心がきらめく仏教のことば #25

  1. 仏教

「物を大切にする」ってどういうこと?仏教に学ぶお金や時間を活かす心がけ

「仏物」は心がけを言われたもの

今回のテーマは「仏物(ぶつもつ)」です。
または「仏法領(ぶっぽうりょう)」とも言われます。
おおよそ身の回りにあるすべてのものは、仏さまからのお預かりもの、という意味です。

「すべてのものは仏さまからの預かりもの」と聞きますと、所有者は仏さまで、この世のものはすべて、仏によって創られたものなのかと思う方もいるかもしれません。
しかし、そうではないのです。

仏教では、創造主は存在しないと教えられます。
すべてのものは因縁によってできていると説くのが仏教です。
ですから、仏がこの世界や生き物を創ったのではありません。

これは仏教を学び、実践していく上で大事な心がけを言われたものです。
お金や家、車や本、文房具や家電製品、衣類など、いろいろなものを私たちは持っています。
「それらを仏物と心得なさい」というのは、「仏さまからお預かりしているものと思って大事にしなさい」という意味です。

もし大切な人、尊敬している人からお借りしている物となったら、どうでしょう?
大切に、大事に、無駄にしないようにするのではないでしょうか。
同じように、仏さまからお預かりしているという心がけで、すべてのものを大切に扱いなさいと言われているのです。

物を大切にする理由については、以下の事がよく言われます。

・もったいないから
・物を大切にしないと周りから批判される
・特に理由はない

今回は、物を大切にする理由や物を大切にする際の心がけを仏教でどのように言われているか、解説します。

物を大切にする心がけとは?

では、大切にするとはどういうことでしょうか?
いつまでも捨てずにとっておく、残しておくことと考える方もいるかもしれません。

物を使う上で考えさせられるエピソードを紹介しましょう。

釈迦の弟子・阿難は美男子で有名だった。
そのうえに優しいので、女性の憧れの的だったという。
そのせいか、ある国の王様に招かれて説法をした時には、城中の五百人の女性が皆集まって、熱心に聴き入った。

人として生きる意味を聞き、感動した彼女たちは、精一杯のお礼がしたくなった。
そこで、五百人全員が、王様からもらったばかりの高価な衣を寄進することにしたのである。

翌日、王は、朝食の準備をしている女たちの姿を見て驚いた。
皆、古い衣を着ているではないか。

「なぜ、わしが与えた新しい衣を着ないのだ」
問うと、彼女たちからは、「はい、仏教を聞かせていただいたお礼に、布施いたしました」という答えが返ってくる。

王は、おもしろくない。次第に腹が立ってきた。
すぐに阿難を城へ呼び出し、問いただした。

「五百枚もの衣を受け取ったというのは、本当か」
阿難は穏やかに答える。
「そのとおりです。私個人へではなく、仏教のために使ってほしいという気持ちで寄進された物です。断る理由はありません。ありがたく頂きました」

「そんなに多くの衣を、どうするつもりだ」
「お釈迦さまには、たくさんのお弟子があります。寄進してくださった方の気持ちを大切にし、皆に、分け与えます」

こう言われると、もともと仏法を尊く思っている王であるから、反論できない。
しかし、意地悪く追及するのであった。

「では、それまで着ていた古い衣は捨てるのか」
「いいえ、下着に作り替えます」
「古い下着はどうするのだ」
「縫い合わせて、寝る時の褥(敷き布団)にします」
「それまで使っていた褥は」
「敷物にします」
「古い敷物は」
「足をふく雑巾にします」
「古くなった雑巾は」
「細かく切って、床や壁に塗る泥に混ぜて使います。私たちは、施しを受けた物を、決して無駄には致しません

王は、釈迦の弟子たちが物を粗末にせず、どこまでも生かして使うことを知って、心から敬服するのであった。

阿難は、品物を下さった人の心を大切にしている。
「古くなったからといって簡単に捨てては申し訳ない」という気持ちである。
こういう心掛けを、大切にしていきたいものである。
(『思いやりのこころ』より)

