古典の名著『歎異抄』の理解を深める旅へ
先日頂いた梨が、とても甘くて水々しくて、味覚の秋を楽しみました。おいしいものを食べると、自然に笑顔になりますね。
『歎異抄』の理解を深める旅は、紅葉の京都を訪れていました。
『平家物語』に描かれた悲恋の舞台となった「滝口寺(たきぐちでら)」。横笛(よこぶえ)は、斎藤時頼(さいとうときより)に会えるのでしょうか。
木村耕一さん、よろしくお願いします。
(古典 編集チーム)
「意訳で楽しむ古典シリーズ」の著者・木村耕一が、『歎異抄』の理解を深める旅をします
(『月刊なぜ生きる』に好評連載中!)
もう一度だけ
──平清盛(たいらのきよもり)の目にとまるほど美しい横笛と、深く愛し合うようになった斎藤時頼。しかし時頼の父は、身分の違いから二人の結婚を許しませんでした。深く悩んだ末、時頼は出家をしてしまいます。何も言わずに出家をした時頼を追いかけて、嵯峨(さが)の往生院(おうじょういん)の寺を探し回る横笛。そしてついに、小さな寺から、時頼の念仏の声が聞こえてきたのです。木村さん、続きをよろしくお願いします。
横笛は、「私が、ここまで来ました。もう一度だけ、お姿を見せてください」と、供の女性に伝えに行かせました。
胸騒ぎがした時頼は、ふすまのすき間から、そっと外をのぞいてみました。
そこには、歩き疲れた横笛が立っているではありませんか。乱れた髪の間から、流れる涙が、ほおをぬらしているのが分かります。夜も眠れずに悩んでいたのか、まるで別人のように、やせ細っています。
あまりにも哀れな姿を見てしまった時頼は、思わず、外へ飛び出して抱きしめたい衝動に襲われます。
しかし、「こんな弱い心では、とても、仏道修行を全うできない」と、強く恥じたのです。
時頼は、居留守を使って横笛に会わない決心をしました。
寺の者に頼んで、「ここには、そのような人はおりません。寺を間違えられたのでしょう」と伝え、追い返してしまったのです。
──そんな、悲しいです。
横笛は、泣きながら、つぶやきます。
「私は、あなたの仏道修行を妨げようとは思っていません。この世では結ばれないならば、来世は極楽に往生し、同じ蓮の花の上に生まれる縁になれば……と思って訪ねてきたのです。男の心は、川を流れる水のように、瞬時に変わってしまうと聞いていましたが、まさに、そのとおりなのですね……」
時頼は、同じ寺の僧たちに、
「心ならずも、別れた女に、この場所を知られてしまいました。今回は、会わずに帰しましたが、再び彼女がやってきたならば、私は動揺するでしょう」
と言って往生院を出て、女人禁制の高野山(こうやさん)へ登っていったのでした。
横笛は、元の生活には戻る気持ちはありません。
彼女も、浄土往生を願って出家したのです。奈良へ向かって、尼寺に入ったといわれています。
二人の歌
すると、今度は、時頼が横笛に、次のような歌を贈りました。
そるまでは うらみしかども あずさ弓
まことの道に 入(い)るぞうれしき
(意訳)
私は、髪をそって出家するまでは、儚(はかな)く理不尽な世の中を恨んでいました。
しかし、あなたも出家して、真実を求めるようになったと聞いて、とても喜んでいます。
横笛も、高野山の時頼にあてて、歌を贈っています。
そるとても なにかうらみん あずさ弓
ひきとどむべき 心ならねば
(意訳)
あなたが、髪をそって出家して、私を捨てたことは、決して恨んではいません。引きとどめることができるような、あなたではないのですから。だから私も出家して、あなたとともに歩みたいのです。
横笛は、時頼への思いが、あまりにも積もったためか、その後、間もなく亡くなってしまいました。
──あまりにも、悲しい恋ですね。
その知らせを聞いた時頼は、ますます仏道修行に励んだので、「高野の聖(ひじり)」とも、「滝口入道」とも呼ばれる高僧になったといわれています。
一切、差別のない教え
滝口寺の山門から本堂へ向かう階段のわきに「滝口と横笛の歌問答旧跡」と刻まれた石碑がありました。
滝口とは、時頼のことです。
二人が交わした歌を読むと、ともに仏教を求めようとしているのに、別れ別れになってしまった悲しさが伝わってきます。
──このように、愛する人を遠ざけなければ、救われないのが仏教なのでしょうか?
もし、そうならば、厳しい修行ができるような、ごく一部の人しか、仏の救いにあえないことになってしまいます。
これに対して、親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、男も女も差別なく、すべての人が、ありのままの姿で救われる教えが仏教であることを明らかにされました。31歳の時に、公然と結婚されたことが、それを雄弁に物語っています。
『歎異抄』には、次のように書かれています。
(意訳)
弥陀(みだ)の救いには、老いも若きも善人も悪人も、一切差別はない。ただ「仏願に疑心あることなし」の信心を肝要と知らねばならぬ。
なぜ悪人でも、本願を信ずるひとつで救われるのかといえば、煩悩の激しい最も罪の重い極悪人を助けるために建てられたのが、阿弥陀仏の本願の真骨頂だからである。
(原文)
弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし。
そのゆえは、罪悪深重(ざいあくじんじゅう)・煩悩熾盛(ぼんのうしじょう)の衆生(しゅじょう)を助けんがための願にてまします。
(『歎異抄』第1章)
時頼と横笛が、弥陀の本願を説く教えに出合っていれば、悲しい結末を迎えなくてもよかったのではないかと思わずにおれません。
──木村さん、ありがとうございました。『歎異抄』には、すごいことが書かれているのですね。横笛と時頼も、もし、親鸞聖人に出会えていたら、人生が変わっていたかもしれませんね。次回もお楽しみに。