推しが見つかる源氏物語 #24

  1. 人生

最後のヒロイン・浮舟の波瀾万丈の人生|薫と匂宮との三角関係の結末とは

今回から2回にわたって紹介するのが、最後のヒロインとなる浮舟(うきふね)です。

ヒロインたちの中で最も身分が低い浮舟は、不遇な人生を歩む中で薫と出逢います。
更には匂宮とも出逢ってしまいます。

二人の間で板挟みとなる浮舟は、いったいどうなるのでしょうか。
ドラマのような浮舟の人生を、一緒にたどってみましょう。

最後のヒロイン・浮舟の波瀾万丈の人生|薫と匂宮との三角関係の結末とはの画像1

波瀾万丈な浮舟の人生

浮舟の母「中将の君」は八宮に仕える女房でした。
八宮は正妻を亡くしたばかりの頃、寂しさに耐えかねて中将の君と結ばれました。
やがて誕生した女の子が浮舟です。

後には「俗聖(ぞくひじり)」とまで言われた八宮でしたが、浮舟をわが子と認めず、中将の君ともども追い出しました。
中将の君は幼い浮舟を連れて、後の常陸介(ひたちのすけ)の後妻となり、東国で生活を始めます。

多くの兄弟姉妹の中、一人だけ父の違う浮舟は、常陸介から疎まれて成長しました。
中将の君はそんな娘が不憫で、何とかして晴れがましい結婚をさせてやりたい、と願っていたのです。

東国から都に戻って、中将の君は自分の一存で浮舟の婿を決めました。
ところが、財産目当ての相手は、浮舟が常陸介の実子ではないと知るや破談にし、なんと浮舟の異父妹に乗り換えます。

常陸介は実の娘の結婚を大いに喜び、浮舟のために用意された婚儀の品々も部屋も一切、妹のために取り上げてしまったのです。
あまりの仕打ちに耐えかねた中将の君は、二条院で暮らす中の君(浮舟の異母姉)に浮舟を預けることにしました。

匂宮と浮舟の出会い

二条院に預けられた翌日、突然見知らぬ男が浮舟の部屋に入ってきて、慣れた様子で口説いてきました。
結局、事無きを得るも、浮舟は悪夢の心地で全身が冷や汗でぐっしょりとなり、震えが止まりません。
好色と噂の匂宮だと分かれば、なおさらです。

事の次第を聞いた中将の君は、すぐさま浮舟を三条の家へ移します。
まだ造りかけの粗末な小さな家で、隠れるように暮らすことになりました。

中将の君から心配する手紙が届きます。
浮舟は自身のふがいなさに泣きながら、「所在なさなど、なんでもありません。かえって気楽です」と歌を返しました。

ひたぶるに うれしからまし 世の中に あらぬところと 思わましかば
(ただひたすらに嬉しいことでしょう。ここが憂き世でなく別世界であると思えたら)

青天の霹靂…。薫と宇治へ

しばらくして訪ねてきたのが薫です。
「宇治でお見かけしてから、恋しく思っておりました」と強引に入ってきました。

彼はかつて、浮舟のもう一人の異母姉・大君(おおいぎみ)に恋をしたものの、死に別れました。
大君のことが忘れられない薫は、彼女にそっくりな浮舟を身代わりとして手に入れたいと思っていたのです。

大君については、こちらの記事で解説しています。

身分差もあり、浮舟への思いやりやためらいはまったくありませんでした。
浮舟にとっては青天の霹靂です。逃げようもなく、彼と一夜を過ごしました。

翌朝、浮舟は薫に抱き上げられ、何も聞かされないまま車に乗せられます。どうやら宇治へ向かうようです。
薫が亡き大君への恋しさを募らせる横で、彼女はすっかりうつ伏していました。

******

宇治に着くと、川や山の景色が美しく映える山荘の様子に浮舟は慰められますが、当然不安な気持ちになります。
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薫は「あなたはなぜ、あんな田舎で何年も暮らしていたの」と言いながら一人で琴を弾きます。浮舟はこうした遊びには無縁です。

浮舟はひどく恥ずかしくなり、白い扇をいじりながら横たわっています。
その横顔は透き通るように白く、大君と似ていました。

薫は浮舟に音楽のたしなみも教えたいと思います。
東国育ちの浮舟には、音楽などの教養がありません。
しかし、「大和言葉ですら不似合いな育ちです。なので、大和琴(和琴)を弾くなどはとても…」と返す機転はありました。