物を本当に活用する道

このように物を使ってこそ、真に活かすことができ、無駄になりません。
お金でも物でも、もったいないといって使わなければ、活かされず無駄になってしまいます。

ですから仏教では、お金や物をきちんと活用することが大事であると伝えています。
使うあてがなければ、人に譲って、必要な人に使ってもらうのも、物を大切にすることになりますね。

では、お金や時間、物を何に使ったら本当に活かすことができるでしょうか?
どんな物でも、使い方によっては人を傷つけたり、逆に多くの人を喜ばせたりします。

使い方で結果も変わる

たとえば、お金で考えてみましょう。
私たちが生きていく上で、お金はなくてはならないものです。

お金がたくさんあれば幸せになれるだろうと思い、子や孫に多額のお金や財産を残される方もあるでしょう。
ところが親や祖父母の願いとは裏腹に、残った遺産をめぐって親族どうしで争い、絶縁状態になってしまうという話も聞きます。
せっかくのお金や財産がケンカの原因となり、活かされるどころか不幸の種になってしまうのです。

一方、稼いだお金を惜しげもなく、社会や多くの人に寄付される方もいます。
有名カレーチェーン店の創業者、宗次徳二さんは、社会貢献活動を続けてこられました。
また社会への恩返しとして、福祉や芸術、スポーツなどいろいろな分野に資金援助をされています。

宗次さんは次のように言われていました。

「寄付のお金は、使っていただく時に何倍もの価値を生みます。
本当に必要とする人に使っていただくのですから。
自分のお金が人のために動くほうがうれしいし、それが生きたお金の使い方でしょう。
気持ちが温かくなる最高の心のぜいたくなのです」

(『月刊なぜ生きる』令和4年8月号インタビューより)

人のために使ったお金は、周りの人の心も自分の心も温かくすることになります。

幸せになるために使うことが大事

どんな物でも、何に使うか、どう使うかによって、よくも悪くもなってしまうのです。
仏教では、おおよそすべてのものは、幸せになるために使うことが大事であると教えています。

これには誰でも納得されるでしょう。
お金も身の回りにあるさまざまな物も、私たちを幸せにするためにあるものです。

物を使って私たちが幸せになったときに、お金や物を使ったり、買ったりしてよかったと感じます。
ところが、反対に不幸なことになってしまうと、「せっかく時間やお金を費やしたのに、無駄になってしまった」と感じるのではないでしょうか?

仏教では何があっても決して色あせることも、揺らぐこともない、「人間に生まれてよかった」という喜びがあることを教えています。

極端な話かもしれませんが、あなたが大きな病にかかってしまったとします。
必死の治療や最新の医療装置のおかげで命永らえることができました。
そして仏教を聞き、人間に生まれてよかったという大きな喜びを得られたとしたら、どうでしょうか。

「必死の治療もさまざまな人の助けも、この幸せになるためだったんだ」と感謝と喜びとなり、すべてが活かされることでしょう。

まとめ:すべてのものを活かす心がけ

私たちの身の回りにあるすべてのものは、仏さまからお預かりしているものと言われます。
仏さまからお預かりしているものと心得て、大事に活かしなさいよと心がけを教えられたのが「仏物」という言葉なのです。

仏教では、すべての物は幸せになるために活かしなさいと教えられています。
中でも、人間に生まれてよかったという喜びの身になるために使ってこそ、真にすべてのものを活かすことになります。

ぜひ、いろいろな物を本当の幸せになるために活かしたいですね。

今回ご紹介した書籍

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話題の古典、『歎異抄』

先の見えない今、「本当に大切なものって、一体何?」という誰もがぶつかる疑問にヒントをくれる古典として、『歎異抄』が注目を集めています。

令和3年12月に発売した入門書、『歎異抄ってなんだろう』は、たちまち話題の本に。

ロングセラー『歎異抄をひらく』と合わせて、読者の皆さんから、「心が軽くなった」「生きる力が湧いてきた」という声が続々と届いています!

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