推しが見つかる源氏物語 #6

  1. 人生

どんな色にも染まる女性・夕顔の特徴とは?光源氏を惹きつけた3つの魅力

今回は、男性読者にとても人気のある夕顔(ゆうがお)を紹介します。
夕方に咲いて翌朝にしぼむ夕顔の花、そんな儚いイメージを持ちつつ、魅惑的で愛らしく、素直な女性です。

夕顔は白い花であり、ヒロインの夕顔も白が似合う人です。
初めて光源氏とやり取りする場面では、白い扇に筆を走らせ、歌を差し出しました。
夕顔の登場するシーンには、白が印象深く出てきます。

それはなぜなのか、彼女の特徴を知るとよくわかるかもしれません。

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頭中将の元を去った夕顔

夕顔の父親は上流階級の貴族でしたが、早くに両親と死別して没落したようです。
光源氏と出会う前は、彼の親友かつライバルである頭中将(とうのちゅうじょう)の恋人でした。

頭中将との間には娘も生まれたものの、正妻から嫌がらせを受けてどうしようもなく、彼にこんな歌を送ったのです。

山がつの 垣ほ荒るとも おりおりに あわれはかけよ 撫子〈なでしこ〉の露
(山里人のような私の家の垣根は荒れていますが、時々は、垣根に咲く撫子のようなわが子にはお情けをかけてください)

夕顔としては歌の内容から事情を察して助けてほしかったのでしょう。
しかし、事情を知らない頭中将は、夕顔のもとを訪ねればいつものようにおっとりしているので、あまり気にとめませんでした。

夕顔は次のような歌も詠みます。

うち払う 袖も露けき 常夏<とこなつ>に あらし吹きそう 秋も来にけり
(ひとり寝の床の塵を払う袖までも涙で濡れる私に、嵐まで吹きつけ、秋までやってきて飽きて捨てられるのでしょうか)

ところが、本気で頭中将を恨めしく思うそぶりはまったく見せなかったのです。
変わったことはないと思いこんでいる頭中将は、安心したまましばらく訪ねてきません。
結局、夕顔は黙って行方をくらますしかありませんでした。

当時は、結婚しても半年以上会わなければ離婚したも同然と考えられていたようです。
娘のこともあり、夕顔は自分たちの生活の支えとなってくれる人を新たに探さなければならなかったでしょう。

光源氏を魅了!夕顔の3つの特徴

その後、夕顔は光源氏に出会い、彼を魅了していきます。
光源氏を魅了した彼女の特徴を3点ご紹介しましょう。

①自分から歌を詠みかける積極性

夕顔には、ほかのヒロインにない積極的な面がありました。
夕顔が19歳の、夏の日のことです。
光源氏の乗っているらしい牛車が、隣家の門の前で止まっていました。

光源氏のいいつけでしょうが、彼の供の者が、彼女の住む宿の塀に絡んでいる白い夕顔の花を折っています。
彼女は香を焚き染めた白い扇を女童(めのわらわ:仕えている子ども)に持たせました。

「これに花を載せて(光源氏様に)差し上げてください」と女童は光源氏の従者に扇を差し出します。
扇には歌が書かれていました。

心あてに それかとぞ見る 白露の 光そえたる 夕顔の花
(当て推量ですが、光源氏様かとお見受けします。夕日に照らされる白露の光に美しく輝く夕顔、そのお顔は…)

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当時、このように女性から男性に歌を詠みかけるのは、あまりないことでした。
現代で言えば、女性側から初対面の男性をデートに誘うぐらい積極的なことかもしれません。
光源氏は、後で夕顔の歌を見て興味をそそられ、次のように返歌します。

寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 花の夕顔
(近くに寄って誰か確かめたらいかがでしょう。夕影の中、ほのかに見た夕顔を)

秋になって光源氏は夕顔のもとに通うようになりました。

②自分のことを語らないミステリアスさ

彼女は自分のことや心の内はベールに包んで、なかなか語りません。
夕顔は、光源氏に自分の名前を名乗りませんでした。
彼に尋ねられた時は「海士<あま>の子ですもの」と答えています。

光源氏と恋人になったものの、彼はいつも粗末な衣装を身につけ、顔も名前も隠して、人が寝静まった夜更けにこっそりと通ってきます。
夕顔は彼が光源氏だと察していましたが、身分を隠したい彼は名乗ってくれません。

彼女は普通の恋と違うことに悩みを持ち、「本気で私のことを想ってくれているのかしら…」と悩みます。
でも、頭中将の時と同じように、悩むそぶりをまったく見せずにとおすのでした。

互いに名乗り合わない逢瀬に、光源氏が「どちらが狐なんだろうね。黙って私に化かされていてくれませんか」と言ったのに対して、夕顔はそれでもいいかもしれない、と結構本気で思ったようです。