匂宮は浮舟を求めて宇治へ

一方匂宮は、二条院で出逢った女性(浮舟)が忘れられませんでした。
妻・中の君に尋ねるも、中の君は薫の気持ちを考えて知らないふりをします。

ところが、正月に浮舟から中の君へ年賀の品と手紙が届きました。
中の君は知り合いの娘からとうそをつきますが、匂宮は相手が浮舟だと察したのです。

浮舟の居場所を調べたところ、薫が宇治に隠し住まわせていることを知りました。
ある晩、宇治の山荘に出かけ、浮舟を見つけたのです。

薫を装い、暗闇の中、女房の右近を騙して寝所に入りました。
田舎育ちの浮舟には、薫と匂宮の香りの違いはわかりません。

やがて相手が匂宮だと気付き、驚いて呆然とします。
中の君にも申し訳なく、浮舟は声を上げて泣かずにはいられませんでした。

匂宮に惹かれていく浮舟

翌朝、匂宮は滞在を1日延ばして帰ろうとしません。

浮舟は匂宮の洗面の介添えをしようとします。薫にしていたことです。
しかし、これは女房の仕事。
匂宮は不愉快に思い、「あなたがお使いなさい」と勧めます。

浮舟は落ち着いた薫を見慣れていたけれど、会えねば恋死しそうなくらいの匂宮を目の前にして、愛情が深いとはこういうことだろうかと身に染みます。
浮舟はまた、端整な薫と違うタイプの匂宮を、繊細で美しく気品があると感動しました。

匂宮はさらさらと若い男女が添い臥している絵を上手に描き、「いつまでもこうしていたいね」と語り、浮舟は涙がこぼれてしまいます。
匂宮は、次の歌を書きつけました。

長き世を たのめてもなお かなしきは ただ明日知らぬ 命なりけり
(二人の仲を末長くと約束しても、やはり悲しいのは、明日をも知れぬ命のはかなさです)

浮舟は、次の返歌を書きます。

心をば なげかざらまし 命のみ さだめなき世と 思わましかば
(明日をも知れないのが命だけならば、変わっていく人の心を嘆かなくてもすむでしょうに)

匂宮から何度も薫とのいきさつを尋ねられて困惑しながらも、一途に想いを訴える匂宮の情熱に、浮舟の心は傾いていきます。

夜も明けきらないうちにと、匂宮は引き裂かれる思いで帰っていきます。
浮舟も切ない思いで歌を詠みました。

涙をも ほどなき袖に せきかねて いかに別れを とどむべき身ぞ
(涙さえ私の狭い袖では拭いきれないのに、こんな身の上の私にどうしてあなたとの別れをせき止められるでしょう)

薫と匂宮とで板挟みになる浮舟の苦悩

2月になり、薫は久しぶりに宇治を訪問します。 
浮舟は大変後ろめたく、空さえも自分をにらんでいるようで恐ろしく感じました。

そう思いながらも、匂宮のことばかりが思い出されます。
また薫と一夜を過ごすのかと思うとつらく、匂宮が今夜のことを聞いたらどう思うか、苦しくてなりません。

匂宮と浮舟の逢瀬を知らない薫は、浮舟の様子を見て、彼女が情のわかる大人の女性として成長したのだと喜びます。
さらに、「あなたを迎えるところは出来上がってきましたよ」と言うのです。

実は昨日、匂宮も「あなたが暮らす静かなところを見つけて用意した」と知らせてきました。浮舟は胸が痛みます。
 
匂宮になびいてはいけない、と思う先から匂宮の面影が浮かびます。
「なんと嫌な浅ましい自分だろう」とばかり思えて泣いてしまいました。

夕月夜に二人で外を眺めます。
涙を流す浮舟に薫は、歌を詠みかけます。

宇治橋の ながき契りは 朽ちせじを あやぶむかたに 心さわぐな
(宇治橋のように、先の長い私たちの約束は朽ちないのだから、危ぶんで心悩ませることはない)

