推しが見つかる源氏物語 #9

  1. 人生

友だちにしたい登場人物・朝顔の姫君|光源氏には塩対応で独身を貫いた唯一のヒロイン

今回紹介する朝顔の姫君は、友だちにしたい登場人物ナンバー1とも言われる女性です。

彼女は、光源氏の父である桐壺帝の弟・桃園式部卿宮(ももぞのしきぶきょうのみや)の姫君で、源氏にとっては、父方のいとこにあたる人です。

ずば抜けた美貌と魅力を持つ光源氏から、どれだけ恋心を訴えられても受け入れなかった唯一の女性で、生涯独身を貫きました。
源氏とは友情関係を保ち続けたのです。

朝顔の姫君は、いったいどんな人だったのでしょうか。

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朝顔の姫君が光源氏を受け入れない理由

朝顔の姫君は、光源氏が17歳の頃には彼と手紙のやり取りをしていたようです。
その頃にはすでに恋心を訴えられていて、光源氏から朝顔の花を添えて手紙をもらったことも世間の噂になっていました。

しかし、二人はあくまで手紙のやり取りをするだけの関係でした。
朝顔の父親も二人が結婚することを望んでいたのに、彼女は決して受け入れません。

朝顔の姫君が光源氏を拒んだのには、ある理由があります。

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元皇太子妃の六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)が、愛人である源氏のつれなさに大変苦しんでいると世間中が噂していました。
朝顔の姫君は噂を聞いて、「私はあの方(六条御息所)の二の舞にはなるまい」と思います。
光源氏には、失礼にならない程度に最低限の返事をしつつ、手紙のやり取りを控えるようになりました。

さらに朝顔の決意を固める出来事が起きます。
賀茂祭に関わる行列に光源氏が正装して参加することになり、朝顔も見学に出かけました。
彼女はこのとき遠目で、光源氏の正妻・葵の上と六条御息所の「車争い」を目撃したのです。

車争いの詳細については、こちらの記事をご覧ください。

車争いによって、六条御息所の牛車は壊されて奥に押しやられ、お忍びで光源氏の姿を見に来たことが周り中に知られてしまいます。

朝顔は心を痛めたに違いありません。
光源氏の姿を見れば、その美しさに心動かされるものの、六条御息所の苦悩を思うと、手紙のやり取り以上の深い仲になることは考えられませんでした。

塩対応の朝顔とあきらめない光源氏

朝顔の考えをよそに、光源氏は彼女をあきらめきれず、何度も何度もチャレンジします。
それでも朝顔の返事は変わりませんでした。

光源氏とのやり取りの場面をいくつかご紹介したいと思います。

➀掟破りに対する手厳しい一撃

朝顔の姫君は、賀茂の斎院(賀茂神社に仕える未婚の皇女)に任命されます。
20代の光源氏は父・桐壺院を亡くして寺院にこもっていたのですが、よけいに女性たちのことが思えてきたようです。