③慣れないことには不安になる繊細さ

積極的で、ミステリアスな夕顔は、一方でとても繊細なところがありました。

8月15日の夜、仲秋の名月の日のことです。
板屋の家のあちこちの隙間から、明るい月の光が漏れてきます。

夕顔の屋敷に来ていた光源氏は、「こんな気詰まりな所より、もっと心休まる所で一緒に過ごそう」と誘います。
彼女は「あまりにも急ですわ」と、不安な気持ちを訴えずにいられませんでした。

しかし光源氏に連れられ、ある荒れ果てた人気(ひとけ)のない屋敷に出かけます。
隠れ家の荒れようは気味が悪いほどでした。

源氏でさえもそう感じたのですから、もともと繊細で、不安いっぱいの中連れて来られた夕顔はなおさらです。
夕顔はとくに屋敷の奥が気味悪くてたまらず、恐怖心から源氏にずっと寄り添っていました。
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光源氏は、「こんなお出かけをするのは、私は初めてだけれど、あなたには経験がありますか?」と聞いてきます。
夕顔は、

山の端<は>の 心も知らで ゆく月は うわの空にて 影や絶えなん
(行く先もあなたのお気持ちもわからないのに、ついていく私は、山に沈もうとする月のように、空の途中で消えてしまうかもしれません)

と、ひどく怖がりながら返事をするのでした。

突然訪れた別れ

出掛けた屋敷で1日、睦まじく語り合う二人…。
二人は夕暮れのほのかな明るさに浮かぶ互いの顔を見つめ、語り合うのでした。
夕顔は光源氏に少しずつ心を開いて打ち解けていきます。

その夜のことです。
光源氏が少しまどろんでいると、枕元に美しい女が現れて、「こんなつまらない女を連れて寵愛するとは本当に心外でつらいことです」と恨みごとを言い、源氏のそばにいる夕顔をかきおこそうとする夢を見ました。

光源氏は太刀を抜いて置き、人を呼んで灯りを持ってこさせます。
夕顔は汗びっしょりになって震えていました。
源氏がその場を離れ、やっと届いた灯りで夕顔を見ると、夢に現れた女の姿が見えて、ふっと消えます。

しかしそれより気になるのは夕顔。
光源氏は寄り添い、「おい、おい」と揺さぶってみます。
しかし、夕顔の体はどんどん冷たくなっていくばかりで、息はとうに絶えていました…。

源氏は言葉を失い、彼女を強く抱きしめます。
女房の右近は泣くばかり、光源氏も呆然とするばかりでした。

六条御息所の生霊?夢に現れた女の正体

作中、夕顔が突然亡くなってしまう展開に戸惑った人が多いのではないでしょうか。
光源氏の夢に現れた女は、光源氏の愛人・六条御息所の生霊ではないかと言われてきました。
しかし、明確に書かれているわけではなく、本当のところはわかりません。

生霊についての作者・紫式部の考えは、六条御息所の記事で紹介していますので、よろしければご覧ください。

夕顔はなぜ亡くなってしまったのでしょうか。
繊細な彼女には気味の悪い屋敷に来た恐怖が極度のストレスになっており、彼女の心身を追い詰めてしまったとも考えられます。

夕顔を失ったことがあまりにショックで、光源氏は体調を崩してしまいました。

まとめ:ミステリアスな女性・夕顔

不思議な魅力で光源氏を夢中にさせながらも、突然亡くなってしまう夕顔。
作中でも夕顔の心情はほとんど語られず、彼女が何を考えているのか、読者は想像するしかありません。

彼女のイメージカラーは白であり、白と言えば何色にでも染まれる色です。
夕顔も言われるがまま、流れるままに相手に合わせて生きていました。

二人で出かけようと話していた場面で、光源氏は夕顔に「この世だけではなく、来世も一緒にいようね」と誓います。
この時に夕顔は次のように返しました。

前<さき>の世の 契り知らるる 身の憂さに ゆくすえかねて 頼みがたさよ
(過去世の因縁のせいでこんなにつらい人生であると思うと、未来も頼みにできそうもありません<幸せになれそうもありません>)

自分の本音を決して見せず、自ら男性に声をかけ、相手に合わせて柔軟に寄り添っていく夕顔は、どこか遊女のようだとも言われます。
実は彼女も、心の底では不安で寂しい心を抱えていたのかもしれません。

とらえどころがなく、しかしなんとなく気になる女性。
物語の中で夕顔の宿があった辺りは、現在「夕顔町」となり、千年経った今でも多くの人から偲ばれています。

さて、頭中将と夕顔の娘は母の死を知らないまま、乳母に連れられ九州で育ちます。
この子は玉鬘(たまかずら)と呼ばれ、のちに母とは違うタイプの魅力的な女性になって都に帰ってくるので、いずれご紹介しましょう。

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次に登場するのは、源氏物語の中でも異色のヒロイン・末摘花(すえつむはな)です。
美しいとはいえない容姿だったと言われる彼女ですが、末摘花を好きな登場人物にあげる人は少なくありません。

彼女の魅力はどんなところにあるのでしょうか。
末摘花の記事はこちらからご覧いただけます。

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