眠気に襲われたら
先日、美容室に行ってきました。シャンプーの時に気持ちよくて、ついウトウトと寝てしまいました。
みなさんは、眠たくなることはありませんか。
眠っても問題ない時はいいのですが、大事な授業中や会議中に眠気に襲われるとタイヘンですよね。
それは、今も昔も変わらないようで……。
ある人が、法然上人(ほうねんしょうにん)に、「念仏を称えている時に、眠気に襲われることがあります。どうやって、この眠気を防げばよろしいでしょうか」と尋ねたと『徒然草』に書かれてありました。
木村耕一さんの意訳でどうぞ。
こんな私でも、浄土に往生できるでしょうか
(意訳)
ある人が、法然上人に、「念仏を称えている時に、眠気に襲われることがあります。どうやって、この眠気を防げばよろしいでしょうか」とお聞きしました。
すると上人は、「目が覚めている時に念仏を称えなさい」と答えられたのです。なんと尊いことでしょうか。
また、法然上人は、「現在、生きている時に、正しい信心を獲得し、往生一定(おうじょういちじょう)の身に救われた人は、死んだら必ず弥陀(みだ)の浄土に往生できます。現在、ハッキリ救われていない人は、浄土往生を果たすことができません」と教えられました。
さらに、「こんな私でも救っていただけるのだろうか、と疑っている人でも、弥陀の本願を真剣に聞けば、阿弥陀仏のお慈悲によって疑い晴れて、必ず浄土往生できる身に救ってくだされるのだよ」ともおっしゃいました。なんと尊い教えでしょうか。
(原文)
ある人、法然上人に、念仏の時ねぶりにおかされて行(ぎょう)おこたりはんべること、いかがして此(この)さわりをやめはんべらん、と申(もうし)ければ、目覚(めさめ)たらんほど念仏し給(たま)え、とこたえらる、いととうとかりけり。又、往生は一定とおもえば一定、不定とおもえば不定なり、といわれけり、是(これ)もとうとし。又、疑いながらも念仏すれば往生す、といわれけり、これらも又とうとし。(第39段)
(『こころ彩る徒然草』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)
目が覚めている時に
木村耕一さん、ありがとうございました。
え!? 目が覚めている時で、いいのですか。
法然上人の教えられ方は、とっても優しいですね。
「これなら、私にもできそう!」と思いました。
『徒然草』と並んで有名な古典が、『方丈記(ほうじょうき)』と『歎異抄(たんにしょう)』です。
同じ鎌倉時代に、ほぼ60年間隔で成立しているんですよ。
歴史小説家として有名な司馬遼太郎さんが、
「無人島に1冊の本を持っていくとしたら『歎異抄』だ」
と語ったことは、よく知られています。
司馬さんは、次のように講演しています。
私は『歎異抄』を黙読してわかった気になっていましたが、これは誤りであることがわかりました。
声を出して読むと、リズムがわかってくるのです。親鸞聖人(しんらんしょうにん)、そしてこの本を書いた唯円(ゆいえん)という、あまり知られていない僧侶の心の高鳴りが、声を出すとよくわかってきます。
(『司馬遼太郎全講演』昭和42年5月、京都市での講演より)
みなさんも、鈴木弘子さんの朗読で聴いてみませんか。
下のリンクを押すと、『歎異抄』第1章から第10章までの原文と意訳の朗読が始まります。