なんと賀茂の斎院になった朝顔にも手紙を送ってきました。
これは帝の妃にラブレターを送るのと同じくらいの掟破りで、決してあってはならないことでした。

しかも内容は、「二人きりで過ごしたあの昔の秋をしみじみと思い出すこの頃です」というもの。
まるで一夜を共にしたことでもあるかのような口ぶりです。

図々しい態度の光源氏に驚いた朝顔は、

「その昔、何があったというのでしょう?
二人きりで過ごしたというその秋のことを、詳しく聞かせてもらいたいものです」

と手厳しく返しました。
傲慢な光源氏に一撃を与えるのも大切なことですね。

➁会話も女房を介する徹底ぶり

10年近く経ったころ、父の喪に服するため、朝顔は賀茂の斎院の役目から退きました。
そして、亡き父の屋敷で叔母と一緒に暮らすようになります。

光源氏は朝顔の姫君への想いを再び燃え上がらせます。
彼女に見舞いの便りを何度も送ってきました。

やがて叔母への見舞いにかこつけて屋敷を訪ねてくるのでした。
光源氏にとっても叔母にあたる人なので、格好の口実になります。

彼は、叔母の見舞いの後で朝顔の姫君に会いに行くのです。
夕闇迫る時刻でした。

喪に服している朝顔の姫君は鈍色(にびいろ)の御簾(みす)の中、鈍色の衣に身を包んでいます。
源氏とは御簾越しで女房(お世話する人)を間にはさんでの会話です。

友だちにしたい登場人物・朝顔の姫君|光源氏には塩対応で独身を貫いた唯一のヒロインの画像2

源氏は不満でした。
「御簾の外とは、若者扱いするのですね。ずっと昔からあなたに心寄せてきた功労を認めてくれないのですか…」
朝顔は「言われる“功労”についてはゆっくり考えます」と女房を介して返事をします。

光源氏は「これまで経験してきたつらい思い出を聞いていただきたい」と食い下がりました。
しかし朝顔は取り合いません。

やがて光源氏は深くため息をついて立ち上がります。
「恋する男のなれの果てとでも扱っていただきたかった」と言い残して立ち去りました。

光源氏は若々しく、昔よりずっと優美でした。
彼の名残を女房たちはいつものように、大げさに褒めちぎります。
寂れていく屋敷で仕える女房たちは、朝顔が光源氏と結ばれてみんなが豊かな生活になることを願っていました。

もしも女房の一人でも朝顔を裏切って源氏を中に入れたら大変なことです。
彼女は気を張りながら、女房たちをしっかりとまとめ、光源氏との会話も女房を介することで、彼と会わないように徹底していました。
あくまで親しい友人同士の距離を保ちます。

➂心惹かれても信念を貫く

雪がちらつく夕暮れ時、光源氏はまた叔母の見舞いを口実にやってきます。
叔母は話の途中で寝てしまい、これ幸いと朝顔の姫君のもとを訪ねるのでした。
 
光源氏は朝顔の姫君にたいそう真剣に話しかけます。

「ただ一言、人づてではなく直接、嫌いだとでも言ってくだされば、あなたをあきらめるきっかけにします」

と身を乗り出しました。
朝顔は昔からのことを思い出します。

亡き父もなんとか光源氏様と結婚させたいと思っていらしたけれど、恥ずかしいとそのままにしてしまった。
父も亡くなり、私も盛りを過ぎた年齢になり、ますます不釣り合いになった。「一言」などとんでもない…。

朝顔の気持ちはまるで揺らぎそうもありませんでした。
源氏はあくまで女房を介して返事をしてくる朝顔にじれったい気持ちになります。

光源氏は次第に心細くなり、涙をぬぐって、

つれなさを 昔に懲りぬ 心こそ 人のつらきに 添えてつらけれ
(昔からのあなたのつれない仕打ちに懲りない自分の心もまた、あなたのつれなさに加えて恨めしいことだ、想いを寄せた私が悪いのですが)

と訴えます。

あらためて 何かは見えん 人のうえに かかりと聞きし 心がわりを
(今さらお目にはかかりません。他の女性に対してもあなたは心変わりがあったと聞いていますから。私の心は変わりません)

朝顔の姫君はこのように返事をするのでした。
私たちにとってはこの関係がいいんだ、という信念を貫きます。

光源氏に対する朝顔の心情

聡明で冷静な朝顔ですから、光源氏の人柄の良さや情のこまやかさがわからないわけではありません。
朝顔自身も、光源氏の美しさに心惹かれる気持ちはあったのです。

ただ、心惹かれているところを少しでも見せれば、彼は自分を世間の普通の女と同じに思うだろう、と考えます。
だから、光源氏への気持ちを見せずに接しよう、と決意するのです。
今は仏道を求めたいと、一途に勤行に励むのでした。

