後に学業を修めることへの困難さに周囲が気づき通い始めるケース。
また勉強が難しくなる高学年に、学習への困難が生じて通い出す子どももいます。
『通級』は、多くの子どもが一斉に授業を受ける普通級とは違い、少人数で個に応じた指導が受けられるため、学習への自信と能力の向上が期待できます。
実際に『通級』通って自信を取り戻した事例をご紹介します。
「境界知能」のSちゃん(小学3年生)の場合
明るく元気なSちゃんは、保育園までは周囲の子ども達と変わらずに過ごしていました。
小学校に上がる時期が近づき、お母さんは文字の練習や計算を少しずつやらせておこうと思いました。しかし、教えてはみるものの、兄と違って覚えようとはしませんでした。
体を動かすことが大好きなSちゃんのこと、まだ入学前で文字や計算に興味がないだけなのかと、お母さんはそれほど気にかけていませんでした。
小学生になり、本格的な勉強が始まるころ、勉強のつまずきが顕著になりました。
ひらがなやカタカナを覚えるのにとても時間がかかり、計算も何度繰り返しても指を使わないとできません。
家庭内での勉強もなかなか進まず、毎日の宿題をするだけで精一杯になってしまいました。
Sちゃんは、放課後や週末は遊びたいしゆっくりしたい、と主張し、お母さんと口論になってしまうことも度々です。
しかも持ち帰るテストは30点、40点と気になる点数ばかり。お母さんはほとほと困ってしまいました。
秋に学校で三者面談があり、担任の先生から勉強の遅れを指摘されました。
通常の学級では限界があるので『通級』を利用したらどうか、とアドバイスされたため、
お母さんは、区内の教育センターに相談しました。
Sちゃんはさっそく発達検査(WISC)を受け、結果「境界知能」と診断されました。
そして、半年後の2年生から、普通級に在籍しながら、週に1度『通級』に通い出しました。
『通級』では、マンツーマンに近い形でSちゃん個人の課題に合った学習が進められます。
集団授業では理解できなかった勉強も、先生が丁寧に教えてくれました。
飛躍的に学力が伸びたわけではありませんが、勉強に対しての嫌悪感が薄らいでいき、Sちゃんの笑顔が戻ってきました。
お母さんにとっても、兄と比較することなくSちゃんのぺースで課題を進めていくことが一番だとわかり、家庭内の雰囲気も改善されたようです。
このように自治体によって差はあるものの、支援の幅が広がっており、区市町村の教育委員会や教育センターが、相談の窓口になっています。
『通級』では知的な障害児の受け入れはないと記されています。
しかし、発達検査や行動観察、学校内の所見、親の希望など総合的な判断によって「境界知能」でも支援を受けることができます。
困難の度合いや親の希望によっては、「固定の特別支援学級」への転校も可能なケースもあり、柔軟に対応がなされています。
不安な点があるようでしたら、区市町村の教育委員会や教育センターを活用してみてはいかがでしょうか。
「境界知能」の子どもをお持ちの保護者の方は、教育の状況だけでなく、進路についても気になることと思います。
次に「境界知能」の小学生の進路についてご紹介します。
小学生の「境界知能」の子どもの進路(中学受験について)
「境界知能」の子どもを持つ親が、中学への進学について考えた場合「中学受験はとても無理だ」と思い、
そのまま公立校に進学させる方がほとんどかと思います。
しかし、高校受験のシステムは、内申点が必要な場合があること、入試科目(英語)が増えることなどの複雑です。
また、公立の中学校では生徒間の実力差に開きがあるため、出される課題の量も多く難しく、「境界知能」の子どもにとっては負担になりやすいのです。
そこで、中高一貫の私立中学校や大学付属の学校への進学を希望する方もいます。
私立校を選ぶメリット
とはいえ、私立校を選ぶ一番のメリットは、同じような能力の子どもが集まりやすいため、過ごしやすい点です。
思春期に近づくと、周りとの違いを意識しがちです。
特に敏感で繊細なお子さん(HSC)は、自分と似た子どもたちが通う学校の方が、より安心して生活できる可能性が高いと言えます。
実際に私の塾の生徒さんでも、私立の中学校を志望する「境界知能」のお子さんは、多くいます。
知的レベルには個々の差があるので、志望校の慎重な見極めが必要ですが、志望校の選択を誤らなければ、自分のペースで楽しく過ごすことができます。
注意しなければならない点は、偏差値が低めであっても、大学進学実績を伸ばしたいと思っている学校があることです。