浮舟はこのように応じました。

絶え間のみ 世にはあやうき 宇治橋を 朽ちせぬものと なおたのめとや
(板の絶え間が多くて危ない宇治橋なのに、それでも朽ちることはないと信じていいのでしょうか。訪れも途絶えがちなのに、頼りにしていいのでしょうか)

浮舟がどこまでも受け身な2つの理由

ここまでの浮舟の様子を見て、どう思われるでしょうか。

「浮舟はなぜ、自分の意思で動かないの?」「嫌なら嫌と言えばいいのに」
そのように感じる方も少なくないかもしれません。

しかし浮舟には、流されるしかなかった理由がありました。

➀生きるために必要だった

浮舟は実の父から認知されず、育ての父からも疎まれていました。
幼いころから、味方となってくれるのは母・中将の君だけ。

浮舟にとっては、生きることイコール、お母さんに従うことでした。
幼いころから、母の言うとおりに生きることが彼女の当たり前だったのです。

当時、女性が一人で生計を立てて生きていくことは、ほとんどないと言ってもいいでしょう。
父や夫など、男性に支えてもらうのが、女性の生きる道でした。

薫と出逢ってからは彼が頼りで、浮舟に断るすべなどなかったのです。

➁圧倒的な身分の低さ

なんといっても浮舟についてまわるのは、身分の低さです。
実の父にも育ての父にも不遇な扱いを受けた彼女の身分は、中流以下だったでしょう。

一方、薫は上流貴族の中で最も将来有望な人物でした。
そして匂宮は、ゆくゆくは皇太子になることを期待されていた人物です。
平凡な一人の女性が、将来を約束された人たちと対峙して、自分の意見を言えるわけがありません。

だからこそ浮舟は、どんなに不本意なことでも、受け入れるしかありませんでした。

匂宮とのひととき、浮舟の不安

浮舟の悩みをよそに、薫に対抗意識を燃やす匂宮は、無理に時間を作って浮舟のもとへ出かけます。
雪の降る夜更け、思いがけない匂宮の訪れに、浮舟は心打たれました。
 
浮舟を川向こうの家へ連れ出す計画をしていた匂宮は、浮舟を抱き上げて小舟に乗せ、そのまま宇治川を渡っていきます。

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有明の月が空高く澄み、水面が月光に照らされてきらきら輝く場所で、船頭が「橘の小島です」と船を止めました。
緑の深さに、匂宮は、歌を詠みかけます。

年経<ふ>とも かわらぬものか 橘の 小島の崎に 契る心は
(長い年月が経っても変わるものか、橘の小島の崎であなたに後々までもと約束する心は)

浮舟は、次のように返すのでした。

橘の 小島の色は かわらじを この浮舟ぞ ゆくえ知られぬ
(橘の小島の緑は変わらないように、あなたの心も変わらないかもしれませんが、水に漂う浮舟のような私はどこへ行くのでしょうか)

永遠を約束する匂宮に、表面上は応じた浮舟も、彼の心が変わらないとはとても思えなかったでしょう。
薫の存在も考えれば、わが身はどうなるのだろうという不安な気持ちだったかもしれません。

二日間をともに過ごす間、匂宮は「こっそり連れ出して隠したい」と繰り返し話し、薫には逢わないようにと求めてきます。
浮舟は返事もできず、涙がこぼれるばかりでした。

思いつめる浮舟

その後も、薫と匂宮からそれぞれ手紙が届きます。
匂宮は3月末ごろ、薫は4月10日に浮舟を引き取ると決めていました。

浮舟は、「今のままならとんでもない事態になるだろう。匂宮様は私が山奥にこもっても必ず見つけ出して、匂宮様も私も身を滅ぼすに違いない」と悩みます。

浮舟の母・中将の君が宇治に訪れ、そばの人たちに「娘が京に移ることになりました」と話しかけました。
みなは薫と匂宮のうわさをし始め、匂宮の好色ぶりが話題になります。

母は「娘が匂宮様と不都合な問題でも起こしたら、私は二度と顔を合わせないでしょう」と言います。浮舟は胸が潰れてしまいそうでした。

浮舟が、「消えてしまいたい」と思っていると、女房たちが「先日、子どもが川に落ちたとか。命を落とす人の多い川だこと」とうわさします。
宇治川の流れが恐ろしい響きを立てていました。

浮舟は母と会えなくなる気がして、そばにいたいと願うも、中将の君は妹の出産の準備があり、かないませんでした。

匂宮との関係が薫に発覚!