一方の光源氏は、年が明けても朝顔の姫君をあきらめきれません。
亡き父の喪が明けた朝顔に挨拶の手紙を送ります。

源氏自身は、誠意を尽くせば姫君の気持ちも和らぐのではと待っていました。
無理に忍び込んで契りを交わすことは考えません。
朝顔の心を傷つけたくなかったからです。

朝顔の人柄がわかる2つのエピソード

彼はなぜ、朝顔に執心するのでしょうか。
それには、朝顔の思いやりの深さや律義さも関係していたのではないかと思います。

彼女の人柄がわかる2つのエピソードを紹介します。

➀妻を亡くした光源氏への心遣い

光源氏の正妻・葵の上は男の子を出産したあと、少しして亡くなります。
急なことでしたから、源氏のショックの大きさは計り知れません。

彼から手紙が届きました。

わきてこの 暮<くれ>こそ袖は 露けけれ もの思う秋は あまたへぬれど
(とりわけ今日の夕暮れは涙も流れて袖を濡らします。もの思う季節といわれる秋は何度も経験してきましたが)

筆跡も丁寧で、彼の心情を思うと返歌をせずにはいられませんでした。

秋霧に 立ちおくれぬと 聞きしより しぐるる空も いかがとぞ思う
(秋、奥様に先立たれたとお聞きしてから、はや時雨の降る頃となり、どれほど深く嘆いていらっしゃるかと思っております)

源氏には、いつもあっさりした対応をする朝顔の姫君ですが、こんな時は心を込めてきちんと風情のある返事をしてくれる、と源氏は胸を打たれます。

そしてこういう間柄こそ、ずっと優しい心を通わせあえるのだろう、と考えるのでした。

➁光源氏の娘への贈り物

光源氏の娘が皇太子の妃として宮中に入ることになり、裳着の式(もぎのしき:成人式)を迎えるときのことです。
源氏は、嫁入り道具として持たせる香の調合を、娘とゆかりのある人たちに頼んでいました。

彼は朝顔にも調合を依頼します。
彼女なら素晴らしいものを作ってくれると思ったのでしょう。

これまで光源氏からしつこくアプローチを受けるたびに受け流してきた朝顔も、お祝いの気持ちで、香の調合を頼まれると快く引き受けました。
さっそく梅の枝に手紙をつけて香壺(こうご)を届けます。

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光源氏は「お願いしてからすぐに香を作ってくださった」と感謝しました。

手紙には、

花の香は 散りにし枝に とまらねど うつらん袖に 浅くしまめや
(花の香りは、花が散った枝に残っていませんが…。この薫物<たきもの>は盛りを過ぎた私には無用のものでも、薫<た>きしめてくださる姫君の袖には深く染みこむことでしょう)

とうっすら書きました。

源氏からは「花の散った枝…あなたにますます心惹かれます」と、お礼の返事に歌が添えられていました。
彼女の心遣いに触れ、どうしても朝顔が忘れられないのでしょう。

******

月日が経ち、朝顔の姫君は独身のまま出家しました。
ひたすら熱心に勤行に打ち込み、わき目もふらずに仏道に専心しているらしい、と光源氏は人づてに聞いています。

出会った多くの女性の中で、思慮深く優しいという点では並ぶ人がいなかったと振り返りました。

まとめ:友だちにいてほしいヒロイン・朝顔の姫君

光源氏とのやり取りからもわかるように、どこまでも聡明で、冷静な朝顔。
自分自身や他人の境遇、行く末を客観的に考えられる女性です。

調子に乗っている時はビシッと叩いてくれ、つらい時、悲しい時には懇ろに優しく寄り添ってくれる。
娘が結婚するという幸せな時は、当事者の源氏の気持ちを受け止めて一緒に喜んでくれていました。

彼女のことを知れば知るほど、やはりいちばん友だちにいてほしいヒロインだなと感じます。

******

朝顔の姫君は光源氏に対して基本的にあっさりした態度をとっていました。
朝顔とは対照的に、光源氏をどこまでも優しく受け止めて癒してくれたのが花散里(はなちるさと)でした。

次回は花散里について書きたいと思います。
花散里の記事はこちらからご覧ください。

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