学習に対して面倒見がよいのですが、宿題や小テスト、再試験や補習をひんぱんに行うので、追い詰められて不登校になってしまうケースもあります。
そのため、学校の正しい情報や方針を、よく事前に確認することが大切です。
もちろん公立の中学校に進学した場合は、お子さんに合わせた学習ペースを守り、高校の志望校選びをしっかり行うことで、有意義な高校生活を送れると思います。
いずれにしても『楽しく通える学校が子どもにとって一番良い学校』ということを念頭に置かれ、安心して過ごせる学校を選んであげてください。
参考までに「境界知能」のMくんの中学受験の事例をご紹介します。
「境界知能」のMくんの中学受験の事例
Mくんは、学校では控えめでおとなしい男の子。
暗記が苦手で、理解力も乏しく、学校のテストはいつも20点~60点ほどでした。
お母さんは幼少期からMくんを心配し、いろいろな塾に通わせていました。5年生になる頃、私の塾に相談に来ました。
お母さんの希望は、息子の能力だと高校受験で苦労をしそうなので、できれば大学付属の私立中学に入学させたいとのことでした。
Mくんと勉強を始めてみると、「境界知能」の子どもにありがちな、こちらの顔色をうかがいながら仕方なく勉強をしている様子です。
私はMくんと信頼関係を築くとともに、以下の5つの点に留意して指導を進めました。
① クイズを解くように、楽しく心軽やかに進める
② 過去問を早期に分析し、Mくんに合った課題を厳選、限られた問題を完璧にできるようにしていく
③ できるようになったら喜びを分かち合い、達成感や自信をつける
④ 算数に関して、暗記ではなく図に書いて概念を理解してもらう
⑤ 中学受験のメリットをMくんに伝え、やらされる勉強ではなく前向きに取り組める姿勢作りを目指す。
周囲の期待に応えるために勉強する小学生は意外に多いです。
しかし、周囲のための勉強では積極的に学習できません。
子ども自身が納得して受験を希望してこそ、力強い学習に結びつくのです。
私立の中学校の入試問題は学校独自の傾向があります。
志望校の傾向に合わせた対策をすることが合格の可能性を高めます。
家庭では漢字や言葉、計算など、比較的取り組みやすい課題を中心に進め、極力概念を理解してもらうよう努めました。
理解が難しい問題は肯定的に切り捨て、できそうな問題を繰り返して確実に解けるようにしていきました。
そして何よりも一番に力を入れたのは、Mくんのメンタルフォローです。
疲れたときはいったん手を止めて笑わせたり、何か嫌なことがあった時は気軽に話せる雰囲気を作ったり、Mくんの気持ちに寄り添えるよう努めました。
高学年にもなると「境界知能」の子どもは、徐々に周囲との違いに気づき始めます。
利発で器用な友達を目にして不甲斐なさを感じたり、周囲からの何気ない一言に傷ついたりすることも少なくありません。
さらに、自分に自信を持てないことが多く、起きるトラブルは自分のせいだと思い込みます。
親を困らせたくないために、必要以上なことはあまり話さないお子さんが多いように感じます。
しかし、心にトラブルや葛藤を抱えた状態では、学習効果は十分に発揮できません。
「境界知能」のお子さんを伸ばすには、『学習面』と『メンタル』の両輪で行うことが必要なのです。
また、問題を解く際に『どうせできない』『難しい』『わからない』などネガティブな思考が先行してしまいがちなお子さんも多くいます。
そのような時は、問題を解いてもらう前に、
「単位に気をつければ大丈夫だよ」「三角形の面積の公式はどうだったっけ?それがわかれば解けるよ!」
などの声がけをすることが大切です。
直前に教えた問題の類題なので、解けると思った問題が不正解だった場合には、
「少し難しい問題だったね!繰り返せば絶対にできるようになるから大丈夫だよ!!」と常にフォローを心掛けましょう。
やがてMくんは、無事に大学付属の中学校に合格しました。
押され気味で目立たなかったMくんですが、中学に進学してみると自分と同じタイプの子や、自分より幼く感じるお子さんもいて、引け目を感じることなく過ごせるようになったそうです。お母さんも喜んでいました。
「境界知能」の子どもは、今後も自分との闘いが続きます。
『学習面』だけでなく、ものごとを前向きに取り組めるよう『メンタル』を支えることが何よりも大切なのです。
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