そしてとうとう、浮舟と匂宮の密通が薫に知られてしまいます。
宇治の邸で、薫と匂宮の使いが鉢合わせたためです。

薫から浮舟へ、裏切りをなじる文が送られてきます。

波越ゆる ころとも知らず 末の松 待つらんとのみ 思いけるかな
(あなたが心変わりしているとも知らず、私を待ってくれているとばかり思っていたことよ)

「私を笑い者にしないでください」とだけあり、浮舟は胸が潰れます。
宛先が違います、と文を薫に戻しました。
薫は、見たことのない機転だな、と微笑み、浮舟を憎みきれません。

******

その後、薫は、屈強な男たちに宇治の邸を警護させるようになりました。
「不審な者がいれば、厳重に処罰する」というのです。

そんな中、浮舟は匂宮から「必ず迎えに行く」という文を受け取りました。
匂宮の面影が浮かび、手紙を顔に押し当てて激しく泣きます。返事はとてもできません。

浮舟からの返事が途絶えた匂宮は、またしても必死の思いで宇治に出向きます。
しかし、今までとは打って変わった強固な警備に、引き揚げざるをえませんでした。

「私さえいなくなれば…」浮舟の選択

右近と女房の侍従の君からは、「どちらかお一人にお決めください」と言われましたが、浮舟は途方に暮れるばかりです。
浮舟の立場からは、どちらかを選ぶことなどできませんし、選んだとしても相手に迷惑をかけることに変わりありません。

「どちらの方に決めても、ひどく恐ろしいことが起きるだろう。私ひとり死ぬのが一番いい。間違いを犯した私が生きて落ちぶれて世間の笑い者になるなら、母は私に死なれるよりつらいはず」と思えてきます。
薫や匂宮、母の今後を思いめぐらして、自分ひとりがいなくなればいいと考えたのです。

眠れないまま夜が明け、宇治川を眺める浮舟。
屠所に引かれていく羊よりも、死が近い気持ちになります。

匂宮からの文の返事には、次のように書きました。

からをだに 憂き世の中に とどめずは いずこをはかと 君もうらみん
(亡き骸さえもつらいこの世に残さなかったならば、あなたはどこを目当てに私をお恨みになるでしょうか)

薫には、自分がどうなったかは分からずじまいにしたい、とそのままにしました。
京にいる母からは、「あなたのことで不吉な夢を見ました。心配で、あなたに会いに行きたいのだけれど…」と書かれた手紙が届きます。

母への返事には、次のように書きました。

のちにまた あい見んことを 思わなん この世の夢に 心まどわで
(のちの世でまた会えると思っていてください。この世の夢に心を迷わせないでください)

また、紙に歌を書きつけ、何かの枝へ結び付けます。

鐘の音の 絶ゆるひびきに 音〈ね〉をそえて わが世尽きぬと 君に伝えよ
(鐘の音が消えていく響きに、私の泣く音を添えて、私の命も尽きたと母に伝えてもらいたい)

******

翌朝、浮舟の姿が忽然と消え、宇治では大騒ぎになります。
事情を知る右近と侍従の君は、書き置きからも浮舟の入水を確信します。

訪れた母・中将の君には事の次第を語り、周囲に真相が露見しないようにと、亡き骸のないまま葬儀が行われるのでした。

流されるまま生きるしかなかった浮舟

実の父から認知されず、育ての父には邪険に扱われ、不遇な人生を送ってきた浮舟。
東国から京にきても、安心できる場所はなかったでしょう。

更には薫と匂宮との板挟みで苦しむことになりました。
身分の低い彼女には拒否権も決定権もなく、流されるままに生きていくしかなかったのです。

薫を選べば、匂宮が破滅する。
匂宮を選べば、薫を傷つける。
どちらも選べない浮舟にとっては、自分ひとりいなくなること以外の選択肢は考えられなかったのでしょう。

******

周囲に何も知らせず、突然失踪した浮舟。
周囲の人々は彼女が死んでしまったと思っていますが、実は彼女は生きていました。

では、浮舟はどこへ行ってしまったのでしょうか。
次回、源氏物語のラストを一緒に見届けましょう。

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