心に寄り添う認知症ケア #3

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認知症の「中核症状」とは?暴言や徘徊は典型的な症状ではない

「暴言」「徘徊」「被害妄想」「暴力」など…

認知症の症状でまず思い浮かべる典型的なものだと思います。

しかし実は、こういった症状は「周辺症状」と呼ばれ、認知症の人すべてが発症する症状ではないのです。

認知症の方が誰しも抱える「中核症状」から、どのように「周辺症状」が引き起こされるのか。

そのメカニズムを知ることが、適切な認知症ケアにつながります。

周辺症状にいたるメカニズム、またケアのポイントを精神科医の先生にお聞きしました。

認知症の「中核症状」「周辺症状」とは

認知症を理解するキーワードの一つに、「“困った人”ではなく”困っている人”」といわれるものがあることは、前回紹介しました。

前回の記事はこちら

まず認知症の症状の基本を知るところから始めましょう。

認知症の症状は「中核症状」「周辺症状」の、大きく2つに分かれます。

中核症状は、脳細胞へのダメージによって働きが低下し、引き起こる症状のことです。
記憶障害や判断力の低下などが挙げられ、日々の生活で色々な不都合や不自由がでてきます。

周辺症状は、中核症状が進むと共に、本人の性格や生活環境など複合的な要因によって生じる、問題行動や心理状態のことです。
具体的な「問題行動」としては、暴力や暴言、徘徊などが挙げられ、「心理状態」としては抑うつや不安、妄想などがあります。

中核症状は認知症の方であれば誰しも抱える症状ですが、周辺症状は本人の性格や生活環境などによる影響も大きく、認知症の方みなが発症する症状というものではありません。

では、周囲の人が困ることが多い周辺症状は、どのようなメカニズムで引き起こるのでしょうか。

「タイミングよく言葉が出てこない…」悩ましい認知症の中核症状

中核症状の中で特に悩ましいのが「タイミングよく言葉が出てこない」ことです。

普通私たちは、会話をするときはテンポよく反応し合い、自然なタイミングでキャッチボールをしています。少し間があっても「何か考えているのかな」と反応を待ちます。

認知症が進んでくると、言葉が出てくるまでの時間が少しずつ長くなってきます。言葉がでてこず、話そうとしていた内容を忘れたりして、会話についていきにくくなるのです。

「『今、今』と急かされると困る」「追われているような気がする」と手記に綴った方もいるように、焦るほど考えがまとまらず言葉にならないために、「何も考えていない、何もわからなくなってしまった」と誤解されやすくなるのです

例えるなら、全く外国語の勉強をしないまま海外留学し、片言で何かを言おうとしてもなかなか伝わらない。そんなもどかしさと似ているかもしれません。

ただ決定的に違うのは、徐々に上達するのではなく、どんどん言葉がでなくなってくるということです

中核症状によって失われる人間関係

スムーズに会話が弾まなくなる頃には、友人関係や近所付き合いも減ってきます。

言葉が出てこない自覚があるために「なさけない」「こんな姿は人には見せたくない」と引きこもりがちになり、また「よそでは人様に気付かれないよう、あまり話さないようにしています。それは家族の者が笑われない為です」とその心情を語る人もいます

会話についていけなくなると、自分から発言することも減っていきます。すると尚更、家族や周囲の人も、話しかけたり話題をふることが減り、家族の団らんから「カヤの外」におかれていると感じてしまいます。

「家族から軽く見られているのかなあと思うから置いてかれるような気がして何んかさびしくなる」

「家族と一緒にいても、自分はいつも独りぼっち」と吐露した人もいます。

認知症の人は様々な辛さを抱えていますが、最もツライと感じるのは「人間関係が消えていく」ことではないかと思います。そして「もう生きていても仕方ない」と自己肯定感が損なわれやすくなってしまいます

“しっかりしてほしい”という気持ちが周辺症状を表面化させる

認知症は、多くの人にとって「なりたくない病」であると同時に、家族にも「なってほしくない病」です。そのため、少しでもよくなって欲しいという願いから「違うでしょ」「こうでしょ」 と注意しがちです

しかし多くの場合、なんとかしようとしてもなんともならないため、励ますつもりで言っていても、本人は“叱られている”“否定されている”と感じられやすいのです

「叱られている」という思いは、周辺症状が現れるかなり前から溜まっているといわれ、それが我慢の限界を超えてしまうと、妄想や徘徊、怒りっぽさなどの「周辺症状」として表面化するのです。

このような状況は、認知症の人自身もそうですが、介護する人のストレスでもあります。認知症の介護は一時的ではなく、長期にわたります。すると体力的、精神的もに余裕がなくなってきます。

余裕がないまま対応していると、認知症の人の自己肯定感をさらに損なうことになりやすく、孤独感や不満が一層大きくなり症状が複雑化しやすくなってしまいます

認知症の方に接する際のポイント

誰でも“困った人”にやさしくするのは難しくても、“困っている人”には優しく接しやすいのではないでしょうか。そのためにもまずは上記のことを知っておいて頂きたいと思います。

その上で、いくつか接し方のポイントをご紹介します。

まずは、あまり細かいことは指摘せず、つながりを大切にすることです。これが自己肯定感という信頼の土台を守ることになります

具体的には、笑顔で、できるだけ話しかけることが大切です。一度に処理できる情報量が少ないため、短い言葉でシンプルな表現の方が伝わりやすくなります。

そして、できなくなったことも出来るだけ受け入れ、なるべく指摘しないようにすることも重要です。「叱られない」というだけで、安心して穏やかになる人も少なくありません。

また、家族の人間関係が影響しやすいからこそ、専門のサービスや施設などに協力を仰ぎ、介護の悩みを抱え込まずに、家族が心身共に余裕をもつことも大切です。

このような、認知症の人は決して”困った人”ではなく”困っている人”という視点が広まり、認知症をめぐる人達に優しい社会がやってくることを願ってやみません。

まとめ

  • 認知症の症状には中核症状と周辺症状の2つがあります。
  • 中核症状の中でも特に悩ましいのが「タイミングよく言葉が出てこない」ことです。
  • 言葉が出てこなくなると、自分から発言する機会が減っていき、それにより人間関係が失われ、自己肯定感も損なわれていきます。
  • 細かい指摘をせずに、笑顔で話しかけることが認知症ケアのポイントです。

 

参考文献

・精神医学(2016年,vol.58, No11) 医学書院

・高橋幸男著(2014年).「認知症はこわくない」 NHK出版

・文藝春秋(2014年8月号)