散歩をしていると、正装した親子連れが記念撮影をしているのを見かけました。
入学祝いのようです。にこやかな笑顔に、こちらもほっこり。ステキな学校生活を送ってほしいなと思いつつ、通り過ぎました。
生きているといろいろなことがありますよね。うまくいかない時ほど、家族の支えはありがたくて心にしみます。私も家族に支えられて今があるんだなと感謝しています。
さて今回は、江戸時代のベストセラー『鳩翁道話(きゅうおうどうわ)』から、一話をご紹介します。
世間中からバカにされていた道楽息子を改心させた親心とは……。
木村耕一さんの意訳でどうぞ。
「天にも地にも、たった一人の子供を勘当することはできません」
姫路の農家に、一人息子に手を焼いている夫婦がありました。
愛情いっぱい育てたはずなのに、大きくなるにつれ、悪さばかりするようになったのです。
そのうち、酒、博打、ケンカで、大暴れするようになってしまいました。
両親は寿命が縮む思いで、諫めました。
「おまえは、なんと不孝者なのか。私らの身にもなっておくれ」
「なに、親不孝だと! そんな不孝者を、誰が生んだのじゃ。俺は生んでもらって迷惑している。それほど嫌いなら、元の所へ収めてくれ!」
逆に息子は、親にくってかかる有り様。手のつけようがありません。
時は、連帯責任が厳しく問われる江戸時代。誰かが罪を犯すと、親類縁者まで処罰されるのです。彼らは、後難を恐れ、何度も「勘当すべきだ」と両親へ促しました。
そのたびに、
「あれでもかわいい一人息子なのです。もうちょっと我慢を……」
と言って、両親は頭を下げてきました。
しかし、息子の悪事は、ますますエスカレートしていきます。
道楽息子が26歳になった時、ついに、親戚の代表が、
「今すぐ息子を勘当するか、我々との親類関係を切るか、どちらか一つにしてもらいたい」
と、強硬に迫ってきました。
両親は、
「そこまで言われるならば致し方ありません。今晩、勘当届を作りましょう。ご苦労ながら、皆様、印鑑を持ってお集まりください」
と返答せざるをえませんでした。
子供を勘当する場合は、親族が連署して奉行所へ届け出ることになっていました。勘当された者は「無宿人」となり、通常の社会生活を送ることができなくなります。
問題の息子は、この日も、近くの村で博打をうっていました。そこへ、
「大変だぞ! 今夜、おまえを勘当するために、親類が集まるそうじゃ。いくらおまえでも、勘当されたら困るだろう」
と、友人が告げに来ました。
「なんじゃと。そいつは面白い。寄り合いの場へ乗り込んで、親戚どもをゆすり、百両ほどぶんどってやる。その金を持って、京か大坂へとんずらしてやるさ」
悪友たちと、前祝いの酒盛りを開く始末でした。
日が暮れてから、息子は我が家へ帰ってきました。
「いきなり入っては、面白くない。俺のことを、悪く言っている最中に、障子を蹴破って、なぐり込んでやろう。ひとまず、裏から様子をうかがうとするか……」
そっと座敷の縁側へ回ってみました。
部屋の中からは、ひそひそと話し声が聞こえてきます。
雨戸の隙間からのぞくと、親類縁者が車座になり、勘当状を回覧し、判を押しているところでした。
息子は、
「よし、親父が判を押すのを合図に、飛び込んでやる!」
と、息をひそめて見つめていました。
やがて、両親の前に勘当状が回ってきました。
母親は大声をあげて泣きだします。
父親は歯を食いしばって、うつむいています。やがて、一言、
「おい、印鑑を取ってきてくれ」。
母親は、返事もできず、泣く泣くタンスの引き出しから革財布に入った印鑑を持ってきました。
父親が、判を押そうとした時でした。
母親がその手にすがって、
「待ってくだされ!」
と泣き崩れました。
「この期(ご)に及んで、何を未練なことを」
父親が、言っても聞きませんでした。
母は切々と語りだします。
「あの不孝者に、この家を譲ったら、3年たたぬうちにつぶしてしまうのはハッキリしています。しかし、それが悲しいからといって、天にも地にも、たった一人の子供を勘当することはできません。
私は、息子のために家を失い、住み慣れた村を立ち退(の)くことになっても悔いはありません。子供のために夫婦そろって乞食になっても、恨みには思いません。どうか、勘当だけは、許してやってください」
母親の涙の訴えを聞いて、父親も覚悟が決まったようです。急に、印鑑を財布の中にしまって、親戚一同へ向かって言いました。
「今、家内が言ったことは、親として、もっともであります。誠に申し訳ありませんが、息子は勘当いたしません。その甘さがいけないと、笑われるでしょう。笑われてもかまいません。
我が子のために代々の家をつぶすのは、先祖に申し訳ないと思います。
また、勘当しなければ親戚付き合いを絶たれるのも分かっております。
世間の義理も、すべて顧みぬのは、ただ、子がかわいいばかり……。決して、あなたたちへ迷惑はかけませぬ。
我が子のために、大道でのたれ死にしようとも、誰も恨みません。子供のためならば、何と言われてもかまいません」
父親は、男泣きに泣き始めました。
世間中から見捨てられた極道者であってでも、親だけは変わらぬ愛を注いでいてくれる……。
裏の雨戸の陰で聞いていた道楽息子。ただジーンと、熱いものが込み上げてきました。鬼のような男の、どこに涙があったのか……、声を殺し、体を震わせて、泣かずにはおれなかったのです。
息子は、表へ回り、座敷へ入っていきました。
突然の出来事に、一同は、サッと緊張します。暴れだすのかと思いきや、手をついて、涙ながらに語りだしました。
「これまで、ご迷惑ばかりおかけし、申し訳ありませんでした。今後は、必ず改めますので、今夜の勘当、しばらくご容赦ください。
永くとは申しません。30日間待ってください。その間に性根が改まらなかったら、勘当されても、一言の不服も申しません。どうか、お願いいたします」
畳に頭をすりつけている我が子の姿が不憫でなりません。両親は、ただ、息子を抱いて、喜びの涙を流すばかりでした。
この日から、道楽息子は、全く別人のように生まれ変わりました。
両親に孝行する姿は、国中で評判になり、やがて、農村をまとめる「大庄屋役」に抜擢されたほどでした。
息子の変わりようが、いかに大きかったかが知らされます。
(『新装版 親のこころ2』木村耕一著/マンガ・太田寿)
変わらない親心
木村耕一さん、ありがとうございました。
世間中からバカにされたり、非難されたりしても変わらない、親心にジーンときました。
親に孝行したいと思いながらも、なかなかできていないと反省します。
この息子のように、心がけたいと思いました。
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