「怒り」は抑えられる?
毎日、心穏やかに過ごしたいなと思っていても、ささいなことで「カッ!」と腹が立ってしまいます。
怒(いか)りは、6秒ガマンすると治まるそうですが、そんなに冷静ではいられないですよね。
つい、心のままに言ってしまい、後悔ばかり……。
「怒り」は、「煩悩(ぼんのう)」の1つなのだそうです。
確かに「怒り」に、煩(わずら)わされ、悩まされています。
この煩悩を抑えようと修行しているはずの僧侶なら、「怒り」を抑えられるのでしょうか。
兼好法師は、こんな話を聞いたそうです。
『徒然草』の一段を木村耕一さんの意訳でどうぞ。
なんと尊い感じのする口論なのでしょうか
【意訳】
高野山(こうやさん)の証空上人(しょうくうしょうにん)が、馬に乗って京都へ向かっていた時のことです。
細い道で、前方から、馬に乗った女性が近づいてくるのが見えました。証空上人は、当然、相手が止まって道を譲ってくれると思っていました。
ところが、すれ違う時に、女性が乗っている馬が、証空上人の馬にぶつかり、上人は馬と一緒に堀へ落ちてしまったのです。
女性の馬を引いていた男のミスでした。
男は、素直に非を認めて謝りました。
ところが、証空上人の腹立ちが治まりません。大きな声で、こうどなりました。
「これはひどい乱暴者だ。仏の四部(しぶ)の弟子はな、比丘(びく)より比丘尼(びくに)は劣り、その比丘尼より優婆塞(うばそく)は劣り、またその優婆塞より優婆夷(うばい)は劣っているのだ。このような最も低い位置にある優婆夷などの身分でもって、いちばん高い位置の比丘である私を堀へ蹴落とすなどということは、前代未聞の悪行じゃ!」
女性の馬を引いていた男は、素直に頭を垂れて聞いていましたが、
「今、何とおっしゃったのでしょうか。私には、さっぱり分かりません」
と答えます。
証空上人は、ますます腹が立ち、
「何を言うか。この無知無学のやつめ!」
と荒々しく言ってから、ハッと我に返ったのです。
「こんな素朴な相手に、仏教の専門用語を並べて、怒りをぶつけるとは……。ああ、恥ずかしい」
証空上人は、黙って馬に乗り、一目散に、逃げていかれたそうです。
もし、その場で見聞きしていたら、さぞかし尊い感じのする口論だったに違いありません。
【原文】
高野の証空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乗りたる女の行きあいたりけるが、口引きける男、あしく引きて、聖の馬を堀へ落してけり。(第106段)
(『月刊なぜ生きる』令和3年8月号「古典を楽しむ」 意訳・解説 木村耕一 イラスト 黒澤葵 より)
さぞかし尊い感じのする口論
木村耕一さん、ありがとうございました。
「カッ!」と腹が立つのは、誰にでもあることなのですね。
証空上人が、あんなに腹を立てていたのに、ハッと我に返って恥ずかしくなり、真っ赤になって逃げていったのは、なんともかわいらしいと思います。
兼好さんは、「同じ腹を立てて、文句を言うにしても、仏教の言葉をズラリ並べるなんて、尊いですね」と笑っています。
「古典」って、面白いです。
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