認知症ケアとして注目を集めている技術が「ユマニチュード」です。
前回はユマニチュードがなぜ効果的なのか、技術として学ぶ必要があるのかということ、そして特に大切な4つの動作のうちの1つ「見る」ことについて、精神科医の先生より紹介いただきました。
前回の記事はこちら
今回はその続きの「話しかける」「触れる」「立つ」技術についてです。
(1万年堂ライフ編集部より)
「ユマニチュード」の4本柱
ユマニチュードは、非情に細かく丁寧な動作を教えていますが、特に大切な4つをご紹介しています。
- 見る ただ見るのではなく、視線をつかむ
- 話す 話題がない時でも、会話が続く方法
- 触れる 手をつかまず、下から支えるように
- 立つ 40秒立てるなら、寝たきりは防げる
今回は2番目の「話す」からお話しします。
②話しかける
話しかける技術に、「実況中継する(オートフィードバック)」という方法があります。
特に身体を拭いたり、食事介助をしているときなどに自分の行為を自分で実況中継するように、これから何をするのか、何をしているのかを丁寧に言葉にしてあげることです
その際に「あたたかいでしょう」「気持ちいいですか」など心も温かくなるような言葉も添えられるとなお良いと思います。
たとえば
これから身体をふきますね。左腕からいきますよ。
まずは肩からふくので、左腕をあげていられますか。左腕です。ちょっとお手伝いしますね。
はい、では肩から、、、肘を拭いて、肘の曲がりはいいですね。手のひらも洗いましょう。
指を拭くと気持ちいいですよね。手のツボもちょっと押しましょうか。
はい、ゆっくり左腕を下ろします。
といった具合です。
実はこの方法、実践したことがある人は多いのではないでしょうか。
赤ちゃんに私たちは「よだれを拭こうね、ご飯食べようね、痛かったね、なでなでしようね」などと、自分がやることを言葉にして接します。イメージとしては、これと同じです。
認知症の人たちが特にツラいと感じていることの一つが「話しかけてもらえない」ことです。これも「あなたは存在していない」というメッセージを発することになってしまうからです。
ちょっとした言葉かけでも、こちらが思っている以上に認知症の人がうれしく思っていることはきっとあると思います。
そして、言葉かけをする際に「どんな言葉を使うか、表現をするか」は、聴く人だけでなく、言っている本人の気持ちにも影響を与えます。
ゆっくり穏やかに話すと、相手も自分も優しくなれて、お互いの気持ちを温めてくれます。
また、認知症の人にとっては素直な表現、シンプルな言葉の方が伝わりやすいでしょう。
二重否定や、遠回しな言い方、例え話などは理解しにくいため、照れずに、ストレートに気持ちを表現するようにしてみてください。
③触れる
「触れる」にも、コツがあります。
手のひら全体で広く、やわらかく、ゆっくり、なでるように、包み込むように、という触れ方です。これも赤ちゃんに触れるときのイメージですね。
またその反対を考えると分かりやすいかもしれません。さわり方は粗っぽく、拙速になり、接触面積は小さく、かかる圧力は強くなって、急激な動作で、つかんだりするとどうでしょうか。
特に注意したいのは「つかまない」ことです。
日常生活で自分の手や手首をつかまれることは、普通ありません。あるとすれば強制的に「どこかへ連行される」ような、恐ろしいイメージでしょう。
特に、周囲の状況を理解できない認知症の人にとっては、大変な恐怖であり苦痛です。
つかまず手を下から支え、本人が自分から支えを求めてくるように、優しく触れるように心がけてみてください。
また、皮膚の触覚には、なでる「速さ」と「やわらかさ」を感じて、脳で「気持ちいい」と感じる神経(C触覚線維)があります。ある研究によると手の甲から肘までを「1, 2, 3」と数えながらなでる速さがちょうどいいそうです。
ケアすることを日本語で「手当て」とも言います。文字通り「手を当てる」ことそのものがケアになるということです。
最初に触る場所は、触れる機会が多い手や、感覚が敏感過ぎない背中がよいでしょう。
上述のC触覚線維も、前腕や背中に多いといわれています。特に背中は、手を当てたままにしていても、手のぬくもりが背中全体に伝わり、温かさと安心感を互いに感じられるので、おススメです。
この時も、忙しく無言で触れてしまうと逆効果で、本人に不信感を与えかねません。優しく声を掛けながら、そっと触れてみてください。
参考文献:「人は皮膚から癒される」山口創、草思社、2016年
④立つ
「自分の足で立つことで、人は尊厳を自覚する」という哲学のもと、ユマニチュードでは、最低1日20分は立つことを目指しています。
立つことで筋力の維持・向上や、骨粗鬆症の防止など、身体機能を保つ効果が期待できます。
また、他の人と同じ空間にいることを認識することで、「自分は人間なのだ」という実感も得やすいでしょう。「自立」が「自律」を促すことにつながるのです。
しかし、立つということは、転ぶリスクが生じるということでもあります。
身近で介護する人にとっては「転んで骨折させてしまった」と自分を責めたり、周囲に責められたりする心配もあります。そのため、立ったり歩いたりを促す事には消極的になりがちです。
「立つ」ことのメリットをとるか、デメリットをとるか、ケースバイケースではありますが、難しい問題です。
一つ言えることは、周囲の人みんなで話し合うことです。現場で介護する人に責任が集中しないように、方針を皆で相談しておきましょう。
あらかじめリスクについても共有しておくことが、介護する人をまもることになり、それが本人の自立を促すことにもつながります。
また、立つことを支えること自体も、大変なことです。介護のために腰を悪くしてしまう人も少なくありません。
この対策としては、介護するコツ「ボディメカニクス」が参考になります。てこの原理や、体重移動を上手に利用することで、介護者も本人も負担が少なく動ける工夫が紹介されています。
最後に
ユマニチュードの素晴らしい点は、行為の意味を「言葉」で丁寧に説明していることです。
言葉にすると、それを意識できます。意識できると、良いことは繰り返し行えます。
失敗したことは、どこが良くなかったのか反省しやすくなります。それらを周囲の人と共有し、伝えることもできます。
誰でも意味がないこと、わからないことはヤル気が起きません。
意思の疎通がとりにくくなる認知症の人のケアは、ちょっとした知識や技術を学ぶことで、相手の反応が大きく変わることが少なくありません。
人は、人との関係の中で生きています。その関係性を失いやすい認知症という病だからこそ「見る、話す、触れる」などを通して『人と人との関係』を強く実感できるように接することが、大きな力になってくれるのだと思います。
参考文献:
・ユマニチュード入門、本田 美和子、 ロゼット マレスコッティ著、医学書院、2014年
・ユマニチュード 認知症ケア最前線、NHK取材班、角川書店、2014年
・クローズアップ現代 No.34642014年2月5日(水)放送